暗躍
「という案を思いついて試してみてる最中なんですよ」
「なるほど。街中の猫が監視カメラ代わりか」
腕を組んでいる楓は、私の案に二回ほど頷いた。
「面白いんじゃないの」
「問題はいかに勝つかですけどね」
「作戦はできている。遭遇さえできれば、勝てるわ」
楓は怯む様子も一つもなく言う。
机上の空論でここまで強気になれる女性も珍しいと思う。
「俺が守るよ」
恭司が苦笑混じりに言う。
「ええ。作戦のキーは恭司、あなたにあるのだから。大いに活躍なさい」
そう言って楓は恭司の背を叩く。
「まるで学生の運動会だな」
呆れたように相馬が言う。
楓が膨れた表情になる。
「ああやだやだ。これだから嫌味っぽい奴は。あんたは作戦のメンバーに数えられてはいないわ。抜けていいわよ」
「緊急時の逃走役は必要だろう。これは本部長の意向でもある」
それを言われると弱かったのか、楓は黙り込む。
猫の鳴き声がした。
シャロだ。
その鳴き声の意図を、私は汲み取っていた。
「レディ、頭数は揃ったかね?」
鳴き声で返す。
「揃ったわよ。目標は見つかったかしら」
シャロが遠吠えをした。
ざっと二十匹の猫が周囲から集まってくる。
「壮観だなあ……」
恭司が呆れたように言う。
「俺達、尾行頑張ったんだぜ」
「高級猫缶、高級猫缶」
猫達は目を輝かせて口々に鳴く。
「それじゃ、行きましょうかね」
楓が言う。
シャロと一匹の猫が先導して、四人は十九匹の猫を残して移動していく。
一度に移動するのは目立つだろうという配慮からだ。
十分ほど歩いて、アパートに辿り着いた。
一匹の猫は階段を器用に上っていき、ある部屋の前で座り込んだ。
彼は鳴いて言葉を伝えてきた。
「ここだぜ」
「ここだそうです」
私は猫語を翻訳して他の三人に伝える。
「わかった。俺が出よう」
恭司がそう言って、玄関の扉をノックする。
出てきた人を見て落胆した。
パーカーを着たウェーブのかかった髪の女性。明らかにソウルイーターとは異なっている。
一匹の猫はそれを見上げて自信満々に目を輝かせている。
「すいません、部屋間違えました」
そう言って、恭司は扉を閉じた。
間の抜けた沈黙が場に漂った。
「ねえ、ねえ、高級猫缶はまだかな?」
一匹の猫は待ちきれないとばかりに言う。
「あー……これってもしかして……」
私は結論を言い淀んだ。提案した手前、この結果は気まずいものがある。
「パーカーを着た人を手当たり次第に当たってるわね」
楓が全てを察したように壁により掛かる。
「ねえ、高級猫缶、高級猫缶!」
「あー、あのね。今回の人は目当ての人じゃなかったの」
「高級猫缶は貰えないのか?」
猫はいじけた目になって俯く。
「残念賞はおやつかな」
そう言って、私は少し高級なキャットフードを地面にばら撒いた。
シャロと猫は一心不乱になってそれを食べ始めた。
全てを平らげるまで五分とかからなかっただろう。
「次は目当ての人を見つけるよ!」
猫はそう言うと、意気揚々と走っていった。
「……まあ、手がかりが無いよりはマシね」
励ますように楓が言う。
「当たってみますか。手当たり次第」
「他に手もないしね」
恭司も同調する。
そして、彼は前を向いて歩き始めた。
「翠さんは柔軟だな。面白い発想だ」
彼は私を常に褒めているような気がする。
世間慣れしてそう。生きやすそうで羨ましい。そんなことを思う。
とにもかくにも、猫でソウルイーター発見作戦は開始されたのだった。
+++
井上雅彦は十九歳の浪人生だ。
勉強をしていると親に言っているが、その実なにもしていない。
夜にランニングをして、気を晴らしている。
隠し持った力で鬱屈を発散しようかと思う時もあるが、それは警察に厳禁されている。
その日も雅彦は公園を走って、あるベンチに辿り着いた。
