遭遇、遭遇
楓が運転席で車のアクセルを踏む。パトランプは屋根で軽快な音を鳴らしている。
後部座席にいる私達は、周囲の景色が後ろに流れていくのを見ていた。
「悪寒の発生源はわかる?」
数秒考えて、私は楓の問いに答える。
「山の方です」
「山、か。範囲が広いな。それはソウルキャッチャーとはまた違う?」
「ええ、違うものだと思います」
前回、私達は楓と遭遇したソウルキャッチャーを探知できなかった。
それを思うと、今の強い気配は別人のものだろう。
少し、時間が経った。
「吐きたいんですけど袋あります?」
「……はい、コンビニの袋」
そう言って、楓は振り向きもせずに私に袋を渡す。
私は胃の中のものを袋に吐き出すと、厳重に縛った。
「そんなに悪寒が強いの?」
「これは……人間のものじゃないかもしれません」
私は、思わずそう呟いていた。
「化け物がいると?」
「ええ」
「俺の感覚もそう言っています。もう、周囲は濃厚な負の気配に飲み込まれている」
「……そう」
楓は、そう言ったきり黙り込んだ。
そして、スマートフォンを取り出し操作をする。
「相馬、ついてきているんでしょう?」
しばし、相手が返事をするまで時間があった。
「なら、合流しましょう。いざという時に一般人を避難させてあげてちょうだい」
楓は車を停める。
空から男が舞い降りてきた。
相馬だ。
「君から頼み事があるとは珍しい」
相馬は助手席に座る。
楓は、無言で車を発進させた。
パトランプの音だけが周囲に響いていた。
山の麓の森に辿り着いた。
降りて、私を先頭に進む。
気配は徐々に濃くなってくる。
胃の中のものが逆流しそうになる。
なんだろう、このおぞましい受け入れがたい気配は。
そして、私達はその場所にたどり着いた。
森の中に、魂が五つ配置されている。それは光の五芒星を描き、その中心には黒い物体が蠢いている。
「異界の生物……?」
楓の目が赤くなる。
「周囲に、五つの魂が配置されています」
私は、息も絶え絶えに進言する。
黒い物体が形を持ち始めた。
「地面から魂を剥がして!」
楓が言う。
「いや、もう遅いようだ」
相馬が、静かな声でそういった。
黒い物体は人に近い形を持った。違うのは三メートルにも届こうかという巨体と、額に生えた角。手には金棒が握られている。
相馬が無言で銃弾を六発放つ。それは、金棒に尽く跳ね返された。
「尋常な反射神経じゃないなあ」
相馬はそう言って、下がる。
恭司が前に出た。
「佇め、撫壁」
巨大なカイトシールドが現れる。
それを握り、恭司は敵の攻撃を待った。
そして、黒い物体はついに別のものへと変化を遂げた。
赤い肌の鬼だ。
「ぐおおおおお……私を呼んだのはお前達か」
沈黙が漂う。
「その敵意。違うようだな。ならば、排除しよう」
金棒が振られる。
鈍い音がして、カイトシールドが揺れた。
しかし、倒れてはいない。
見ると、カイトシールドは下部分を地面にめり込ませて固定させていた。
金棒が振り回される。そのたびに、カイトシールドが激しく揺れる。
「こんなもんかな」
楓が呟くと、周囲の地面に氷が走った。
それはカイトシールドの固定を助け、鬼の金棒を持つ右手を氷漬けにした。
「今だ、ソウルキャッチャー!」
楓に言われ、駆け出す。
氷がひび割れ、鬼の右手が振り上げられる。
しかし、魂はすぐそこだ。
私は、手を伸ばした。すると、手の先から光の手が伸び敵の魂へと伸びていった。
魂を、握る。
「スナッチャー!」
言葉は、異口同音に発せられた。
鬼が倒れていく。
そして、その後には男が一人。
パーカーで隠した赤い目が闇の中で輝いている。その周囲には、沢山の腕が蠢いていた。
「半分吸われたか」
面白くなさ気に男は言う。
「これは俺の餌だったんだぜ。なんで先に取っちゃうかなあ」
私は、掌を見た。
確かに、魂は半分だ。壊れた、エネルギーにしかならない魂。私はそれを無言で吸収すると、緊張で強張った体を奮い立たせて男に向き直った。
「あなたが、町で暴れているソウルキャッチャーね」
「ソウルイーター。そう呼んでほしいね」
そう言って、男は微笑んだ。
「俺達は喰らう者。上位者だ。喰えば喰うほど寿命は伸び、喰えば喰うほど強靭になる」
「その理屈で、あなたは何人を殺したの?」
「さあ、ね。メモ帳でもあれば記憶を辿ってあげてもいいが」
恭司が恐る恐る私の前に立つ。
そして、カイトシールドを地面に突き立てた。
「こいよ、ソウルキャッチャー。俺達で組もう。永遠の生を謳歌しよう」
男の仕草は私には見えない。ただ、なんとなく、手を前に差し出しているのだと感じた。
「お断りよ」
震える言葉で、私はそう答えていた。
「世の中には、普通の人生を謳歌している人がいる。その人達を脅かして上位種とやらになるぐらいなら、私は一般人でありたい」
「善でありたいというわけか」
「戦うか?」
相馬が問う。
「あんたらが来ているってことは警察の部隊が山ほど後を追いかけてるってことだろう。流石に分が悪い。今日は引かせてもらおう」
「そうと言って逃がすと思うわけ?」
そう言ったのは、楓だ。
楓は、再び地面を踏んだ。会話の間に、エネルギーを溜めていたらしい。
氷が再び地面を走る。そして、相手の腕の半数を氷漬けにしていた。
相馬が銃撃でサポートする。
「行きなさい! 翠!」
「はあああああああああ」
私は雄叫びを上げて突進した。
周囲から腕が伸びてくる。しかし、少し距離があって届かない。
いけるか、と思った瞬間だった。
炎が舞い上がり、氷をあっという間に溶かしてしまった。
自由になった腕が伸びてくる。私を囲む。
それを防いだのは、恭司のカイトシールドだった。
「それは、私の仲間のスキルだ!」
楓は憎々しげに言う。
「なるほど、ね。私怨か。けど、今日はここまでだ。追わないなら魂は取らない。約束だ」
そう言って、男は駆けて行った。
息を荒げた楓がスマートフォンを取り出し、電話をする。
遭遇に次ぐ遭遇。
事件はまだ終わりの気配を見せなかった。
第十二話 完




