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最強と元最恐

 暴れている。僕が、暴れている。高速移動する巨大な腕。それが相手の銃弾を防ぎ、魂を吸っていく。

 やめてくれと僕は叫ぶ。しかし、腕は止まらない。

 そんな中、もう一人の僕の高笑いが周囲に響き渡った。


 そんな夢を見て、夜中に目が覚めた。

 手にはじっとりとした汗がある。

 夢じゃないぞ、と囁かれた気がした。


 洗面所に行って、胃の中のものを吐き出す。

 僕はどんな悪人だったのだろう。

 これはきっと、一生僕につきまとう罪の記憶。

 その日は、それから眠れなかった。



+++



「はい、なんでしょう」


 玄関の扉を開けた翠は、僕の顔を見て表情を引きつらせた。


「大輝。なんの用?」


「僕の、失われた記憶について知りたいんです」


「失われた記憶、ねえ……」


 翠はしばし考えていたが、雨が降ってきたので、扉の奥に引っ込んでいった。


「入って。言っていいだろう範囲でなら教えてあげるから」


 その言葉に感謝して、翠の部屋に入る。


「寮生活長いんですか?」


「そうね。前の家は壊されちゃったから」


 そう、翠は淡々と言う。


「僕が壊したんですか?」


 僕は、恐る恐る問う。

 翠は苦笑交じりに返した。


「そこまで自分自身を疑わなくていいんじゃないかな。他の敵だよ。私には敵が多いんだ」


 そして、翠は居間に座った。

 テーブルを挟んで向かい側に座る。


「だから、未だに家にも帰れない」


 ぼやくように翠は言う。


「大変ですね……」


「あんたはいいわよねー、旅ガラスだから」


「僕が、旅を……?」


「そう。敵のボスの情報を探って警察に通報してた」


「なんでそんなことをしていたんでしょう? 正義感から?」


「……怨恨、かなあ」


「恨みの元は?」


「入り組んだ話だから私にはちょっとわからない」


 翠は表情も変えずにとぼけてみせた。


「ちょっとでもいいんです。今は、情報が欲しい」


「……戦闘能力、何処まで落ちてる?」


「今は、風のスキルと治癒のスキルしか使えません。皆は、巨大な腕を操っていたって言うんですけど、出せなくて」


「重症だなあ」


 翠が苦い顔になる。


「まあ、その二つでも君は十分人並みに強いけどね」


「けど、僕はもっと社会に貢献したい。力が欲しいんです」


 翠は息を呑む。

 そして、僕の頭を撫でた。


「あの捻くれ者がよくぞここまで……」


「いえ、感心するのはいいですから」


 そう言って、僕は翠の手を掴んで止める。


「そうだね。腕について話しておこうか」


「はい」


「その腕っていうのはね。君が吸収してきた魂の集合体だ」


「魂の、集合体……?」


「私達ソウルキャッチャーは、光の腕を伸ばすことで相手の魂やスキルを剥ぎ取れる。魂は吸収とストックを選択できるんだけど、君はストックした。それを巨大な腕に変化させて触れた相手の魂を吸収したり、自らの足場にしていたのが以前の君」


「……昔の僕って、強かったのかな」


「最も恐いと書いて最恐だったわよ」


 翠は不服げに鼻を鳴らす。


「その実力は、どうすれば元に戻るでしょう?」


「戻らないほうがいいんじゃない?」


 翠の言葉に、僕は戸惑った。


「何故です?」


「今の君のほうが、いい顔してるよ。強くなくたって、善であるほうがよほどいい」


「じゃあやっぱり、以前の僕は悪だったんですね」


「ダークヒーローってあるじゃない」


「ええ」


 漫画や映画でしか見ないフレーズだ。


「あんな感じだったかなあ」


「……僕は、元に戻りたいです」


「職場は辛いか」


「ええ」


 僕は正直な感情を吐露していた。


「期待は大きい、当たりは強い、何人もが僕を睨む」


「けど、それは……」


「自分のやってきたことのしっぺ返しってことでしょう? わかっています」


「そうね。そうさね」


「けど、なら、全部やった自分に責任を取ってほしいんです。それに、彼さえ戻れば、犠牲は減る」


「……知らないほうが幸せだってことも、あると思うよ」


 翠は、腰を浮かすと、テーブルの中央にあるお菓子の入った籠をこちらに進めて見せた。


「今のままでも、君は十分強くなれる。昔の自分と今の自分を比較しないほうがいい。あいつはあいつ、君は君だ」


 翠は、肝心なことを喋る気はなさそうだった。

 僕は落胆して、翠の部屋を後にした。


 次に向かったのは、教会だ。


「昔の大輝くん、ですか」


 シスター水月は、苦笑交じりにそう言った。

 葵もいて、三人で礼拝堂の椅子に座っている。


「しばらく、大輝くんとは一緒に暮らしていた時期がありましてね。ユーモアがあって、とても楽しい人でしたよ。夜歩きをするのはやめてほしかったですけどね」


 昔の僕と、今の僕は、頭の中でまったく一致しなかった。


「そのお腹、大輝の子供じゃないよな?」


 葵が、鋭い目をして訊く。


「違いますよ」


 飽き飽きした、とでも言いたげに水月は言う。


「シスターは旦那が誰か言っていないのか?」


「そ。口堅いんだ」


 まさか本当に自分ではあるまいな。僕はそのケースを想像して嫌な汗が流れた。


「まあ」


 シスターはそこで考え込むように言葉を区切る。


「今の大輝くんのほうが幸せそうですよ。私は、今のままでいいと思いますけどね」


「そうかな?」


「自然な表情をしていると思います」


「皆、同じことを言うんだ」


 口裏をあわせてるのか?

 そんなことを、僕は思った。



第四話 完

次回『再び、おもい総合病院へ』

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