欠損
ここしばらくなにをしていたかの記憶がない。
なにかを追い求めて必死になって、最強にだって立ち向かった気がするのに、その肝心な記憶がない。
雨に濡れた記憶だけが脳裏に残っている。
このたび、大輝は超越者対策室に編入されることになった。
スパイ活動をして敵の目的を明らかにしたことが評価されたらしい。
敵って、誰だ?
石神の部下かなにかだろうか。
わけがわからないまま、日常は過ぎていく。
そして、寮の部屋が貰えたので、アラタの部屋から出ていくことにした。
「周りに迷惑かけるなよ」
それが、お節介で善人な彼の別れ際の言葉だった。
「お前は俺のカーちゃんかよ。かけねえよ」
そう言って、荷物を持って窓から出ていく。
新しい所属も決まり、新しい生活が始まる。
なんだか、上手くいきそうな気がしていた。
前はこんなに前向きになれなかった気がする。
それは、何故だろう?
考えても、答えは出てこなかった。
+++
「上手く話をまとめてくれてありがとうございます」
私は、楓にそう頭を下げていた。
「まあ、スパイ活動ってことにしとかないと色々ヤバイからね。あいつが主犯を突き出したのも大きかった」
そう言って、楓は頬をかく。
「記憶、吸い取ったのかい? 記憶が無いって不思議がってるらしいが」
「……親と不仲だったこととか、マイナスなイメージに繋がる記憶は全て。それがなければ、あの子は安々とあんな道を選ばなかったと思うんですよ」
「記憶が人間を突き動かす。学習機能ってのも考えもんだね」
「負の記憶を学習すると、人間はそれに怯えて次から次へと負の連鎖に陥っていく。そんなのは、不毛だと思うんですよ」
「負の連鎖、か。経験がありそうな物言いだ」
「ありますよ」
私は、淡々と言う。
「今でも怖いですもん。恭司が死にたいとか言い出さないかって」
「そっか」
楓は苦笑する。
「脳天気なだけじゃなかったんだねあんた」
「ひどっ!」
日々は穏やかに過ぎていく。
その中に、彼も戻れたことを、私は祈った。
第十一話 完
次回第九章大団円『その笑顔が絶えないように』




