わけがわからぬままに
今日は第十章と第十一章を投稿しようと思いますが、時間の関係で十一章の半ばまでの投稿になると思います。続きは明日投稿します。
僕、皆城大輝には長期間の記憶が抜けている。
主に、中学生時代の半ばから、高校の半ばまで。
そして、一人旅をしていたらしい時期から、アラタ達と共に冒険するまで。
残った記憶も穴だらけで、僕は自分自身がどういう人間かすらわからない。
ただ、悪夢を見る。
それは、叫び、怒り、暴れる夢。
寝汗でびっしょりになって目が覚める。
過去の僕は相当乱暴な人間だったのかもしれない。そんなことを思う。
そんな僕だが、超越者対策室というものに所属することになった。一応は刑事。公務員だ。
ただ、今の僕にそれを務める実力があるかというと、少々怪しい。
記憶も人格も曖昧なままで、ただ日常は過ぎていく。
休日になにもしなくても日が昇って沈むように。
人生は、無情だ。
+++
勤務初日。僕は少し緊張して対策室に向かった。
部屋の扉を開けると、数十の机が向かい合わせになって配置されているのがわかる。
僕は、その中でも一番大きな机の前に立った。
「今日からここに所属することになった皆城大輝です。よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げる。
室長は、眼鏡の中央を押すと、一つ息を吐いた。
「結構困難だと思うよ。ここで過ごすの」
開幕早々不吉な宣告だ。
「それは、僕の失った記憶に関係しているんでしょうか?」
「かなり暴れたからねえ、君」
小さくなるしかない。過去の僕はなにをやっていたのだろう。
「けど、通えばそれは日常になる。根気だよ、根気」
「根気、ですか」
「そ、根気。周囲が跳ね除けてきても根付いてしまえばこちらの勝ちよ」
そう言って、室長は悪戯っぽく微笑んだ。
僕も、安堵して表情を緩める。
少なくとも、味方は一人はいるらしい。
「それじゃあ、デスクは楓ちゃんの隣だから。世話してもらいなさい」
「はい。楓さんの机はどこで?」
「入り口の列で窓側から二個目。一個目は君の机だ」
「ありがとうございます」
そう言って、僕はその席に座った。
そのうち、どんどん人が入ってくる。
何人かは僕を睨んだが、すぐに自分の机に移動していった。
そして、勤務記録を書いて室長に提出する。
それが終わると、夜勤の彼らは帰っていった。僕に、一言の挨拶もなく。
入れ替わりに、相馬と楓が入ってきた。
「あら、早いね大輝くん」
楓がそう言って、隣りに座る。
「なんか針のむしろにいる気分です」
「実際そうだからしゃーないでしょ。慣れなさい」
「僕ってそんなに暴れたんですか?」
「そりゃもう」
「特務隊まで動いてたからなああん時」
そう言って、相馬も席に座る。
「……なんか、実感わかないです」
「けど、罪は罪だ」
楓は、淡々とした口調で言う。
「君は、その罪を背負っていかなきゃならない。自分でしたことなんだからね」
「……はい」
反論の言葉が思いつかなかった。
超越者対策室。
僕にとって、あまり居心地の良い場所にはならなそうだ。
この職場はどうやら二交代制らしく、昼勤の刑事が次々に入ってきた。
その全ての視線が、僕に向く。
僕は小さくなっていることしかできない。
「変わったね、君」
楓が、淡々とした口調で言う。
「そうですか?」
「以前なら、なに見てやがる、の一言ぐらい出そうなもんだ」
「……僕って人格破綻者だったんですか?」
「否定はしない」
気が滅入る。
過去の僕、今の僕、同一人物だけど違う人間のようだ。
けど、人生とはそういうものなのかもしれない。
人は、変わる。何度も、何度も、回り道をして歩いて行く。そのうちに最初に目指していた場所すら忘れてしまったりもする。
人格が変わるというのは、自然なことなのだ。
「じゃあ、皆揃ったところでパトロールに向かってもらおうかな。大輝くんは……」
室長は、そう言って周囲を見回す。
一人の女性が手を上げた。
「私一緒に行きますよ。たまには車の運転したいし」
「そう。じゃあよろしくね、美沙子」
「あいあいさ」
わけがわからぬうちに楓達と引き離されてしまった。
それは、今の僕にとってとても心細いことだった。
第一話 完
次回『美沙子とのパトロール』




