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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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覚醒

 心臓麻痺で病院に運ばれた人間がいる。

 神楽坂葵がSNS上で張ったネットワークにその情報はいともたやすく拾い上げられた。

 どうするか。

 行ってみるしかないだろう。


 夜の公園に向かって自転車をこぐ。大人に見つかったら補導されかねないが、それは割り切るしかないだろう。

 夜の公園のベンチに、葵は辿り着いていた。


 情報はなにも残っていない。人が倒れた痕跡すら残っていない。

 無駄足か。そう思い始めた頃だった。

 淡い光が、ベンチの上で輝いていた。


 虫のように、葵は光に引き寄せられる。

 そして、躊躇いながらも、その端に触れた。


 光景が見えた。

 ベンチに座っている青年。それを薙ぎ倒すように振るわれる巨大な腕。腕は青年を通過していっただけだったが、青年は地面に倒れ伏した。


(なんだ、これは……)


 まるで、脳内に知らない映像を送り込まれたかのようだ。

 光は、まだ輝いている。


 葵はしばし躊躇ったが、その光をしっかりと握りしめた。

 四人、いや、五人の男女が倒れた青年を見ている。一人は中学生ぐらいの少女で、宙を浮いて細身の女の肩の傍にいる。

 大柄な男がスマートフォンを操作した。


「終わりました。公園の住所を伝えたから確実に辿り着けると思います」


「悪いけど後は救急車に任すわ」


 そう言って、小柄な女は歩いて行く。

 先導するように、猫が前を歩いていた。


 そこで、葵は我に返った。


(なんだ、今の……)


 まるで、物の記憶をリプレイしたかのようだ。

 淡い光は消えている。


 しかし、少し先に、光はあった。

 葵を誘導するように、点々と光が灯っている。


(行くしかないか……それに、あの光景)


 女の肩に、浮遊霊としか言えない存在が浮いていたあの事実。

 魂を吸い取る存在と関係があるのではないか、という気がした。

 気がしただけだ。

 しかし、今の葵はそれにも縋らなければならない。

 なにせ、なにも情報がないのだから。


 ポケットに手を入れる。銃の冷たい感触に触れた。

 化け物と戦う覚悟は、既にできている。


 葵が辿り着いたのは、町の教会だった。

 扉が壊れていた。

 恐る恐る、中に入る。

 まるで、炎の龍が暴れまわったかのように礼拝堂は焦げていて、独特の臭いを放っていた。


 十字架の下に、光がある。

 それに、触れた。


 映画かなにかの切り抜きかと疑いたくなるような光景が脳裏に広がった。

 鉄と化した女性が前へと進んでいる。

 炎の中を、歩いている。

 そのうち、炎がやんだ。

 女性の溶けた体は徐々に修復されていく。


 シスターが炎の球を手に浮かべ、放った。

 それは女性の心臓を貫いた。

 シスターの勝ちか、と葵は思う。

 しかし、空いた穴はすぐに修復されてしまった。


「スナッチャー」


 女性が呟くように言う。

 すると、その手の先から光の手が伸びて、シスターの胸の辺りを掴んでなにかを剥ぎ取った。

 見えない、なにかを掴む手。

 魂すら掴む手に見えた。


 そこで、葵の中の映像は途絶えた。

 焦げ臭い礼拝堂で、しばし呆然と立ち尽くす。


 この光景は、本当にあったことなのか?

 ならば、見えないなにかを掴んだあの光の手も実在するのか?

 それは、魂すら掴むのか?

