巣立つ者、戻る者
「今日まで皆さんお世話になりました」
そう言って、特務隊待機所で巴は頭を下げていた。
いつもと同じ、ゲームをして一人で潰す時間。
それも、ついに終りを迎えたのだ。
「正直、お前さんには振り回されてばっかりだった」
隊長の五十嵐慎吾が言う。
巴は、つい俯く。
「けど、おかげで我々はスキルキャンセラーという強力な仲間がいることを確認できた」
巴は、顔を上げる。
特務隊の皆は、微笑んでいた。
「頑張ってこいよ」
「ありがとうございます」
巴は涙を一筋拭いて、頭を下げると、部屋を出ていった。
これからが私の新たな人生の始まりだ。そんな予感がしていた。
+++
「旅に出るぅ?」
大輝の言葉に、アラタはついつい怪訝な表情になった。
「そう。期間は無期限」
「なにそれ、警察ってそんな無茶通るの?」
「普通は通らんが、石神のアジトを知ってるのは俺だけだからな。どうとでも言える」
「ほー……」
アラタは大輝の顔を覗き込んだ。
「そんなに日常が退屈か」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
呆れたように大輝は言う。
そして、踵を返した。
アラタは、心臓を氷の矢で射抜かれたような気分になった。
「帰ってくるんだよな?」
「ああ、なにかあったら帰ってくる。響のこと、頼んだぞ」
「わかったよ、お兄さん」
「お前にお兄さんと呼ばれる言われはない」
「響のお兄さん」
「そう、よろしい」
響と結婚したらこの兄がついてくるんだなあ。
そう思うと、大輝は少し先行き不安になった。
「じゃあ、またな。お互い健康で」
「ああ、またな、だ」
ソウルキャッチャーは旅立っていく。
アラタは欠伸をしながらその背を見送った。
有事の英雄も平和な時代では疎まれる対象になることもある。
大輝は、それを察しているのではないかと思う。
有事の英雄と言えばもう一人。斎藤翠はどうなっただろう。
最近、顔を合わせていなかった。
+++
「ここが先生の故郷ですか」
飛行機から降りながら、エレンは言う。
「ああ、そうさ」
先生、と呼ばれた男は目を細めて周囲の景色を眺めている。
「十数年。変わるものだな」
「先生、ここの超越者はどんなもんですか?」
男の後ろを歩いているセレナが問う。
「なまっちょろいよ。倫理観という足枷に囚われて新たな発掘を拒む愚か者ばかりだ」
「倫理観があるのは健全ですけどね」
眼鏡の少女、エレンが溜息混じりに言う。
金髪の少女二人と赤髪の少女が他にいる中で、黒髪の彼女はいかにも目立つ。
「なんだよー、先生が間違ってるって言うのかよ」
「そんなことは言ってないわ。その方が健全だと言っただけよ」
エレンが絡んできた赤髪のセレナを軽くいなす。
「まあ、気をつけるのはスキルキャンセラーぐらいだな。それも、重要人物の護衛に駆り出されている」
「スキルキャンセラー……」
エレーヌが怯えるように呟く。
「どーってことねーって」
セレナがエレーヌの肩を抱く。
「あれだけ投薬と手術を受けてきたんだ。俺達の勝ちは決まっている」
男は、微笑んでセレナの頭を撫でた。
「そうだな。我々は、ここの奴らとは信念が違う。君達は辛い日々を乗り越えたエリートだ」
男は大股で歩き出す。
「行こう。石神の意志は我々が継がなければならない」
日本の超越者達にとっては不吉極まりない台詞を言って、男は前へ前へと進んだ。
第一話 完
次回『束の間の平和』




