最強と元最恐
暴れている。僕が、暴れている。高速移動する巨大な腕。それが相手の銃弾を防ぎ、魂を吸っていく。
やめてくれと僕は叫ぶ。しかし、腕は止まらない。
そんな中、もう一人の僕の高笑いが周囲に響き渡った。
そんな夢を見て、夜中に目が覚めた。
手にはじっとりとした汗がある。
夢じゃないぞ、と囁かれた気がした。
洗面所に行って、胃の中のものを吐き出す。
僕はどんな悪人だったのだろう。
これはきっと、一生僕につきまとう罪の記憶。
その日は、それから眠れなかった。
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「はい、なんでしょう」
玄関の扉を開けた翠は、僕の顔を見て表情を引きつらせた。
「大輝。なんの用?」
「僕の、失われた記憶について知りたいんです」
「失われた記憶、ねえ……」
翠はしばし考えていたが、雨が降ってきたので、扉の奥に引っ込んでいった。
「入って。言っていいだろう範囲でなら教えてあげるから」
その言葉に感謝して、翠の部屋に入る。
「寮生活長いんですか?」
「そうね。前の家は壊されちゃったから」
そう、翠は淡々と言う。
「僕が壊したんですか?」
僕は、恐る恐る問う。
翠は苦笑交じりに返した。
「そこまで自分自身を疑わなくていいんじゃないかな。他の敵だよ。私には敵が多いんだ」
そして、翠は居間に座った。
テーブルを挟んで向かい側に座る。
「だから、未だに家にも帰れない」
ぼやくように翠は言う。
「大変ですね……」
「あんたはいいわよねー、旅ガラスだから」
「僕が、旅を……?」
「そう。敵のボスの情報を探って警察に通報してた」
「なんでそんなことをしていたんでしょう? 正義感から?」
「……怨恨、かなあ」
「恨みの元は?」
「入り組んだ話だから私にはちょっとわからない」
翠は表情も変えずにとぼけてみせた。
「ちょっとでもいいんです。今は、情報が欲しい」
「……戦闘能力、何処まで落ちてる?」
「今は、風のスキルと治癒のスキルしか使えません。皆は、巨大な腕を操っていたって言うんですけど、出せなくて」
「重症だなあ」
翠が苦い顔になる。
「まあ、その二つでも君は十分人並みに強いけどね」
「けど、僕はもっと社会に貢献したい。力が欲しいんです」
翠は息を呑む。
そして、僕の頭を撫でた。
「あの捻くれ者がよくぞここまで……」
「いえ、感心するのはいいですから」
そう言って、僕は翠の手を掴んで止める。
「そうだね。腕について話しておこうか」
「はい」
「その腕っていうのはね。君が吸収してきた魂の集合体だ」
「魂の、集合体……?」
「私達ソウルキャッチャーは、光の腕を伸ばすことで相手の魂やスキルを剥ぎ取れる。魂は吸収とストックを選択できるんだけど、君はストックした。それを巨大な腕に変化させて触れた相手の魂を吸収したり、自らの足場にしていたのが以前の君」
「……昔の僕って、強かったのかな」
「最も恐いと書いて最恐だったわよ」
翠は不服げに鼻を鳴らす。
「その実力は、どうすれば元に戻るでしょう?」
「戻らないほうがいいんじゃない?」
翠の言葉に、僕は戸惑った。
「何故です?」
「今の君のほうが、いい顔してるよ。強くなくたって、善であるほうがよほどいい」
「じゃあやっぱり、以前の僕は悪だったんですね」
「ダークヒーローってあるじゃない」
「ええ」
漫画や映画でしか見ないフレーズだ。
「あんな感じだったかなあ」
「……僕は、元に戻りたいです」
「職場は辛いか」
「ええ」
僕は正直な感情を吐露していた。
「期待は大きい、当たりは強い、何人もが僕を睨む」
「けど、それは……」
「自分のやってきたことのしっぺ返しってことでしょう? わかっています」
「そうね。そうさね」
「けど、なら、全部やった自分に責任を取ってほしいんです。それに、彼さえ戻れば、犠牲は減る」
「……知らないほうが幸せだってことも、あると思うよ」
翠は、腰を浮かすと、テーブルの中央にあるお菓子の入った籠をこちらに進めて見せた。
「今のままでも、君は十分強くなれる。昔の自分と今の自分を比較しないほうがいい。あいつはあいつ、君は君だ」
翠は、肝心なことを喋る気はなさそうだった。
僕は落胆して、翠の部屋を後にした。
次に向かったのは、教会だ。
「昔の大輝くん、ですか」
シスター水月は、苦笑交じりにそう言った。
葵もいて、三人で礼拝堂の椅子に座っている。
「しばらく、大輝くんとは一緒に暮らしていた時期がありましてね。ユーモアがあって、とても楽しい人でしたよ。夜歩きをするのはやめてほしかったですけどね」
昔の僕と、今の僕は、頭の中でまったく一致しなかった。
「そのお腹、大輝の子供じゃないよな?」
葵が、鋭い目をして訊く。
「違いますよ」
飽き飽きした、とでも言いたげに水月は言う。
「シスターは旦那が誰か言っていないのか?」
「そ。口堅いんだ」
まさか本当に自分ではあるまいな。僕はそのケースを想像して嫌な汗が流れた。
「まあ」
シスターはそこで考え込むように言葉を区切る。
「今の大輝くんのほうが幸せそうですよ。私は、今のままでいいと思いますけどね」
「そうかな?」
「自然な表情をしていると思います」
「皆、同じことを言うんだ」
口裏をあわせてるのか?
そんなことを、僕は思った。
第四話 完
次回『再び、おもい総合病院へ』




