印の正体
「翠に教えてもらった印を確認して消してきたわ。これは、発動すればとんでもない被害が出てたでしょうね」
楓は、深刻な表情で言う。
「とんでもない、被害……?」
警察署で、私は戸惑うように問う。
「あれは、逆五芒星を作る印。五つの点が作られれば、その間に力を流し、巨大なゲートを形作ったでしょうね」
「……騙された、か」
「仕方ないわ。人間だから、騙されることもある」
「私が倒した龍、どうにかできるでしょうか?」
「そっちはそっちで蘇生が進んでるから気にしないで。魔力生命体だからね」
私は安堵の息を吐いた。
「それにしても、何処行っちゃったんでしょうね、大輝くん」
「……あいつは馬鹿だよ。大馬鹿だ」
そう言って、楓は眉間にしわをよせる。
「そういう純真な奴ほど、事件を起こしたりするのかもね」
楓は溜息を吐いた。
「それにしても、鬼吸収したのに、弾効くんですね、私」
「距離の問題さね」
楓は足を組み替えながら言う。
「魔力生命体は攻撃の距離が離れるほどダメージが通りづらくなる。スナイパーにとっては天敵ってわけだ。それは、思いの力が減衰するからだと考えられている」
「……皆が言うほど最強ってわけでもないんだなあ、私」
「馬鹿言いなさんな」
楓は呆れたように言う。
「私があんたと戦ったら三十秒もつかどうかだわ」
「それは、どっちが?」
「言わせたいの?」
そう言って、楓は目を細めて口に咥えたポッキーを音を立てて折った。
+++
アラタの部屋に大輝が帰ってこなくなって一週間が経過した。
これは、今後の処遇に対する査定にも関わってくるだろう。
(なにやってんだよ、あいつ……)
そう思うのだが、事情を聞いたら一概に責めることもできない。
願うのは、彼が帰ってきてくれることだ。
ちなみに、響はこのことを知らない。そもそも、アラタの部屋に大輝が泊まっていること自体知らないのだ。
心配するのは自分だけでいい。アラタは、そう思う。
雨の降る外を見上げる。
(戻ってこい、大輝……)
祈るように、そう思っていた。
+++
シスター水月は礼拝堂で祈っていた。
祈るのは、大輝のことだ。
そんなに長い付き合いがあったわけではない。けど、彼はユーモアに長けていて、良い同居人だった。
それが不幸な結末を迎えるとしたら、水月は我慢できないだろう。
(戻ってきてください、大輝さん……)
水月は、神に祈った。
+++
「いやあ雨だ。アジトの外には出れないな」
青年は呑気に言った。
使われなくなった防空壕。それが二人のアジト。
「なあ……」
大輝が問う。
「これからは書いた印もすぐに消される。スピード勝負が寛容だ」
「なあ」
大輝が大声を出したので、気分良く喋っていた青年は肩を震わせた。
「俺の両親は、これが終わったら蘇るんだよな?」
「あ、ああ。もちろんさ。私の願いを叶える力は実感しただろう?」
「印じゃなくて、俺の力を使えば可能なんじゃないか?」
「魔法陣を舐めてはいけないよ。あれは普通の能力者が束になっても敵わない力が出る」
「そうか」
大輝が、そう言って腰を上げる。
「なら、確かめさせてくれ」
その目は、赤く輝いていた。
「な、なにを考えて……」
言い切ることはできなかった。
大輝の放った光の手が、青年のスキルと魂を引剥していたから。
青年は白目をむいて地面に倒れ伏す。
「願いを叶える力。こちらは本物のようだな」
大輝はそう言って、手を中空に伸ばす。クリームパンが一個、天井から降ってきた。
「しかし、作戦の方はとんだ嘘か。ゲートを作るために俺を上手く使ったってわけか」
大輝は深々と溜息を吐く。
「俺も、まだ甘い」
しかし、印をつけて魔法陣を作ったなら、その力はなんにでも使えるはずだ。
両親の復活にも。
大輝は倒れている青年に、彼の魂を返した。
青年は我に返り、立ち上がる。
「大体わかったよ。もう、いい」
「もういいって、なにが」
「ゲートを作りたかったんだろう? その作戦に俺は参加しない」
「違うよ。これは君の両親を救う……」
大輝は望んだ。小さなサイズの岩を。
それは二つ、大輝の掌に握られていた。
岩が投じられる。
それは青年の両膝を叩き割っていた。
青年が崩れ落ちる。
「くそ、なんで……願いを叶えてやると言っているのに」
「精々、這って逃げるんだな。俺は警察にこの場所を通報し、その後自由に動く」
「なっ……」
「俺は独立したソウルイーターだ。石神にも、警察にも、お前にも、俺を飼わせはしない」
「恩知らず!厚顔無恥!」
罵倒を気にせず、青年のスマートフォンを使い警察に通報し、通話中のままで防空壕に放置する。
そして大輝はその場を後にした。
道に迷った子供のような心細さがあった。
第八話 完
次回『ソウルイーターの急襲』




