果たし状
家に戻って玄関の郵便受けを調べる。
想定外の品が入っていて、アラタはしばらくそれをじっと眺めた。
「果たし状……」
古風なことをする人間もいたことである。
中を開くと、今夜一時近所の公園で、とある。
差出人には、氷の剣士、とあった。
(あいつか……)
どうしたものだろう。
果たし状そのものには文句はない。
ただ、相手が一人で来るかわからないという弊害も伴う。
もしも一人で行って複数人に囲まれたら。
それは、想像したくもない未来だった。
(本当、どうしたもんだ)
手紙が来たということは家は割れているということだろう。
なら、迂闊に逆らうことはできない。
とりあえず、楓に相談してみることにした。
+++
「なんでこうなるんですかね」
アラタはぼやいていた。
アラタの周囲にはブレイン役の楓と戦闘員が勢揃いしていた。
「私達は少し離れた距離で時間を潰しているわ。できるなら勝って。応援してるわ」
応援している、というには楓の台詞は淡々としている。
「私は、公園まで行くわよ」
と、さつき。
「私も行きます!」
勇気が対抗するように言う。
「……まあ、観客二人ぐらいなら問題ないか」
そうぼやくように呟いて、アラタは足を進めた。
戦闘員達は途中の道で離れていく。各々、公園の茂みに隠れる算段のようだ。
そして、午前一時。
氷の剣士は、公園で待っていた。
氷が彼女を覆い、それは一本の剣となる。
「一対一を所望したつもりでしたが」
氷の剣士は、淡々と言う。
「二人は弟子で見物人だ。たまには格好いいとこ見せないとな」
「勝てる気ですか」
「勝てる気じゃなくて、勝つ気なんだよ」
淡々とアラタは言う。
氷の剣士は、歳相応の笑みを顔に浮かべた。
「あなたのこと、少し好きになりました」
「負けた時の言い訳にすんなよな」
「ミジンコから蟻にランクアップした程度ですのでご心配なく」
「俺を踏むな。フォルムチェンジ」
そして、アラタの体は白いフルフェイスヘルメットとスーツに包まれる。
右手には長刀。月の光を受けて鈍く輝いている。
命の危機は、感じていない。
だから、火事場の馬鹿力は出せないか、と少々落胆する。
「なあなあ、エレン。俺暇なんだよ」
そう言って、エレンの背後から赤い目を輝かせ、それに揃えたように赤い髪をした少女が現れた。
「ちょっとそこの見物人で遊んでていいか?」
エレンはアラタを見て、赤髪の少女を見て、しばらく考えて溜息を吐いた。
「殺さないようにね」
「そうこなくっちゃ!」
「舐められてますね、私達」
「そうだな。こういう手合は出鼻をくじくのが肝要だ」
そう言って、さつきと勇気は鞘を捨てて日本刀を両手で構える。
「話が違うな」
アラタは、冷や汗を流しつつ言っていた。
「互いにね」
氷の剣士は、淡々とした口調で言う。
「決着は早めにつけるとしましょう」
そう言って、氷の剣士は剣を前に差し出すようにして構えた。
「おうよ!」
そう叫んで、アラタは駆け出していた。
+++
「相手が約束を破った」
楓が呟くように言った言葉が、多人数のスマートフォンに送られる。
「全員で出るか?」
恭司が言う。
「しばし、様子を見る。戦闘訓練にもなるしね」
「戦闘訓練で灰にならなきゃいいがね」
嫌味を挟むのは相変わらずの相馬だ。
親しくなったと思ったが、やはりこの男は変わらない。
「凄い戦いですね……」
そう呟いたのは翠だ。
確かに、激戦だった。
アラタとエレンの剣は互いにぶつかり続け、体へのダメージを許さない。
さつきと勇気はセレナの炎をかいくぐり、勇気のレーザーを軸に徐々に接近している。
レーザーの存在によって、敵は溜めのいる範囲攻撃を封じられた形だ。
新人が一人前の仕事をしている。
「お姉ちゃん嬉しいよ。皆が立派に戦って」
「戦いを傍観してる司令官の台詞としてどうよ」
「そんなに戦いたいの? 相馬」
「いや、暇だからつい」
「ついで嫌味を言うな嫌味を」
+++
赤髪の少女がレーザーを跳躍して避ける。
しかし、無情にもレーザーはその後を追いかけてくる。
追いつめられたか、とおも思ったその時、少女は背後の公民館の壁を蹴って逃れた。
空中で赤い玉が十個出来上がる。
それを同時に違う機動で放った。
さつきが勇気の前に立ち、真っ直ぐ前の空間を突いた。
次元突。異世界への扉を開く技。
炎は次元突が作った空間に吸い込まれて消えた。
そして、勇気は前に出て指からレーザーを放つ。
「鬱陶しいんだよ!」
赤髪の少女は叫び、前進を試みた。
ジグザグに走り、レーザーの射線を上手く躱す。
そして、炎に燃える拳が振るわれ、さつきはそれを躱した。
「次元と……」
「遅い!」
