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それぞれの日常の中で1

 私こと、斎藤翠は平凡なOLだった。

 楓にソウルキャッチャーであることを見抜かれたその日までは。

 今は架空の会社に出向したということになっていて、元の会社には戻れていない。


 時に、かつての毎日が恋しくなる。

 電車に乗って、仕事場に向かい、一日をデスクワークで過ごす。

 晴れた日は勿体無いことをしているような気分になったりもしたが、それでも充実した人生だった。


 いつまでこの裏の仕事を続けるのだろう。

 答えは、誰も教えてくれない。

 けど、私が頑張ることで誰かが平和な時間を過ごせるならば、と考えたりもするのだ。


 今回は、そんな私が暴走する話。

 いや、私達、と言ったほうが適切かもしれない。


 ともかく、始まりから釈然としない事件だった。

 それに振り回されて、私も、彼も、心に空白のようなものを得た。

 後に回想して、そう思う。


 簡単に言うならば、これは私達を傷つける物語。



+++



 珍しいこともあるものだ、と葵は思う。

 相馬に呼び出されたのだ。

 待ち合わせ場所は胡散臭い骨董品屋の前。


 最近主張の強い日光を浴びながら進む。

 メールで送られた地図によれば、この辺りのはずだ。


「おーい、葵、こっちだ」


 声をかけられて、視線をそちらに向ける。

 店の前で、相馬はパイポを咥えて座り込んでいた。

 いつ廃業してもおかしくないような骨董品屋。それが第一印象だった。


 骨董品屋の奥に連れて行かれる。

 レジカウンターのショーケースの中には、古い切手などが並んでいた。

 相馬と同じぐらいの若い男性が、悪戯っぽく微笑んでこちらを見ていた。


「さてさて、どうなるかな」


「泣くのはどっちかって話だよな」


 相馬も悪戯っぽく微笑んで応じる。

 話が見えないので、葵はきょとんとしているしかない。


「ああ、なに。今日はお前の銃弾精製スキルの力を借りたい」


「かまいませんが……普通の銃弾なら作れることがわかりましたし」


「それが、普通の銃弾じゃないんだよな」


 そう言って、相馬は三つの銃弾をショーケースの上に立てた。


「右からアイスブリッド、ファイアブリッド、トルネードブリッドだ。滅多に使わないし日頃は一発ずつしか持ち歩かない。俺の虎の子の武器だ」


「なるほど、確かに魔力を感じますね」


 言われてみると、この三つの銃弾は普通の銃弾にはない魔力を放っている。それを成り立たせているのは絶妙なバランス感覚という他ないだろう。


「これ、コピーできるか?」


「試しては、みます」


 そう言って、アイスブリッドに右手の指先で触れる。

 突然複雑な数学の式を頭に叩き込まれたような気分になる。

 頭痛に堪えながら、なんとか複製を作る。

 それを、ショーケースの上に転がした。


「性能は保証できません。完全にコピーできたという手応えはなかった」


「ふーん。撃ってみないとわからんな」


 そう言って相馬が複製品に触れた時のことだった。

 銃弾の中の微妙なバランスが崩れるのがわかった。


「危ない!」


 とっさに銃弾を相馬から奪い取る。

 次の瞬間、葵の手は氷漬けになっていた。


「なー、駄目だったろー」


 若い男が悪戯っぽく微笑んで言う。


「あー、駄目かぁ」


 そう言って相馬は肩を落とし、スマートフォンをいじり始める。


「翠呼んだから、ちょっとしばらく氷に堪えててくれ」


「冷たいんで割ってほしいですね」


「それもそうだな。大吾、トンカチあるか?」


「探してくる」


 そう言って、若い男は部屋の奥へと去って行った。


「いやな、すまんな。これらの銃弾は値が張るんだ。それも作れるのは大吾しかいないときている。だから在庫が少なくなったら俺はこの店に来るわけよ」


「経費で落とせないんですか?」


 手の冷たさに堪え、情けない思いをしながら葵は問う。


「まず、認可がおりないと思う。国は超越者そのものを信用していないからな」


「ちなみにこの弾丸一個で何円なんです?」


「一万五千円」


 葵は絶句する。それを大量に買い込めばどうなるか。結果は見えている。


「まあそう使うタイミングはくるまい。前回みたいなケースはたまたまだよ」


 そう言って、相馬は肩を竦めた。


「ハンマーあったぞー」


 そう言って、大吾がやって来る。

 壁を壊すのに使われるような大きな品だ。

 葵は、真っ青になった。

 今日は厄日だ。そう思った。


「ま、そう上手い話なんてないってことだな。葵も騙されるなよ」


 元凶は、飄々としていた。



