禁断症状
「あんまり芳しくないわね」
通い慣れつつある警察の楓の席に行くと、彼女はそう言った。
「と言いますと?」
「飲んでる薬の中に禁断症状を引き起こすものが複数使われている、と推察されるらしいわ」
私、斎藤翠は黙り込む。
「薬を最後に飲んでから八時間。禁断症状はいつ出てもおかしくはない」
「なにか、解決策は……」
「あったら現在進行形で話してないわよ」
「そりゃそうか」
そう言って、私は腕を組んで考え込む。
「どうすればいいと思います?」
「自傷や幻覚、吐き気に妄想、色々引き起こすらしいからね。拘束衣をつけるしかないのかもしれないわね」
「そんな……」
「本人はどうしてる?」
「さつきちゃんと勇気ちゃんとマリオカートしてます」
「呑気なものだわ。薬がどんなものか知らずに飲まされていたのね」
楓の言葉には憐憫の情が滲んでいる。
私が抱いたのは、怒りだった。
「彼女達を探そうと思います」
「一対四でもどうにでもできると? ヒーロー」
「実戦経験の差では私に分があります」
「私もついてってやるって言ってるのさ。ヒーロー」
私は思わず微笑んだ。
「必ず救い出しましょう。二人で」
「ああ、そうさね」
+++
青葉と水月は、他愛もない日常の話をしていた。
水月の言葉に、青葉が相槌を打つ。
そして、時には解決策を提示した。
二人の時間は、そうやって過ぎていった。
「お前、旅に出たんじゃないのか、青葉」
そう言ったのは、葵だ。
青葉はサングラスをかけて、立ち上がると、振り向いた。
「こっちで仕事があってね。お前も知っているだろう。五人の超越者だよ」
「お前……水月の子供の親じゃないだろうな?」
葵は疑うように言う。
「半分正解で、半分外れだ」
「この問題に半々の答えはないだろ」
葵は苛立たしげに言う。
「この時代を生きる人間に全ては託される。僕はそう思っている。ただ」
そこで言葉を切って、青葉は口を開く。
「君には、水月を見捨てないでほしいと、そう思う」
予想外の台詞だったらしい。葵は絶句する。
そして、若干焦ったように口を開いた。
「当たり前だ。俺とシスターで協力してその子を育てるんだからな。お前は客でしかない」
憎悪の篭った言葉に、青葉は苦笑する。
「ああ、頼んだ」
反論が来なくて拍子抜けしたのか、葵は脱力した。
「喧嘩売ってるんだから買えよ」
「安い喧嘩は買わないに限る。ちょっと対策室に行ってくるよ、水月」
「わかった。早く帰ってきてね」
「それは保証できないなあ……努力はする」
「うん」
そうして、二人は別れた。
+++
「嘘よ、エレーヌが裏切るわけがない!」
エレンはそう叫んでいた。
「私は見たんだよ。実際に対策室の連中といるエレーヌを。彼女は先生が攻撃を受けているのに援護もしなかった」
セレナはいつになく静かな声で言う。
「というわけで、アジトの引っ越しだ」
先生はそう言う。
「エレーヌを無理やり引き戻しましょう」
エレンは迷いなく主張する。
「無理だよ。敵はオールスターだ。一堂に会されたら分が悪い。それに」
眼鏡が光を反射して、先生の目を隠した。
彼は、エレンにだけ聞こえる声で言った。
「エレーヌは薬を持っていない。あの薬は摂取し続けないと禁断症状を引き起こす。もう常人としての生活は送れないだろう」
「なっ……」
エレンは絶句する。
自分達が飲んでいたのは、そんな危険な薬だったのか。
やはり、この人は恐ろしい人だと再実感する。
「必要な荷物だけ集めて移動だ。急げ」
そう言って、先生は自室に向かった。
エレンはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
第一話 完
次回『できればその夢が、幸福なものであらんことを』




