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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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火刑

 シスターは教会の礼拝堂で祈っていた。

 神を試してはならない。キリスト教の教えだ。

 しかし、今は神の指示が欲しかった。


 礼拝堂の扉が開いた。

 バックを担いだパーカー姿の男が、歩いてきていた。


「また、夜間に外出したのですね」


 シスターは溜息混じりに言う。


「ちょっとな。俺の仕事は夜にしかできない仕事だ」


「その仕事について、教えていただきたいところです」


 シスターは立ち上がって、上目遣いに相手を見る。

 シスターは百四十センチほど。男は百八十を超えるのではないかという長身。どうしても見上げる形になる。


「おいおい、シスター。疑っているのかい? 神の力を与えた俺を」


 シスターは押し黙る。それを言われては、弱い。


「明日まで寝る。明日も朝食頼むぜ、シスター」


「あなたは……」


 シスターは言い淀む。そして、思い切ってその言葉の続きを紡いだ。


「何者なんですか?」


「何者でもないさ。ただの一人の流浪の民だ」


 そう言って、男は礼拝堂を通り過ぎていく。

 礼拝堂に掲げられた大きな十字架を見上げて、シスターは思う。


「これも、あなたの与えた試練なのでしょうか……」


 シスターは再び、祈り始めた。



+++



「これは確実っぽいわねえ」


 病院に連絡している恭司の隣で、しゃがみこんでいる楓が言う。

 彼女の前には、倒れた青年の姿がある。

 楓は彼のポケットから財布を取り出し、一枚のカードを取り出す。

 スキルユーザー証明書、と書かれた写真付きのカードが出てきて、私は息を呑んだ。


「終わりました。公園の住所を伝えたから確実に辿り着けると思います」


 恭司は電話を切って、楓に申告する。


「悪いけど後は救急車に任すわ」


 そう言って、楓は歩き始めた。猫がその先を歩き始める。

 四人は夜の町を歩き始めた。


「楓さんはガンガン進んでくね」


 歩美が、感情のこもらぬ声で言う。


(怖いの?)


 からかうように言う。


「怖いよ。恐怖感を置き忘れてきたんじゃないの、翠」


 そう言われてしまえば、反論できない。

 四人は、教会の前に辿り着いていた。


「ここですぜ、姉御」


 少し太った猫が鳴き声で伝えてくる。


「ありがとう。確認するから、ちょっと待ってね」


 鳴き声で返す。

 楓が道を空ける。

 恭司がその前に立って、扉を開ける。


 礼拝堂では、シスターが祈っている最中だった。


(こんな夜更けに……)


「勤勉だねえ」


 歩美が呆れたように言う。

 シスターは立ち上がると、こちらを振り向いた。


「なんの御用でしょうか」


「こちらにパーカーを着た青年がいますね?」


 楓がそう言って、警察手帳を取り出して示す。


「引き渡して頂きたい」


 シスターは嘆くようにかぶりを振った。


「神よ……これも試練だと言うのでしょうか……」


 椅子にもたれかかって立ち、今にも倒れそうに見える。

 しかしそのうち、その瞳に決意の光が宿った。

 赤い赤い、血のような光だ。


 部屋の気温が上昇したような気がした。

 楓と相馬が形相を変えて恭司の背後に移動した。

 私も、それに習う。


「昔々の話、魔女は火刑に処されたと言います。悪魔崇拝の邪教徒を浄化するためにも火刑は使われたと言います。けど、不思議ですね」


 シスターの手に炎が浮かぶ。


「今の私は、どう見ても魔女なのですから」


 炎の嵐が荒れ狂った。

 それをいつの間にか展開されていたカイトシールドが防ぐ。

 楓が恭司の手に手を添えていた。

 氷でカイトシールドを補強しているのだろう。氷の蒸発する音がさっきから絶え間なくしている。

 炎がやんだ。


「このスキルはあいつの……」


 楓が躊躇い混じりに言う。


「だとしたら、まずいな」


 相馬が、苦い顔で言う。

 恭司は、カイトシールドを消して熱がるように手を振った。

 シスターの目の光は消えている。


「あの男は連続殺人犯よ。それを庇うの?」


 楓が信じられない、とばかりに言う。


「ならば、何故彼は力を持っているのでしょうか。神のような力を。その中には癒やしの力もある。数千数万を救える力です」


「持ってるだけで使わないんじゃ意味ないでしょ」


 楓は吐き捨てるように言う。

 こんな時に現実主義者の楓は頼りになる。


「だから、私はわからない。彼は天使なのか、私をそそのかす悪魔なのか」


 シスターの目が、再び赤く光る。


「神の意向がわからない限り、私はここを守る番人になります」


 シスターの掌から、球状の炎が放たれた。


「あれはやばい!」


 楓が言って、参列席に向かって逃げていく。

 相馬は空を飛んで銃を構えている。


 恭司は私の腰を掴んで、駆け出した。


 相馬が銃の狙いを定めるのと、銃に炎が向かうのは同時だった。


「くそったれ!」


 吐き捨てるように相馬は言う。

 銃弾が吐き出される。

 それは全て、炎の球に触れて溶け落ちた。


 鉄を溶かす熱?

