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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第十三章 悪魔との契約
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呑気な術師、不安な周囲

「あー、こりゃ駄目だわ。いかれてるわ」


 六十代ぐらいの作業着の男性が、しゃがみ込んで神社の地面を撫でている。


「でしょ? 俺の目もちょっとは効くようになったってもんです」


 そう言うのは彼の弟子だ。


「そうやって調子に乗るのがお前の悪い癖だ。いやーしかし困ったなこれ。どうするかね」


「あの、お二人で話しているところ悪いのですが」


 楓が、二人の間に割って入る。


「今、どういう状況なんですか?」


「反転術式を埋められとるのよ」


 作業着の男が言う。


「反転術式?」


「コンピューターウィルスみたいなものだと思ってもらえれば確かかと」


「つまり、五芒星の術式が侵食されている?」


「そうだ。今の五芒星はそのうち反転する。逆五芒星にな」


 楓は背筋が寒くなるのを感じた。


「それはいつ頃になりますか?」


「今の段階じゃわかりゃあしねえよ。術師の腕前次第だ。あー、ここもいってんなあ」


「最短と最長の時間を導き出せますか?」


「うーん、これほどの術式を単独で使いこなす能力を換算するとだなあ。最短で一月、最長で半年だな」


「……犯人の逮捕に努めます」


「そうしてくれ。そろそろしゃがみ仕事は腰にしんどい」


「またまた、親方。しゃがんで地面を睨むのが僕らの仕事じゃないですか」


「増長するな」


 励ます青年の頭を、男性は軽く叩いた。


「まったく、お前が独り立ちするまで引退もできやしねえ。困った困った」


 呑気な男性だなあ、と、楓は今の状況がなんでもないことのように思えてきた。

 けど、そんなはずはない。

 逆五芒星は現れる。近いうちに。




+++




「おーい、ゲームもねーのかよ、この部屋」


 セレナは監視カメラに向けてそう叫んでいた。

 しかし、反応はない。

 無理難題を突きつけて遊ぼうかとも思ったが、そうもいかなそうだ。


「セレナちゃん?」


 声が聞こえた。

 エレーヌの声だ。


「なんだ、お前かよ。裏切り者」


「……私はもう、拐ったり殺したりするのが嫌なだけだよ」


「それも俺達の仕事だろー? わっかんねー奴だなあ」


「それに、あの施設は私達を裏切っている」


 その一言に、セレナは心の中で小さく震えた。


「薬を与えられなくなったら、禁断症状が起こって、錯乱したり自分の腕を掻きむしったり……ともかく、苦しい状況になる」


「そんなわけあるかよ。お前みたいな甘ちゃんが詐欺に引っかかるんだろうな」


「本当だよ! 私は実際に、禁断症状に陥ったんだもの」


 そう言われると、不安になってきた。


「なら、どうやって禁断症状から抜け出たんだよ?」


「……私達の仲間の一人が、薬を警察に提供してくれたの」


 エレンだな。セレナは心の中でそう察していた。


「……俺は敵からの施しなんて受けねーぞ」


「素直になろうよセレナちゃん」


「滑舌、よくなったな」


「うん」


 エレーヌは機嫌よく答える。


「この一連の騒動が終わったら、私は他の県で学校の生徒として生活する算段になってるからね。い、意識してるんだ」


「油断してたら出るのな」


 エレーヌは笑った。

 セレナも、笑った。

 結局、自分達は友達のままなのだ。そう、セレナは思った。




+++




「晩御飯も食べないの?」


 一人の女性が、セレナの独房に入ってきた。

 天衣無縫、斎藤翠。


「薬は飲みなさい。禁断症状が酷いから。徐々に量は減らしていくけど、いきなり全部抜くには辛すぎるわ」


 そう言って、翠はセレナの隣りに座った。


「恨まないんだね」


 そう、セレナは言う。


「恨んでなんか得がある?」


 翠は飄々とした口調で言う。


「それに、私はヒーローだ。ヒーローに被害はつきものだよ」


「そっか。ヒーローか」


 セレナは俯いて、考え込む。

 言いたいことが喉元まで出てきている。けど、その正体がわからない。

 それがわかった時、セレナは絶叫していた。


「なら、全部救ってみろよ!」


 セレナの声が独房に響く。


「私の薬物中毒も、施設とのしがらみも、全て救ってみせろよ」


「救うよ」


 そう言って、翠はセレナの髪に触れた。


「救ってみせる」


 自信の篭った表情だった。


「なんだよ、その顔……全てわかってます、みたいなツラして……」


 その時、違和感がセレナを襲った。


「うっ」


 吐き気がして、胃の中のもの全てを吐き出す。

 頭が痛い、目眩がする、肌の下に沢山の虫が蠢いているような気がしてくる。

 ここはどこだ? 私はどうしてここにいる? 彼女は誰だ? 私はなにをしている最中だった?


