第二の印
「今回は難儀しそうです」
前を歩く青年は、そう言った。
「と言うと?」
私は問う。
早朝で、周囲にはまだ静けさが残っていた。
「結界が張られている。その中に印を刻むのは困難です」
「違う場所は選べないの?」
「選べませんね」
妙な話もあったものだ。
「そこで、あなたには結界の主を倒してもらおうと」
「結界の、主?」
「龍種です。中々苦戦すると思います」
「……ドラゴン? この世界にもいると?」
「複数の人間が古来から伝わる秘術で生み出す龍種がいるんですよ。だから、知っている人の間ではドラゴンと龍は区別されてますね」
「援護は?」
「ありません」
「……無茶言ってくれるなあ」
「無理は承知です。全ては、あなたの望みのため」
「あなたは代償になにを得るの?」
青年は苦笑した。
「人の欲しいものを具現化する能力。昔から、笑顔しか望んでませんよ」
いい奴っぽくも見えるんだよな、と私は思う。
それが私をさらに混乱させる。
「さ、ここの岩をどけて」
言われるがままに、岩をどける。
そして、青年は地面に印を書き込み始めた。
低い、唸り声がした。
いつの間にか屋根の上に乗っていた龍が、こちらを睨んでいた。
「書いた?」
単刀直入に訊く。
「書きました」
岩を戻す。
「奴を倒さないと、異変を察知した人が印を消してしまうでしょう」
「倒すしかないってことか」
私は空を飛び始める。
龍も、羽ばたいて空を飛んだ。
氷と炎のブレスが空中でぶつかりあった。
その間に、私は龍の背後に回る。
そして、尻尾を掴んで引っ張り始めた。
結界の外に龍を運ぶ。
やはり、結界の要は龍だったのだろう。
結界が、消える。
龍が怒り狂ったように尻尾で私を振り払った。
地面に着地する。
そして、感情を押し殺して、言った。
「ごめん」
手には、光の剣。それを、龍に向かって投じた。
それは龍の眉間を貫き、雲に穴を空けて飛んでいった。
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「大したものですよ翠さん。龍が子供扱いだ」
喫茶店でモーニングコーヒーを飲みながら、彼は興奮したように言った。
「後いくつ、印をつければいいの?」
「三つか二つですね」
「その差はなに?」
「こちら側も一人ではないということです」
「そう」
私は陰鬱な気分だったので、口数が少なかった。
恭司に嘘をつき、守護龍を殺した。
気分が悪いなんてものではない。
「完成したら、剛が戻るのね?」
確認するように訊く。
「私ともう一人、望みを叶えるのは可能でしょう。その中でも協力者であるあなたの望みが叶わぬ訳がない」
「そう……」
コーヒーを飲む。
いつもより、苦い気がした。
「ねえ、あなた、何者?」
気になっていたことを、問うことにした。
儀式についての知識。人の望みを叶える力。常人ではない。
警察の監視がついていないのが不思議なほどだ。
「お人好しの一般人。じゃ駄目ですかね?」
「駄目……ではないけどね」
疑問は残ったのだった。
第五話 完
次回『最恐は立ちはだかる』