 尋常な温度ではない。

 さっきの範囲攻撃が威力を分散させたなら、この炎の球は威力を凝縮したということか。


 相馬の銃に炎の球が触れる。

 相馬は銃を捨てて、天井に隠れた。


 銃声が鳴ったのは、その時だった。

 楓が銃を構えて、シスターの腹部を狙い撃っていた。


 炎の球が消える。

 シスターは手に炎を浮かべ、苦しそうにしながらも止血する。


「囮ご苦労」


「どうってことないさ」


 なるほど、銃が溶かされるまで粘ったのは楓が狙いを定めるのを待っていたのか。私は感心した。


「ぐうう……」


 シスターの呻き声が礼拝堂に響き渡る。


「降参しな。今ならまだ戻れる」


 相馬の声に、シスターは涙目になりながら、考え、そして崩れ落ちた。


「神よ。御心を示したまえ」


 シスターの目に浮かぶ赤い輝きが増す。


「恭司、カイトシールド!」


 楓は言って、自分の前に氷の障壁を作り上げた。

 相馬は、教会の外へと避難する。


 恭司はカイトシールドを作り、重々しく下ろした。

 炎の嵐が吹き荒れる。

 それは参列席も焦がし、荒れ狂っている。


 まるでシスターの心の狂乱を写すように。


 そこで、私は決意を決めた。


「ちょっと! 無茶しないでよね!」


 歩美が慌てたように言う。

 私は、自分の体を鉄化させた。


 そして、カイトシールドの外へと歩きだす。

 歩く。

 炎の中をまっすぐに歩く。

 尋常な温度ではない。


 すぐに肉を乗せれば焼けるだろう温度まで体温は上昇する。関節部分が溶ける臭いと痛みがする。

 涙目になりながらも、私は進む。

 シスターは、それに驚愕の表情を浮かべ、一瞬攻撃を止めた。


 その表情が歪み、掌に炎が集中する。


「炎の球、来るよ!」


 楓が叫ぶ。

 しかし、私は躊躇わず歩き続けた。

 大半の一般人ならこんな時、逃げ出すだろう。

 けど、私はシスターの態度が気に食わなかった。


 そう、気に食わなかったのだ。

 だから、文句をつける。

 文句をつけるだけの力もある。

 それもまた一般人としてはありがちな感情だと思う。


 もっとも、大抵はそういった一時の感情に任せて発言する人間は出世レースから外れていくのが世の定めなのだが。


 炎の球が、私の心臓を食い破った。


「あ……ああ……」


 シスターは、自分のしたことに怯えるように、尻餅をつく。

 しかし、鉄化は変化の力。

 自らの体を作り変えられるのならば、再生も容易だ。

 私は心臓と溶けた各所を再構成させると、鉄化状態のまま歩き続けた。


 シスターの目に、もう赤い光はない。

 手をかざす。


「スナッチャー」


 光の腕が伸びて、シスターのハートの半分を覆っている炎のデコレーションを剥がした。それを掴んで、吸収する。


「神様はなにもしてくれない。神様がなにかしてくれるなら、世の中にこんな悲しみは溢れていない。わかってはいるんでしょう? 神を試してはならない」


 シスターは俯くと、嗚咽を漏らし始めた。


「彼は天使でもない。悪魔でもない。ただの悪人だ」


 シスターは、二つ頷くと、歩き始めた。


「案内しましょう。彼の部屋へ」


 階段を上がっていく。罠があるかもしれないので、シスターの後ろには恭司がいる。

 そして、一同、部屋の前に辿り着いた。

 シスターが息を吸って、吐いた。

 そして、扉を開くと、そこには開け放たれた窓があった。

 無人だ。


 シスターは小さく笑った。


「こんなに必死になって逃げる人を、天使か、悪魔かだなんて、私もどうかしていました」


「そういうこともあるさ」


 楓はそう言って、シスターの肩を叩いた。



+++



 壮観だった。

 二十匹の猫が高級猫缶を必死にがっついている。


「あんまがっつくと吐くよー」


「はーい」


「吐いて食ったら二度美味しい」


「おい、今問題発言した奴出てこい」


 鳴き声がやむ。

 単純なものだ。


「俺小学校時代猫飼いたかったんだよな」


 恭司が懐かしむように言う。


「私もよ。けど、飼えないから近所の家の猫を餌付けしたりしてた」


「涙ぐましいなあ」


「まあねえ」


「まだまだ終わんないみたいだな。俺達の冒険は」


 恭司は、ぼやくように言う。


「そうだーねえ」


 苦笑して答える。


「けど、翠と仲良くなれたのは俺にとって収穫だった」


 今の台詞は、なんだ?

 告白だろうか。思い上がり過ぎだろうか。

 そう考えて、思わず黙り込む。


「嫌か? 翠」


「嫌では、ないよ」


 そう言って、私は空になった缶を集め始めた。


「青春だねえ」


 歩美がからかうように言う。


(血みどろの、だけどね)


 私は苦笑混じりに返す。

 月は優しく私達を照らしていた。



+++



 困ったな、というのが男の本音だった。

 教会は良い隠れ蓑だった。三食出て夜も安心して眠れる。だからこそ虎の子のスキルをシスターに与えて惑わせたのだ。

 ネカフェ生活というのも一つの手ではあるのだが、監視カメラが心配だ。

 空き家に侵入することは容易いだろうが、風呂などの問題がある。

 さて、どうしたものか。


 月夜を見上げる。

 たまには野宿も悪くないか。

 そんな気分になっていた。


第十六話 完

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