 もう一度、吐く。

 炎が周囲を覆った。

 暴走した炎は、自らの身も焼き尽くしかねない勢いで、独房中に広がった。


 その中で、セレナは自分の背を撫でる腕を確かに感じていた。

 口移しでなにかを食べさせられる。

 それを飲み込んで、しばし経つと、症状が収まってきた。


「今のが、禁断症状……?」


「ええ、そうよ」


 そう言った翠は、服がすっかり焼け焦げている。腕は炭化しており、治癒の光で再生をしている最中だった。


「あんた、そんな無理をして……なんの得がある? 私なんて、助けて」


「私はヒーローだって言ったでしょ」


 翠は、微笑む。


「子供を救うのはヒーローの役目だ」


 その一言で、セレナは腑に落ちた。

 こういう人が、善人なのだと。善は、こちらなのだと。


「……お前の母親拐ったの、悪かったよ」


「もう気にしてないわよ」


「こんな薬を飲ませる組織を……私は、捨てようと思う」


「うん、それがいい」


「けど、エレンと、シンシアも、救ってやってほしいんだ」


「元からそのつもりよ」


 翠はセレナを抱き寄せた。

 セレナの目から、涙がこぼれ落ちた。

 薬を騙されて飲まされたという悔しさの念。この女性なら信じていいのかという迷いの念。

 色々なものが篭った涙だった。



+++



 ショッピングモールへ行って、ハンバーガーを食べよう。

 そう翠が提案したのは、翌日の昼のことだった。

 セレナも、その時にはもう薬と食事をきちんと摂取していた。


「今襲われたらどうなると思う?」


 大輝が言う。


「負ける気がしませんね」


 セレナが貰った情報になかった男が、苦笑顔で言う。

 会話を聞いていると、どうやら青葉というらしい。


「護衛にソウルキャッチャー揃い踏み。提案したのは私だけど、楓さんも人使いが荒いわー」


「しかしよー。今回の依頼はねーぜ」


 そう、大輝はぼやくように言う。


「頼みたいことがある、すぐに来てくれ。そう言って電話切りやがったあいつ」


「忙しそうだからね、あの人も。武豊の残した術式がなにか問題になっているようなんだ」


 そこまで言って、翠は我に返ったような表情になった。


「あなた達にはもう関係のない話だから。忘れて」


「わかった」


「わ、わかりました」


 五人で車に乗り込む。運転席は青葉だ。


「お前、シスターと上手くいってんの?」


「順調ですよ」


「ガキの世話どうすんだよ」


「頭が痛いところです。過去の僕に頼むかな」


「なんかあんたらが話してるのも新鮮ね」


 翠は、戸惑うように言う。


「同僚と話すぐらいの社交能力はあるつもりだが?」


「ほんの世間話ですよ」


「そうね」


「水月を大事にしてやれよー、水月を」


「わかってはいるんですけどね。僕はこの世界じゃ半幽体の身だ」


「除霊とかされると効くのか?」


「試してみないとわからないところですね。けど、それで消えたらシュールでしょ」


「ちげえねえや。後の戦いどうすんだよって話になる」


 そう言って、二人は笑う。

 仲いいなあ、とセレナは思う。

 セレナにとって、もっとも親しいと思えるのは、エレンだった。


 いつも喧嘩をしていても、それはプロレスのようなもので、すぐに世間話に興じていた。

 エレンともう一度会いたい。

 セレナは、そう念じるように思った。


「翠ー、おごれよー」


 大輝が着くなり言う。


「あんたらって石神から大金貰ってるんじゃなかったっけ」


「財布忘れた」


「雑な奴……まあいいわ、休日出勤に免じてそれぐらい奢るわ」


「よし、高いの食おうっと」


「あなた達も遠慮しないで注文していいからね。注文の仕方は覚えたわよね」


「うん」


「はい!」


 セレナとエレーナは返事をする。

 そして、ショッピングの時間が始まった。


 まずは宣言通りハンバーガーショップ。

 一番でかいサイズのハンバーガーをセレナは食べてみせた。

 そして、退屈そうにしていると、エレーナがフライドポテトを分けてくれた。

 ありがたくいただく。


