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それぞれの日常の中で2

「なあ、水月」


「なんですか?」


 水月の私室で、水月は葵に勉強を教えていた。

 水月のお腹は随分と大きくなった。

 出産まで三ヶ月もかからないだろう。


「父親、誰なの?」


「またその話ですか」


 水月は苦笑する。


「笑ってる場合じゃないよ。俺は、絶対に、そいつを殴りつけてでも養育費を搾り取る。水月は呑気過ぎだ」


「……もう、この世界にいる人じゃないですからね」


 水月は寂しげに微笑む。

 地雷を踏んだか。葵は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


「……死んだのか?」


「いいえ。その人は生きてはいるんです。けど、まだその人になっていない。だから、私は待つことしかできないんです」


「その人になっていない? まだ未熟ってことか」


「そうとも言えますね」


 水月は滑稽そうに笑った。


「いつか話しますよ、葵くんには」


「うん」


「その時、どういう選択をするかは、あなた次第です」


「俺はシスターを見捨てたりしないよ」


「心強いですね。けど、葵くんはまだまだ自分の日常を楽しんでください。外には色々なものが沢山あります。それを味わって、良い大人になってくださいね」


「その、子供扱いするのやめて。水月俺と歳そこまで離れてないだろ」


「六歳前後は離れてると思うけどなあ……」


「たかだか一世代分だ」


 水月は、優しく微笑んだ。


「そうですね。私、葵くんと出会えて良かったと思ってますよ」


「な、なんだよそれ」


「はい、無駄口はこれぐらいにして、勉強勉強」


「うい」


 話を逸らされたような気分になる。

 いや、逸れていた話を元に戻しただけか。

 葵は再び、シャープペンシルを走らせ始めた。



+++



「やるわね、あんた」


「そっちこそ、致命傷は全部避けてるじゃない」


 息を切らしながら、二人の少女が道場の床に座っている。

 顎からは顔中から出た汗が滴っていた。


「五分経った?」


 さつきが問う。


「あと三十秒」


 勇気が淡々と答える。


「じゃあ、そろそろ立ち上がりますかね」


 そう言って、さつきは立ち上がる。

 勇気も立ち上がった。

 両者の手には木刀がある。

 下手をすれば骨折をしてもおかしくない武器。しかし、両者の実力は拮抗していた。それ故に、打撲はあれど、骨折をするような致命的な一撃は防いでいた。


「十」


 勇気が言う。


「九」


 さつきも唱えるように言う。


「八」


 勇気が木刀を構える。

 そして、カウントダウンは進んでいいく。


「零!」


 二人は床を蹴って、ぶつかりあった。



+++



 アラタが家に帰ると、道場から木刀がぶつかりあう音が響いていた。


「まだやってんのか、あいつら……」


 アラタは呆れたように言う。


「見に行ってあげなよ」


 そう言って、響はアラタの背を押す。


「ただし浮気した時は即座に別れるけどね」


 アラタは背筋が寒くなった。


「俺は響一筋だよ」


「よろしい」


 あの勝手な旅行以来、すっかり尻に敷かれてしまった感がある。

 それも仕方がないかと諦めて、道場へ向かった。


 汗で濡れた剣道着を着た少女が二人、木刀をそれぞれ手に持ち向かい合っている。

 相手の出方を伺っているらしいい。

 どちらも、動かない。


「ねえ」


 勇気が言う。


「なによ?」


 さつきが返す。


「師匠が帰ってきたし、一旦終了としない?」


「その案、賛成」


 その途端に、二人は糸が切れたマリオネットのように床に座り込んだ。

 口からは荒い呼吸を繰り返している。


「いい練習になったみたいだな」


 アラタは、一礼すると、微笑んで道場の中に入っていった。


「じょーだんじゃないですよ。こいつ、粘り強くて」


「あなたが体にあえて隙を作るスタイルなのが悪いんじゃない。いけるんじゃないかって思っちゃうのよ」


 勇気が不平混じりに言う。


「けど、楽しかったろ?」


 アラタの一言に、二人共黙り込む。


「よし、俺も相手をしてやろう。模擬戦も最近やってなかったしな」


「その前にご飯食べたいです」


「同感」


 息が合っているのか合っていないのかわからないコンビ。


(才能は本物なんだけどな)


 アラタは、心の中だけで呟いた。



+++



「やっきにっくやっきにっくー」


 有栖がスキップしつつ移動して車に乗る。


「お前も存分に飲んでくれや。今日は俺のおごりだ」


 楓は、相馬にそう言われて戸惑う。

 というよりも、胡散臭いと思った。

 この男は他人に奢るような善意というものを持ち合わせていなかったはずだ。


「アイスブリッドの残弾補充でアホみたいに金かかってな。焼肉ぐらい些細な額だと思ったんだよ」


「なるほど。そういうこと」


 楓は呆れたように言って、助手席に乗る。

 そして、運転席に相馬が乗って、発進する。


 待ち時間はそうかからなかった。


「中原家御一行様ー」


「家族じゃない」


 楓は、思わず呟く。

 相馬は苦笑して、店員の後を歩いていった。


「ね、ね。楓さんもいこ」


 そう言って有栖が腕を引っ張ってくる。

 楓は苦笑して立ち上がり、相馬の後を追う。


 そうだ。外から見たら、自分達は何処にでもいる家族なのだ。

 そう思ったら、少し滑稽だった。


 帰り、有栖の見たいDVDを借りるためにレンタルショップによる。

 楓が有栖についていて、相馬は併設している本屋で本を選んでいる。


(いよいよ、所帯じみてきたなあ……)


 苦笑するしかない楓だった。



第二話 完

次回『迷いながらも進む』

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