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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第十二章 君と友達になりたいんだ
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束の間の平和

「あー、本当だ! 映ってる!」


 HDDレコーダーの録画映像を見て、楓が大声を上げる。


「まあ、ちょこっとだけどな」


 相馬は興味なさげに茶を飲む。

 相馬家の居間だった。


 要人の護衛役にスーツを着た巴が混ざっていることを確認したのだ。


「お父さんの友達なの?」


「職場の知り合いだよ」


 有栖の無垢な問いに、相馬は淡々と答える。


「巴ちゃんには結構助けられたよね」


「迷惑な奴でもあったけどなあ」


「ねえ」


 有栖が甘えて相馬の背後から抱きついてくる。


「お母さんとパパの出会いってどんなのだったの?」


「あー、俺と節子の出会いか?」


「うん!」


「そんな聞きたいか?」


「うん!」


「そうさなー……」


 相馬は一時、過去へと思いを馳せる。

 あの女性と似た少女が一人。その温もりが背にある。

 感慨深いものがあった。


「あいつは捨て猫の入った箱に傘を立てかけてたんだ。自分は濡れるのも構わず」


「お母さんらしいなあ」


「うん、いかにも節子らしい」


「長い髪を全部金に染めたヤンキー臭い奴がなにやってんのかと思ったよ」


「お母さん、そんな派手な格好だったの?」


「多少はね」


 楓が苦笑して肯定する。


「で、奴がいつもみたいに力任せに無理やり子猫に牛乳のミルクを飲ませようとしてたんでな。三千円渡して猫用ミルクを買って飼い主募集サイトを使うことを勧めた。実家で猫を飼ってたからそこらの勝手はわかっていた。でだ」


 相馬は深々と溜息を吐く。


「パソコン持ってないだとか貰ってくれる人に会うの緊張するだとかなにが必要かだとかメールが大量に来るようになってだな。俺は奴の外見にびびってたから唯々諾々と従ったわけだ」


「……なんか思ってたのと違う」


 有栖が、相馬の横に座り込む。


「どっちが告白したの?」


「秘密」


 そう言って、相馬は視線を逸らす。

 今でも思い出す。海の見える崖の上での、一世一代の告白。

 あの頃は、節子の長い髪も黒くなっていた。


「けど、お母さんのこと好きだったんでしょ?」


「好きだよ。今もな」


 有栖が表情を輝かせる。


「相馬も娘の前では素直になるんだねえ」


 楓がにやつきながら言う。


「私はパパとお母さんの娘で幸せです」


 そう言って、有栖が抱きついてくる。

 その頭を、静かに撫でた。


「お母さんみたいに金髪にしたら家からおん出すからな」


「しないよー。けど茶色にはしてみたい」


「んー、茶色なー。女性って結構髪染めるの許容されてるよな」


「まあ基本男は黒よね」


 楓の言葉に、相馬は頷く。


「まあ学生の間は黒でいなさい」


「はーい」


 相馬の家は今日も平和だった。



+++



 アラタは用件があったわけでもないのだが、葵に電話をかけた。

 歳の近い知り合いだ。友人になりたいという思いがある。

 葵は数コールの後電話に出た。


「葵ー? 元気かー?」


「すいません、今からちょっと仕事で、あんまり話せないんですよ」


「そっか。じゃ、またかけなおすわ」


「ごめんなさいね。こちらからかけなおします」


「いや、特に用事があったわけじゃないんだ。仕事、頑張ってくれ」


「はい! ありがとうございます」


「あと、同年代なのに敬語は気持ち悪いからやめてくれ。戦友だろ、俺達」


「確かに、そうですね。じゃあ、アラタくんにはタメ口でいいかな」


「おっけーおっけー」


 アラタはその時、冷気が自分を包むのを感じた。


「俺の方も用事ができたから、切るわ」


「うん、またね、アラタくん」


 アラタはスマートフォンの通話モードをオフにして、ポケットに入れる。


「出てきたらどうだ」


 場所は、公園だ。

 木陰から、眼鏡の少女が一人出てきた。


「県下一番の剣士。あの石神さんに痛打を与えた剣士。戦ってみたいと思っていた」


「用件はそれか。まったく、あの石神の野郎は死んだ後まで迷惑をかけやがる」


「氷の棘は、我に勝利をもたらさん!」


 そう言って、少女は天に手を掲げる。

 少女を氷が覆い、それは一本の剣へと凝縮されていた。


 アラタは溜息を吐き、応じる。


「フォルムチェンジ」


 その瞬間、アラタの姿は白いフルフェイスのヘルメットとスーツに変わる。

 手には、長剣が握られていた。

 眼鏡の少女は微笑む。


「窮地に陥れば強くなる。アラタさんの特性でしたね」


「そこまで割れてるのかい。スパイでもいるのかな」


「さて、どうでしょう。けど、ドクター石神の死はそれほど裏社会では衝撃的でしたからね」


「俺は表社会でインターハイに出るのが夢なんだ。裏社会は興味ない」


「大丈夫ですよ」


 少女は、目を細めた。


「今日ここで死ぬ人に、夢はいりません」


 少女が駆け出した。

 アラタは長剣を構えてその動きを見る。

 隙を突き一撃を与えようとの考えだ。


(隙、隙、隙……)