さつきが蹴り飛ばされ、血を吐きながら後方へ倒れた。
「さつき!」
勇気がさつきを見て叫ぶ。
それは、決定的な隙だった。
「甘い!」
炎を帯びた赤髪の少女の拳が、勇気の日本刀を握って溶かす。
「弱い!」
そして、赤髪の少女は勇気も蹴り飛ばした。
身体能力強化の力も保つ赤髪の少女の蹴り。
内臓は大丈夫だろうか。起き上がらなければ殺される。そう思うのだが、体が痙攣して動かない。
さつきの落とした日本刀を拾って、赤髪の少女は手を振り上げた。
その腕が、瞬時に凍った。
赤髪の少女は狼狽しつつも、後方へ跳躍して距離を取る。
腕の氷は熱で蒸発したようだ。
「メンバーチェンジよ、いつぞやのお嬢さん。私が相手するわ」
そう言って、楓がその場に乱入した。
赤髪の少女の形相が変わった。
+++
「次元と」
「させるか!」
アラタと氷の剣士の距離は近い。
それでも、氷の剣士はアラタに一撃も与えることはできない。
氷の剣士の癖は、もうアラタにはよめていた。
よめないのは一つ。
前回、距離を詰めた時に感じた悪寒。
あれは一体何だったのだろう。
アラタは剣士だ。自分の戦場における感をなによりも信じている。
しかし、飛び込まねば勝てないだろう。
「遅い! 甘い! 弱い!」
赤髪の少女の叫び声がする。
見ると、さつきと勇気が蹴り飛ばされていた。
(実戦経験は課題だな)
そう呑気に思うものの、このままでは二人は焼かれてしまう。
目の前の障害物を、壊す必要があった。
「最後の勝負を仕掛ける」
「へえ。間合いに入る覚悟ができたと?」
「ああ。お前の間合いの中は確かに危険だ。だが虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う」
「潔い人って好きですよ」
「お前に好かれても嬉しくない」
「大丈夫です。蟻が蝶になったぐらいのものです」
赤髪の少女の方は、楓が乱入して事なきを得ているようだ。
それを見て、少し安堵する。
そして思う。
「こんな戦い、早く終わらせなくちゃ」
「妬けますね。そんなにあの二人が大事?」
「普通の生活に戻りたいんだよ、俺達は」
「それは、減点です」
エレンは剣を引いて、突きの姿勢を取る。
「覚悟がないのに巻き込まれたとほざく人は、私、嫌いです」
「覚悟なら、あるさ」
その時、場に不似合いなバイブレーション音が鳴った。
楓はスマートフォンを取り出し、通話モードにする。
「五芒星の結界に敵が? 二人? はい、即座に人を送ります。私? 私は私で戦闘中ですので」
「戦闘中に他所見してていいのかよ!」
そう言って、赤髪の少女が叫んで飛びかかる。
それを、一歩進んで避けただけで、楓はカウンターのパンチを腹部に叩き込む。
「翠! 青葉をつれて神社の結界へ!」
「はい!」
翠が立ち上がり、青葉と手をつなぐ。そして、次の瞬間その姿は消えていた。
石神から奪ったワープスキルだ。
「ふふ、ははは」
アラタは笑っていた。
「見事に踊らされたらしい」
「あなたと決着をつけたいというのは、私の本音ですけどね」
「ああ、つけよう。決着を」
アラタは氷の剣士に襲いかかった。
「バイト!」
氷の剣士の詠唱に応じ、氷の顎が現れ、閉じようとする。
魔力の篭った牙。それは高い適合率を持つアラタのスーツをも食い破るだろう。
それを、アラタは空中を回転して上下同時に斬り裂いた。
「馬鹿な!」
「決着だ!」
そう言って、アラタは氷の剣士の腹部を剣の峰で叩き付けていた。
氷の剣士の口から、赤い血が舞った。
+++
「酷い……」
すえた臭いを嗅ぎながら、私はその場に降り立った。
神社の屋根の上。
境内には血まみれの人だったものが沢山。
「君は酷くないとでも? ソウルキャッチャー」
それまでしゃがんで地面をいじっていた島津武豊が、振り向いて嘲笑うように言った。
傍にいる少女は、エレーヌの情報によればシンシアだろう。
エレーヌと武豊が二人で同時に風属性の刃を放った。
青葉の陰に移動する。
青葉は、撫壁を召喚して風を防御した。
「ソウルキャッチャー。やはり君はハードルだ。ここでそれを、乗り越えることとする」
そう言って、武豊は背中から日本刀を取り出し、鯉口を切った。
「私が武豊をやる。青葉くんはシンシアの確保に注力して」
「……死ぬ気ではないでしょうね? 日本刀のリーチは中々長いですよ」
「なあに、こうするのさ」
そう言って、私は天に向かって手をかざした。
月と太陽が同居する不思議な光景。
いや、それは太陽ではない。
私の作り出した炎の玉だ。
武豊に向かって、私は炎を振り下ろした。
決戦の始まりだった。
第四話 完
次回『五芒星攻防戦』




