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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第十三章 悪魔との契約
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できればその夢が、幸福なものであらんことを

 エレンは優等生である。先生からの信望も厚く、四人の中でもまとめ役をしている。

 少々潔癖な嫌いがあるが、それも先生に気に入られる要因の一つだった。

 そんなエレンが、今、先生を裏切るような真似をしようとしていた。


 引っ越しで先生の荷物を探し出し、持ち出す。そして、自分の部屋で開いた。

 英語の書類やノートパソコンなどがつまった箱の下。

 薬が入った透明な箱がいくつも並んでいる。

 エレンは、そのうち一箱を、自分のポケットにくすねた。


 そして、ダンボールのガムテープを張り直し、先生の部屋の前に置く。

 これで、誰が薬をくすねたかもわからないだろう。

 エレンは、迷っていた。

 こんな毒を持って自分達を意のままに操る組織は正しいのだろうか、と。

 この前戦った剣士の迷いない太刀筋を思い出す。


「……今戦ったら負けるなあ、はは」


 我ながら、乾いた笑いが出た。



+++



「始まったわ」


 エレーヌの部屋のモニターをしていた楓が、呟くように言う。

 さつきも勇気も、既に帰っている。

 まず、エレーヌは嘔吐した。

 そして、自分の身を抱えて震え始める。

 そのうち、自分の腕をかきむしり始めた。


「エレーヌちゃん、大丈夫だから」


 そう言って、翠が治癒の光を輝かせる。

 そんな翠を、エレーヌは蹴った。


「皆、私を殺す気だ。私は世界中に狙われている!」


「そうだとしても、私がいる限り殺させない!」


「虫だ! 虫が肌の下に入り込んでいる!」


「落ち着いて腕を見て! 虫なんかいないわ!」


 見ていられなくなって、楓は席を立った。


「鎮静剤と睡眠薬を持っていってあげて。あれじゃあ翠が保たないわ」


 傍にいた刑事が、頷いて駆けて行く。


「さあて、どうしたものか」


 捜索しても武豊は見つからなかった。

 アジトは既にもぬけの殻だった。

 何処へ移動したのか。後々サイコメトリー能力を使って捜査しなければならないだろう。


「楓さん、電話です」


「こんな時にどんな要件?」


「斎藤翠を出せ、と」


「翠を……?」


 楓は眉間にしわを寄せた。

 名指しとは尋常ではない。なにより、翠は刑事ではないのだ。


「翠を呼び戻して。電話の相手をさせて」


「わかりました」




+++




 皆が寝静まったのを待って、エレンはランニングウェアを着て外に出た。

 駆け足で走っていく。

 しかし、十分もしないうちに息が切れて、歩き始める。

 夏とはいえ朝は涼しい。


 そして、エレンはある公園に辿り着いた。

 ベンチに座り、ポケットから薬が入った透明な箱を取り出す。

 それを、横へとスライドさせた。


 隣りに座っていた相手は、それを受け取る。


「いいの? 利敵行為よ」


 隣りに座っていた相手、翠はそう言って確認する。


「私達はなにがあっても友達です。友達の死を望む人間はいません」


 エレンは、淡々と言う。しかし、その声には決意が滲んでいる。


「それだけしか薬はどうにかできません。後は頼みます」


「……技術班次第だけど、善処はする」


「エレーヌは、今は?」


「睡眠薬と鎮静剤で寝てるよ。寝顔は静かなものだった」


「そうですか……」


 エレンはそこで言葉を切って、朝焼けの空を眺めた、


「できればその夢が、幸福なものであらんことを」


「きっと幸福さ」


 翠は言う。


「あんたみたいな友達がいるんだもんね」


「では。追跡の気配を感じたら生命の保証はできませんので」


「わかってる。これは、私とあなたの個人的な約束だ。警察は関係ない」


 エレンは、小さく笑った。


「あなた、いい人ですね」


「世界を守るヒーローといえど情けはあるのさ」


「じゃあ、あまり部屋を空けると疑われるので」


「うん。またね」


 エレンは席を立つ。


「私は……もう、会わないことを祈っています。その時は、命のやり取りですから」


 翠は口籠る。

 エレンはそれに背を向けて、駆け始めた。

 エレーヌの命は数ヶ月は保つだろう。それを確認できた、清々しい朝だった。




+++




 エレーヌの口に薬を入れ、水で流し込む。

 エレーヌは少し咳をしたが、よほど強い睡眠剤を使っているらしい。起きる気配はない。


「いい? それはあなたが個人的にやってることで警察は関与しないからね」


「わかってますよ。トカゲの尻尾にでもなんにでもなってやります」


 楓の言葉に、翠は淡々と答える。


「それで、薬の分析は?」


「表ルートで出回っているような薬だけじゃ模倣品は作れないだろうって」


「そうですか……」


「裏で材料を集めるにしても時間がかかる。少々厳しい状況ね」


「けど、私は……この子を学校に行かせてやりたい。友達と学校帰りにスイーツを食べるようなささやかな幸せを掴んでほしい」


「まあ、適任がいるでしょう」


 楓が淡々と放った言葉で翠はある可能性に気づいた。


「葵くん!」


「朝になったら電話で呼び出しましょう。夏休みだから暇してるでしょう」


「まあ、部活をサボってもらうぐらいは問題にならないですね」


 こうして、葵の知らないところで葵の予定は決められたのだった。




+++




 警察に呼び出された葵は、超越者対策室の扉を開けた。

 楓と翠が手を上げて迎え入れてくれた。


「なんの用ですか? 俺のコピースキルが必要だって話ですけど」


「それがね、薬をコピーしてほしいのよ」


 そう言って、翠が両手を合わせて頭を下げる。


「薬……? 銃弾以外に試したことないですよ、俺」


「ああ、それで酷い目にあったんだっけ」


 楓が愉快げに言う。


「複雑骨折でした」


 葵は感情を篭めぬ淡々とした口調で言う。

 楓は声を上げて笑った。


「今回はそうはならないさ。薬だからね」


「そうですね。そう願います」


 そう言って、葵は薬の入った箱に手を触れた。

 そして、目を閉じて念じ始める。

 薬の調整は複雑だ。ほんの少しの雑念で違ったものができあがってしまう。

 緊張感が、葵に汗を流させた。


「それじゃあ駄目だ」


 青葉の声がした。

 そして、葵の手に男の手が重ねられるのを感じる。


 自分が正しい道に誘導されているのがわかる。

 そうか、この未知の素材はこうやって紐解くのか。

 新たな発見に、葵は震えた。


 そして、葵の手には、薬の入った箱が二箱並んでいた。


「お疲れ様、葵くん、青葉さん」


 翠が、労うように言う。


「青葉くんがいる間に薬量産しとくか」


「それよりも、薬がなくても日常生活を送れるようにするのが優先では?」


「忘れてないかい?」


 楓は、目を細める。


「この薬、私達も使えるんだぜ」


 息を呑む音がした。


「なんの薬なんですか? これ」


「内容としては合法的な薬だよ。超越者の能力を引き上げる効果を持った、ね」


 楓はそう言うと、青葉を連れて他の部屋へと移動していった。


「青葉って、コピーも使えるんですか?」


 葵は怪訝な表情で言う。


「まあ、彼はソウルキャッチャーだからね」


 そう言った翠は、どうしてか目を合わせようとしなかった。



第二話 完

次回『夢を見ていました』

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