 次は、服。

 セレナもエレーナも体一つで捕まった身。着の身着のままなのだ。刑務所の中では衣類をもらえるが、外出に適したものではない。


「イメチェンでもする気なのー?」


 エレーナの服選びを眺めながら言う。


「うん。私、変わりたいんだ」


「変わりたい、か」


 正直、まだ実感が湧いていない。自分はずっと施設の一員として過ごすものだと思っていた。蓋を開けてみると、世界はそれよりも輝かしいものに溢れていた。

 その中でも自分が見つけた一番まばゆいものがある。


「セレナちゃんも選ぼうよ」


 翠が声をかけてくる。

 彼女こそが、セレナが見つけたまばゆい存在。


「全部ジャージでいいっす」


 セレナは、淡々とした口調で言う。


「それは外出の時困るんじゃないかなあ」


「先生と戦うために必要なんで」


 セレナの言葉に、翠の表情が硬直した。


「あなたはもう戦う必要なんてないわ。後方にいて平和に過ごせばいい」


「けど、あいつを倒さないとエレンは自由になれない。私は、戦います」


「セレナ……」


 翠は、言葉を失ったようだった。

 その時のことだった。


 男衆が走っていく。その先には、エレンとシンシアがいる。

 セレナは身体能力強化スキルを使って、その先を追った。

 セレナが回り込んで、三対二の構図になる。


「逃げ道はないな」


 大輝は淡々とした口調で言う。


「俺は眠りが浅くてよお。それがこの騒動だ。眠れなくて眠れなくて正味困っている」


 そう言って、大輝は首を鳴らす。


「ここでお前らに消えてもらえたらそれが一番なんだがな」


「セレナ。あなたはそっちにつくの?」


 エレンが言う。

 その瞳は、戸惑いに揺れていた。


「先生は私達を騙している」


 そう、セレナは言った。


「出されている薬。それを抜くと、酷い禁断症状に襲われる。私達は、施設に逆らえないように育てられていたんだ」


 無口なシンシアが真顔になる。


「だから、私は、先生を倒してあんた達を救い出す」


「させない……」


 エレンの口調は、静かだが、断固とした意志を感じさせた。


「先生を倒させるなんて、私がさせない」


「エレン!」


「まあ、ここで術師同士争い始めたら周囲が惨状になるので」


 青葉が間に入る。


「今日のところは、お開きにしましょうか。お二人も、悪事を働く気はないんでしょう?」


「甘いぜ青葉。根は断てる時に断たないと」


「この二人が相手なら、僕達も全力を出す必要がある。この建物が半壊しますよ」


 大輝はしばらく考え込んでいたが、そのうち溜息を吐いた。


「違いねえ」


「心配しなくても、私達はもう一度相見えるわ」


 エレンは、そう淡々と言っていた。


「古城跡地でね」


「興味深い話だ。だが、俺は末端の兵だ。戦えと言われれば戦うだけさ」


 そう言って、大輝は踵を返して歩き始めた。

 青葉も、セレナも、後に続く。


 分かり合えなかった。説得できなかった。

 そんな後悔が、セレナの瞳に涙を浮かべさせた。




+++




「友達と喧嘩した時、どうすればいいのかな?」


 囚人服に着替え、買ってきた服を預けると、自室でセレナは翠に訊いた。


「そうだね。色々手段はある。例えば、なんとなくで誤魔化す」


「禍根を残すやつだ」


「そうなんだよ。後々ずっと根に持たれる。なら、どうするのが正解なのか」


「正面切って、ぶつかる?」


「しかないんじゃないかなあって私は思うよ」


 翠がセレナの髪を梳かし始める。

 赤い髪が、綺麗に整っていく。


「じゃあ、機会が欲しい」


 セレナは、決意の篭った声で言う。


「エレンと、戦いたい」


 翠は手を動かしながら、黙り込んだ。

 その口が、開かれる。


「また、その時が来たらね」


「大人はすぐそうやって誤魔化す」


 拗ねるセレナに、翠は苦笑したようだった。



第七話 完


次回『悪魔との契約』

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