立ち止まったのは、休むためではない。
ベンチに紙が置いてあったからだ。
「四百万円当たります……?」
大きく書いてある文字を読み上げる。
その下に並ぶ小さな文字を読んでいく。
「もみじ通りの脇にある廃墟の入り口付近コインロッカーの十九番のドアに四百万円を隠しました。手に入れたらあなたのものです。ちなみに機器などを使ってコインロッカーを破壊しようとした場合四百万円は回収させていただきます」
なんだこれ。というのが雅彦の感想だった。
悪戯に違いない。たちの悪い悪戯だ。
そう思いながらも、雅彦の足はコインロッカーに向いた。
時刻は夜。廃墟付近には誰もいない。
コインロッカーの前で、しゃがみ込む。
(十九番、か……)
持ってきた紙を眺める。
そして、少し躊躇ったが、周囲に監視カメラがないかを確認して、隠している力を使うことにした。
コインロッカーの十九番の扉の鍵の傍に触れる。
そして、掌に力を込めた。
爆発が起こる。
ロックはへし折れて、扉が開いた。
これが雅彦の持つスキル。爆破能力。
扉の中にはバックが入っていた。
チャックを開けて、中を確認する。
札束が入っていた。
その一枚を取り出し、空に掲げる。
透かしもあるし、子供銀行券でもない。
「嘘だろ……?」
四百万円が我が物になったというのだろうか。
(馬鹿じゃないか。大金持ちの道楽か?)
雅彦は駆け始めた。そして、ゲームセンターに入る。
まずはコインを山ほど買って、コインゲームに投入した。
飽きるとユーフォーキャッチャーで人形を狙った。
アームが弱くて少しずつしかずらせないが、人形は確実に穴へと向かっていく。
それを、繰り返した。
大量の人形を取って、雅彦はゲームセンターを後にした。
笑いがこみ上げてきた。
わけがわからない。わけがわからないが自分は大金持ちだ。
今までにない万能感が雅彦を包んだ。
そして、雅彦はまた公園へやって来ていた。
バッグと人形をベンチに放り出し、座る。
そして、紙を月に透かして眺める。
「美味い話ってあるもんなんだなあ……」
しみじみと語る。
「そうでもないさ」
背後から声がして、雅彦は振り向いた。
そこには、パーカーのフードを目深に被った男が一人。
その目は、赤く輝いている。
その赤い光を、雅彦は知っていた。
スキルユーザーが、スキルを使うと強い意志で決めた時に現れる光。
「大金を使われたらどうしようかと思ったが、どうやら子供の遊び金程度しか減ってないらしい。俺の全財産だ。これは俺にとっても危ないギャンブルだった」
「なんだよ、お前……こんな場所でスキル合戦でもするつもりかよ」
「くくっ」
男は、喉を鳴らして笑った。
「本当は飛行系が良かったんだがなあ。なあ。俺には人と人の間の縁が糸状に見える。その相手とはいつ出会えるかわからない。ただ、運命を歪めて出会いを早めることはできる。今回の札束のように」
雅彦は戸惑った。
「俺に会いたかったってことかよ」
「ああ。そうだよ……餌としてね」
雅彦は、疑問符を顔に浮かべることしかできなかった。
そこで、雅彦の意識は途絶えた。
最後に雅彦が見たのは、自分の体を撫でるように動く巨大な腕だった。
+++
男は、木に手を押し当てて、念じた。
掌から爆発が起こり、木が倒れた。
「威力はそこそこだけど近距離限定。ハズレスキルだな」
そう分析を呟くと、ベンチのバックを持ち上げ、紙を爆破スキルで焼却し、歩き始めた。
気配を感じて振り向く。
今は、スキルを使った直後だ。過敏になっているのが自分でもわかる。
しかし、草むらから現れたのは猫だった。
安堵の息を漏らし、男はホームへと足早に歩いた。
第十五話 完
本日は『暗躍』『火刑』『覚醒』の三本立てでお送りします。




