氷は喰らい尽くす
楓は相馬の家からの帰り道を歩いていた。
そして、徐々に臨戦態勢に移る自分を感じていた。
誰かが誘っている。
けど、誰が?
今は一人だ。多数でこられたら多少面倒だ。
しかし、多数で襲おうという人間が誘いなど出すだろうか。
(出すまい)
そう思い、楓は前へと進んでいった。
程なく、外灯の下で白人の少女と出会った。
少女の目は、赤く輝いている。
「感謝してるぜぇ。誘いに乗ってくれたこと」
「随分流暢な日本語じゃないの」
楓は、腕を組んで淡々とした口調で言う。
「それとも、奪ったの? 誰かの経験を」
「こっちの勝手だろ? 私はやりたいのさ。最強の炎使い決定戦を!」
楓は溜息を吐く。
なんだ、こういう単純な手合だったのか、という失望の溜息だ。
「いいでしょう。応じるわ」
「いいね、いいね。あんた、すっごくいい!」
そう言うと、少女は炎の玉を複数空中に浮かべて放ってきた。
楓は炎の壁を一枚作るだけで直撃を避ける。
それで視界が塞がったのがまずかった。
少女が壁を蹴って、走ってきた。
身体能力強化スキルも持っているのか。
楓は氷の枷で少女の腕を拘束する。
そして、少女が枷を溶かしている間に距離をおいた。
「二十秒もちやがった。私相手に」
面白がるように少女は言う。
「なら、本気を出すぜ!」
少女は天に手をかざし、巨大な炎を作り出した。
なんという適合率。その早業は、楓に匹敵する。
楓は氷の矢を複数作り放つ。
天から炎が落ちてきて、矢を食った。
「これで最後だ! 炎の魔女!」
「甘いわね」
氷の矢は炎の力を練るための時間稼ぎ。
まんまと相手はそれに乗ったことになる。
車道の中央で、二つの炎がぶつかりあった。
楓の炎は徐々に押されている。
その時、不思議な事が起こった。
楓のイヤリングが輝いたのだ。
イヤリングは言っている。氷の力を使え、と。
このままではジリ貧だ。
しかし、適合率が低い氷の力では太刀打ちできまい。
イヤリングが再び輝く。
言っている。
いいから使え、と。
(死んだらあんたのせいにするからね……!)
逃げる準備をしながら、楓は氷の盾を作り上げた。
その刹那、イヤリングから物凄い魔力が流れ込んでくるのを感じた。
氷が炎を食い散らかして進んでいく。
それは電信柱なども巻き込んだ極大の一撃だった。
炎が飲み込まれ、少女は尻餅をつく。
「馬鹿な。それはまだ完成していないはず……」
「それ……?」
イヤリングのことか、と楓は考察する。
「不確定要素が多い。今日は、一時撤退する」
そう言って、少女は駆け去って行った。
身体能力強化スキル持ちだ。追いつけるわけがない。
加えて、楓の作った氷塊が銃弾を防ぐ壁となっていた。
手出しのしようがないというわけだ。
「このイヤリング……一体……」
楓はイヤリングに手をやり、しばらく呆然としていた。
+++
「結局任務を達成したのはエレーヌとシンシアだけだったか」
先生、と呼ばれている男は、そう言って椅子から立ち上がる。
セレナとエレンは項垂れる。
「しかし、四人ともよく生きて帰ってきた。先生はそれだけで満足だ」
四人の少女の表情が華やぐ。
「ご褒美にアイス買ってよ、先生!」
セレナが身を乗り出して言う。
「いいだろう。エレン、お金を渡すからセレナと買ってきてくれるか」
「セレナとですか?」
エレンはあからさまに嫌悪の感情を表に出した。
「仲良くしなさい。君達は四人で一本の刀だ」
「で、先生はどうするので? 明日から出かけるそうですが」
「因縁を絶ちに行くさ」
そう言って、男は手に日本刀を握った。
鯉口を切って、刀身を抜き出す。
それを眺め、男はしばし考え込んでいた。
脳裏に浮かぶのは、父に肩車されていた日のこと。
それももう、過去のことだ。
自分の目的を達成するためにも、彼を味方にする必要があった。
第四話 完
次回『父と子と』