 少女はどんどん近づいてくる。


(ないじゃねえか!)


 アラタは長剣を振って、少女に斬りかかる。

 それを、少女の氷の剣はいとも容易く受け止めていた。


 剣戟の応酬となる。


「流石県下一の剣士。退屈はさせてくれませんね!」


「喋る余裕はあるんだな」


「お互い様です」


 そう言って、少女は剣を引く。

 そして、前へと突いた。


 スーツは頑丈だ。しかし、直感的に危ないと感じた。

 アラタは横へと避けた。

 その目は、確かに一瞬開いた違う世界の光景を見ていた。


「次元突き……だと?」


「避けられましたか。必殺の一撃のつもりだったんですけどね。手札を晒すだけのオチとはセレナになんと言われるか」


 少女は数歩退くと、氷の剣を杖のようにして地面を突いた。


「あなた、厄介ですね。戦えば戦うほどこちらの行動パターンを学習していく。天賦の才と言えるでしょう」


「そいつはどうも」


「なら、ここでトドメを刺すのが上策というものでしょう」


 少女は剣を引いて、力を溜めはじめた。


「させるかよ!」


 そう言って、アラタは少女に飛びかかる。


「遅い!」


 アラタが思ったことは、シンプルだった。


(あ、死んだわこれ)


 そう思わせるほど、少女には迫力があった。


「おまわりさん、こっちです!」


 何処かで聞いたような声がした。

 少女は技を放つのをやめ、アラタはその横を通り過ぎる。


「命拾いしましたね、アラタさん」


「……貸しにしとくよ。お前の名は?」


「エレン」


「エレン、か。また、会おう」


「ええ、また」


 そう言うと、エレンは飛び去っていった。


「大丈夫ですか?」


 勇気が駆け寄ってくる。


「なんだ、お前だったか」


 そう言って、アラタは座り込む。極度の集中状態から解放されて、一気に疲れが溢れ出た。


「凄い力のぶつかり合いを感じましたからね。けど、タイマンなんてやめてくださいよ。仲間を呼ぶとかあるでしょう?」


「お前はあの戦いの中に入り込む勇気はあったか?」


「師匠がいるならば、入りましょう」


「そんな勇気はいらない」


 アラタは、立ち上がる。


「逃げるのも、勇気だ」


 そう言って、歩き始める。

 勇気はその後を追ってくる。


「ありがとな。命拾いした」


「いえ。けど、彼女は何者なんでしょう?」


「石神絡みらしいがな。仲間らしい奴の名前も口にしていた」


 アラタはそこで空を見る。夕闇には月が薄っすらと輝き始めていた。


「また、荒れそうだな」


「短い平和でしたね……」


 勇気は、嘆くように言った。



+++



 学校の帰り道、有栖は不思議な光景を目にしていた。

 青年が一人、地面に布を広げて商品を売っている。

 アクセサリー類のようだ。


 青年は、有栖に視線を向けると、目を細めた。

 そして、手招きしてきた。


「君は、有栖ちゃんだね?」


「おじさん、なんでわかるの?」


「おじ……いや、君のお父さんに借りも貸しもあるからだよ」


「パパに?」


「ああ。これもなにかの縁だ。一つ、アクセサリーを君にあげよう」


 そう言って、青年は布の上のイヤリングを掴んで、有栖の手に乗せる。


「君のママに渡すといい」


「私のママは、死んでるよ?」


「けど、ママの代わりをしてくれている人がいるはずだ」


 有栖は思った。なんでこの人はこんなに有栖の家庭事情に詳しいのだろう。


「大事にするんだよ。世界の命運は、彼女にかかっているのだから」


 現実味のない言葉。けど、なにか壮絶なことを経験してきたような響き。

 有栖は一つ頷いて。イヤリングを持って歩いていった。

 それを見送ると、青年は荷物をまとめてその場を後にした。

 まるで、最初から商売をする気などなかったかのように。



第二部 完

次回『翠の焦燥』

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