離れれば寂しくて、近づけば痛くて
水月は青葉にもたれかかってうとうととしていた。
子供の夜泣き続きでよく眠れていないのだ。
「今回は君は教会でじっとしていてくれ」
「私じゃ……役に立てないと?」
水月は、とぎれとぎれに言う。
「いや。子供のためだ。俺の知っている歴史と今の歴史にはかなりの齟齬が生じている。はっきりと言って、別物と言っていい。この先、どう転ぶかわからない」
「安全地帯にいろってこと?」
「有り体に言えばそうだな」
水月は黙り込む。できるならば、愛しいこの人を守って戦場を駆けたかった。
けど、今は子供がいる。
帰ってこれるかわからない場所には行けない。
「あなたは……行くのね?」
「未来を変えるためだ。その最後のパーツが、俺かもしれない」
「あなたは……私を縛る布だわ」
「どういう意味だ?」
「離れれば心細くて、縛り過ぎたら痛くて」
水月は、鼻をすする。
「時々、泣きたくなる」
「……寂しい思いをさせてすまないと思っている」
「いいの。いいのよ。仕方がないことだから」
そう言って、水月は体を起こす。
そして、気丈にも微笑んでみせた。
「私は一人で、あの子を育てきってみせる。あなたは、世界を救ってみせて」
「ああ、約束しよう」
そう言って、青葉は水月を抱き寄せた。
そう、青葉は世界を救おうとするだろう。
たとえその代償にこの世界から消えることになったとしても。
水月も、それをわかっているのだ。
だから、自分達の関係は、離れれば寂しくて、近づけば痛い。
最後の別れを享受した閉じた関係。
なんとかしないとな、と思うのだけれど、妙案も出てこない。
キーは、葵が握っている気がした。
+++
深夜、対策室でカップラーメンを食べていた楓に、電話があった。
「こんばんは、日本の超越者対策室ですか?」
「エミリー。久しぶりね」
エミリー。弟のために暗殺者となったが、その能力をかわれてアメリカで捜査員をしている少女だ。
「ああ、楓さん。ちょうどよかった」
「耳よりな情報があるのね?」
楓は思わず微笑んでいた。
「はい。セレナって子が車で見た看板の地名で大体の土地は絞れました。そして、航空写真を見ていたところ、条件に近い建物を特定できました」
「ありがとう。これ以上ない朗報だわ」
「上からも通達がいくでしょうけど、直接伝えとこうと思って……巴は元気ですか?」
「わかんない。ほとんどやってることが別の職だからね。けど不調って話も聞かないから元気でやってると思うわ」
「なら良かった。そのうちまた日本へ行くので、巴の休日聞いといてくれませんか」
「あいあい、お安い御用だ」
一歩前進。そんな満足感が、楓を包んだ。
それにしても、と思う。
「日本語上達したわねー」
「一日三時間勉強しているので。巴の母国語で喋ってみたいんです。では」
そして、電話は切れた。
第四話、完
戦闘へと歯車は動き始めます。
次回『その日、町が震えた』