 掴むのだろう。葵は、確信するようにそう考えた。

 最初に見た光景。あの大きな手の一撃で、青年の魂は吸われた。

 ならば、突拍子もない話だが、世の中には存在するのだ。

 ソウルキャッチャーが。


 葵はその場を後にした。

 月が赤い夜だった。

 覚悟は、既にできていた。



+++



「それって、サイコメトリー能力じゃないかね」


 スマートフォンで同級生の依田真千子に相談すると、葵はそんな返答をもらった。


「サイコメトリー能力?」


「そう。サイコメトラーは物の記憶を読めるんだよ」


「へえー……」


「しかし、幼馴染が入院しているのと関係があるのかね。優等生の君が夜歩きするとは」


「まあな」


 葵はそう言って、ポケットに手を伸ばす。

 銃は、葵を励ますように堅い感触をしていた。


「あんまり気落ちしないことだよ。なんかの拍子に目を覚ますかもしれない」


「そのなんかがなかったら、どうなる?」


 葵は、月夜を眺める。


「その時はその時と割り切るしかないね。現代医学にも限界はある。幸い、脳に損傷はないんだ。明日に目覚める可能性だってあるわけさ」


「もどかしいな」


「ああ、まったく、もどかしい話だよ」


「もしもそのもどかしい話を短縮できる手があるとしたら、どうする?」


「……なにか危険なこと、考えてるんじゃないでしょうね」


「大丈夫さ。ありがとう。サイコメトリー能力か。俺も超能力者だな」


 意識して見ると、光は世界のあちこちにあった。

 今は、自分の求める情報しか見えていない。

 しかし、いずれは全てを見通せるようになるだろうという確信があった。


 葵は、サイコメトラーとして覚醒しつつあった。



+++



「五芒星、ですか」


 治療を受けて服を着替えたシスターは、取調室で意外な言葉を聞いたような表情になった。


「そう。五芒星から鬼が出てくるようなことはある?」


 楓は、世間話でもするような調子で訊く。


「五芒星はどちらかというと退魔のものですね。日本においては、ですが」


「じゃあ日本を囲んで大きな五芒星を作ろう。きっと災害も減るぜ」


 相馬がどうでも良さげに言うので、楓は眉根を寄せた。


「けど、西洋においては違います」


 楓は、シスターの言葉に興味を惹かれた。


「というと?」


「五芒星は西洋でも退魔の象徴です。しかし、それを逆さにすると、とたんに悪魔の象徴となるのです」


「悪魔の象徴かぁ。鬼が出てくることはある?」


「和洋折衷だと思いますね。ちょっと見境がないと思います。まあ、八百万の神を持つ国でそれを言っても仕方がないのですが」


 楓は考え込む。

 五芒星は、確かにあった。

 ならば、相手は国外の悪魔の知識に長けた者か。


「参考になったでしょうか」


 シスターは、上目遣いで不安げに訊く。


「うん。参考になった。少なくとも、一歩は前進した。悪魔召喚の儀式をしている連中がいるって事実がわかった」


 シスターは胸の中央に手を置く。


「私も炎の力があれば、お役に立てるのですが。今は祈ることしかできません。私が傷つけた鉄化の能力者の方は、ご無事でしょうか」


「ピンピンしてるよ」


 楓は苦笑混じりに言う。


「半分化け物だな、あれは」


 相馬も同意する。


「それなら良かったです……気の迷いとはいえ、人を殺しかけたのです。私の罪は、重いのでしょう」


「咄嗟のことだ。仕方ないさ」


 相馬が珍しくフォローする。


「そう。咄嗟のことです。そして死傷者はいない。それが全て」


 楓は微笑んで、励ますように言う。

 シスターは、少し寂しげに微笑んだ。


「あの方は、本当に悪人だったのでしょうか」


 あの方。翠のことではあるまい。教会に下宿していた男だろう。


「大罪人です」


 楓は即答する。


「そうですか……」


 シスターは少し思案するように、中空に視線をやった。


「けど、私にとっては、悪い人ではなかった。冗談なんかも上手くて、よく笑わせられました」


「騙されやすいって言われたことありません?」


「五回ほど言われた経験があります」


 シスターは涼しい顔で、さらりと言った。

 この人はこの人で大物だよな、と楓は呆れた。



第十七話 完

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