最恐の帰還
中央の草原へ出て、私は絶句した。
石神が四人の戦士を椅子にして足を組んでいる。
草原では神々しい光が渦を巻いていた。
「異世界へのゲートは出現した。開くまで後数十分と言ったところだろう」
恭司が撫壁を構えて、前に立つ。
「この際だ。君達も来ないかい? 異世界へ」
彼の誘いに、私達は戸惑う。
「その世界はね、僕らの時代から随分遅れている。技術的にも、魔術的にもね。そこに現れた我々は神として崇められるだろう」
「あなたは神として崇められるのが望みなのかしら?」
私は問う。
「うーん、そうだね。難しいな」
彼は顎をさすって、考え込む。
「元を正せば、我々は猿山の猿だ。猿との遺伝子も大差がない。そして、人となって人類は発展の歴史を進んできた」
「それで?」
「今の世界も猿山と変わらないんだよ。マウントを取りたがる奴。異性を取っ替え引っ替えする奴とそれに引っかかる奴。名性欲に取り憑かれた奴。皆、猿山の高い場所を目指している」
「つまり、こんな世界は嫌いだと」
「君は好きかい?」
「好きよ」
私は淡々と答える。
「朝目覚めた時、大好きな人が隣りにいる。それだけで世界は輝いて見えるわ」
「そうかい、わからないかい。これは、僕が拗らせているのかもしれないなあ」
そこで、彼は言葉を切る。
「まあ」
彼がそう言った瞬間、その姿は視界から消えていた。
「一番の障害物は最初に排除しておくに限る」
銃声が鳴った。私は頭に衝撃を受けて、地面に倒れ伏した。
血が流れていく。意識が薄れていく。視界が闇に染まっていく。
そして、私の意識は消えていった。
+++
石神はワープして再び距離を取る。
恭司は撫壁を持ったまま、片手に剣を呼び出した。黒い禍々しいオーラを放つ剣だ。
「アラタ、翠の治癒を頼む」
「やってます!」
「大輝、援護を頼んだ」
「……はい」
「大丈夫か?」
「あの人の顔を見ていると、なにか悪寒がする……」
大輝は本調子ではないか。それでも、やるしかあるまい。
例え、一対一になろうとも。
(夏希、紫龍、そして翠。力を借りるぜ)
「電光石火!」
恭司は唱えた。
その次の瞬間、恭司の体は石神の前にあった。
剣を振る。
それはバリアを割いて石神の皮を断った。
「速いな。けど、それではワープには」
恭司が剣を振り下ろす。
(後ろ!)
頭の中に声が響いた。
剣を背後に向かって振る。
石神が驚愕したように上空へと逃げていった。
「なんだ、今のは……」
恭司は戸惑うように言う。
(大輝です。テレパシーで相手の居場所を伝えます)
(そんなこと、できるのか?)
(なんでか、あいつの場所が探知できるんです)
(わかった、頼む)
恭司は石神に近づいていく。
石神は再びワープする。
(右斜上!)
撫壁を振り上げる。
銃撃は弾いた。
しかし、剣で貫こうとした時には石神は消えている。
雷、剣、飛行、そして盾。四つの力を同時使用する集中力が保つのは多分十分程度。
盾は自分本来のスキルだから使い慣れているが、他は借り物だ。
恭司は石神との戦いで極度の集中状態にあった。
+++
どうして石神の位置がわかるのだろう。
それが、大輝の疑問だった。
しかし、その力は上手く作用し、味方を助けている。
「血でべっとりだ……」
アラタが沈んだ口調で言う。
絶望的な結論を口にだすのは避けた。そんな風に見えた。
(おい、お前)
心の中で声がした。大輝の声。けど、大輝ではない者の声。
(もどかしい。体、よこせよ)
(君は、以前の僕か?)
(まあ、そうなるな)
(それなら、無理な相談だ)
もう一人の大輝は黙り込む。
(君は破壊を楽しんでいた。人を殺してきた。そんな人間にどうして意識を委ねられる?)
(けど、お前の戦闘経験じゃこの場を凌げない)
今度は、大輝が黙り込む番だった。
(心の中に異物があるだろう? それを、ソウルキャッチの要領で飲み込め)
もう一人の大輝は言う。
(ベースが俺になるか、お前になるかはわからないところだがな)
大輝は、しばし悩んだ。
消えるのは、恐い。
けど。
(仲間が消えるのは、もっと恐い!)
大輝は心の中の異物を飲み込んだ。
その瞬間、自分という存在が溶けてなにかと混ざり合っていくのを感じた。
「はは……はははははははは!」
高笑いが漏れてくる。
なんて上手く自分はやっているんだろう。
「石神! なんでお前が位置を特定されるか教えてやろう」
大輝は邪悪な笑みを浮かべて、言う。
「以前、能力をコピーさせた時に、俺の一部もお前の魂にこびりつけたからよ! 今更取れねえぜ、頑固な歪みはよ!」
石神が苦い顔をする。
「大輝! 記憶を取り戻したのか?」
恭司が、戸惑うように言う。
「ああ、そうさ。そして、手土産もある」
大輝はそう言って、手を掲げた。
「石神を倒す、とっておきの策だ」
暴風が渦巻いた。
風切り音が周囲に響き渡った。
最恐は復活した。
手段を選ばず敵を蹂躙するために。
第七話 完
次回『炎は闇の中で輝く』




