父と子と
「今ティーンエイジャーで次元突を教えた門下生はいなかったの。さらに白人となると、可能性は限られてくる」
楓と名乗る女性に、島津剣術道場の主、岳は電話口でそう答えた。
「そうですか。うちの協力員が次元突を使う敵と戦ったと言うので」
「それは確実に次元突だったのかの?」
「実際に見たことが何度もある人間なので、錯覚である可能性は少ないかと」
「そうか、そうか……なら、わしも準備をしなくてはならぬかの」
「準備、ですか?」
「ああ。準備、だ」
そう言って、岳は電話を切る。
そして、日本刀を手に掴み、振った。
何度も、何度も、振った。
全盛期には程遠い。しかし、一般人から見れば洗練された素速い振りを繰り返す。
そして、正座をして、待った。
夕日が地面に沈み、月が出てくる。
今日ではなかったか。そう思い、立ち上がる。
その時、チャイムが鳴った。
岳は部屋の電気をつけ、玄関まで出ていった。
「あいとるぞい」
そう言うと、扉が開いた。
数年ぶりに見る息子の姿がそこにはあった。
「久しぶりだね、父さん」
「ああ。アメリカでの研究は充実しておるか?」
「まあまあかな。日本よりかなり進んだ技術を実現しつつある」
「それは、人殺しの研究か?」
意表を突かれたように、息子は黙り込む。
岳は、目を閉じて溜息を吐いた。
「まあ、入れ」
そう言って、息子に背を向け、家の中を歩いていく。
そして、道場に辿り着いた。
日本刀の一振りを息子に投げる。
そして、もう一本を自分で持ち、鞘から抜いた。
「なんだよ、物騒だな、父さん。久々に会う息子に」
「白人の少女が次元突を使ったという報告を聞いた」
息子の表情が険しくなる。
「うちの門下生で海外に行っているのはお前だけだ」
日本刀を構える。
「お前、海外でなにをしてきた?」
「父さん、相談があるんだよ」
息子は日本刀を置いて、縋るように歩み寄ってきた。
「僕と石神の選ばれし子供達計画は成功した。しかし、肉弾戦闘を教えられる人員が少ない。特に、日本刀」
息子は自分の胸の中央に手を置き、言う。
「剣を教えるのはお父さんの生きがいだったじゃないか」
「選ばれし子供達計画か……それが作り上げたのはなんだ?」
息子は、黙って父の言葉を聞いている。
「石神という男の所業は聞いた。被害者は四桁に達する。お前もその計画に携わっていたということか?」
「石神の目的と僕の目的は違う」
「なら、お前の計画とはなんだ?」
「この力を活かして、英雄になることさ」
「人を殺して、英雄。笑わせるな」
「違う。僕達は人を襲わない。人を襲う生物を倒すんだ」
息子は夢見る子供のような表情をしている。
「帰れ。お前とは言葉が通じなくなってしまったようだ」
「帰らないよ、父さん。父さんを放置しておけば、厄介な剣士が何人も増える」
地面に置いた日本刀を、息子は拾った。
「死んでくれ、父さん」
岳は、深々と溜息を吐いた。
「親不孝もここに極まれりだな」
息子は地面を蹴って、岳の懐に入る。
その腹を、岳は蹴っていた。
息子は数歩後退する。
その肩から腹にかけて斬り下ろそうとする。
その瞬間、息子を肩車して妻と手を繋ぎ歩いた日々が脳裏に蘇った。
息子はさらに後退した。
「甘いね、父さん。今、斬れただろう?」
「息子よ。過去のお前に戻る気はないのか。これ以上、罪を重ねるお前を見るのは忍びない」
「もう退けないんだよ父さん。僕の頭脳はアメリカの庇護のもとにある。それを裏切れば、待つのは死だけだ」
「お前一人の死で済むならば、命など捨ててしまえ!」
「それが息子にかける言葉か。わかったよ父さん」
息子が地面を蹴る。
常識を超えた速度に、岳は一瞬戸惑ったが、すぐに対応する。
そして、剣と剣がぶつかって、幾重もの火蓋を散らした。
「セレナ!」
息子が叫ぶ。
「あいよ」
道場の外から炎の玉が飛んできて、岳の右手を焦がした。
重度の火傷。痛みに、右手の握力が緩まる。
「僕は自分で動く時は百パーセントの勝率がないとやらないよ」
「百パーセントの勝率などあるものか……」
「そう思って、自分を誤魔化してるのさ」
そう言って、息子は剣を振るった。
岳の日本刀が、真っ二つに折れた。
「勝負ありだ、父さん」
岳は腰を下ろすと、焦げた腕を掴んで、荒い呼吸を繰り返した。
「老いとは……慈悲のないものだ」
「そうだね。父さんは天才だった。本来なら僕なんか届かないほどの」
「とどめを刺せ」
「刺さないさ。エレーヌ」
そう言うと、怯えるように白人の少女が中に入ってきた。
「土の結界で父を拘束してくれ」
「はい、先生」
「くれぐれも窒息死させないようにな」
「もっもちろんです」
エレーヌはそう言うと、岳に向かって手を差し出した。
(ワシの時代も終わったか……)
一瞬、脳裏によぎるものがあった。
病院の一室。技を少し教えただけで吸収した少女と、その師。
(いや、希望はまだある)
そう思い、岳は微笑んだ。
棺桶のような泥が、岳を包み込んでいった。
第五話 完
次回『さつきの来訪』