+++



「おーい、大輝」


「なんだ?」


 大輝との共同生活にも慣れてきたアラタだった。

 慣れたくもないが。


「後少しの間我慢すれば、お前は超越者対策室のメンツとして加えられるらしい。今までの協力と反省を鑑みてな」


「超越者対策室ねえ。つまりは、公務員か」


「そういうことだ」


「世も末だな。まあ、俺が超越者のスキルを食っちまったから人手不足なんだろうが」


「しばらくは大人しくしておくんだぞ。約束だ」


 そう言って、アラタは大輝を睨みつける。

 大輝は、そっぽを向いた。


「何処で暴れようと何処で死のうと俺の勝手だ」


「けど、妹はどう思ってるかな」


 大輝は黙り込む。


「ちょっと出かけてくるわ」


 そう言うと、彼は靴を履いて、窓から出ていってしまった。


「相変わらず響を出されたら反論できねーでやんの」


 いけないと思いつつも、ついつい笑ってしまったアラタだった。

 一階に行くと、妹がリモコンを持ってテレビを見ていた。


「なんでリモコン抱えてるんだ?」


「そーしないとにーちゃんチャンネルぐるぐるして見れなくなるやん」


「見てる奴がいるのにチャンネル変えねえよ」


「最近のにーちゃんのそれは重症だと思うからね」


 言われたままなので、反論できずに黙り込む。

 この世界のどこかにいる、異世界とのゲートを作ろうとする悪人。

 その存在を追えないかと、アラタは考えていた。


「アラタ、準備できた?」


 響が声をかけてくる。


「ああ、十分だ」


 今日は響とデートの予定なのだ。

 二人して、玄関前まで出ると、女の子同士が言い争っている声が聞こえてきた。


「私は姉弟子です。敬ってほしいものですね!」


「弟子になったのが遅いか早いかだけでしょう? それならアラタは実力がある私をとるわ!」


「剣もあわせていないのに勝ったつもりですか! そういうのを脳筋って言うんですよ!」


「脳筋で結構。私のほうが強い。それは間違いないわ」


「あー……」


 躊躇いがちに、扉を開ける。

 さつきと勇気が睨み合っていた。


「師匠、私に特訓を!」


「アラタ、私が先よね!」


「今日は俺、デートだ」


 勇気は絶句する。


「えー」


 不平の声を上げるのはさつきだ。


「二人で稽古するんだな。二人共才能があるからいい勉強になると思うぞ」


「この人、本当に強いんですか?」


 疑わしげに勇気はさつきを見る。


「こっちの台詞ね」


 さつきは胸を張って言い返す。


「お互い強いと思うぞ。勇気はレーザー禁止、さつきは次元突禁止。日本刀はもちろん禁止だ」


 二人はしばらく目配せしていたが、そのうち諦めたらしい。


「はーい」


「仕方ないですね」


 二人の間を通り、外へ出ていく。

 今日は良いデート日和になりそうだった。



+++



「で、私を呼んだというわけですか」


 私はつい呆れの色を隠せずにそう言う。

 葵は自分の手を掴んで俯いている。

 痛いのだろう。

 それはそうだ。ハンマーに手を叩き付けられたのだから。


「葵くん、こっち見て。骨折も凍傷も治してあげるから」


 葵は目に涙を溜めて、手を差し出す。


(色っぽいなあ)


 ついそんなことを思う。

 葵は、女装したら周囲を騙せそうなぐらいの美形なのだ。


 葵の手を取り、治癒の光を輝かせる。

 葵の表情が、徐々に和らいでいった。


「お金が勿体無いのはわかりますが、こういう無茶は今後やめてあげてください。葵くんほぼ一般人なんですよ」


 相馬に言う。


「いや、面目次第もない。トルネードブリッドじゃなかったのがせめてもの救いだ」


「それだったらどうなってたんですか?」


「……指がなくなってたかもなあ」


 相馬が黙り込んだので、大吾が代わりに返事をした。

 葵と共に、私は溜息を吐く。

 冗談じゃないとはこのことだ。


「ともかく、葵くんをこの件に巻き込まないこと。約束できますか?」


「あいよ」


 相馬は、幾分か意気消沈した様子でそう言った。


「あー。この高い弾買わなきゃいけねーのか」


「セット販売で若干値引きするぞ。一気に買い溜めたらどうだ」


「お前、俺をカモだと思って作り溜めといたな?」


「さてな」


 治療が完了する。


「じゃあ、私、行きます」


「お茶ぐらい出すけど?」


 大吾が言う。


「デートの予定があるので。また次の機会に」


 そう言って私は早足で骨董品店を出ていった。

 恭司とは待ち合わせ場所の変更をしてある。

 今日は最良の日になる。そんな予感がした。



+++



 デートを満喫し、夜道を帰る時のことだった。

 フードで顔を隠したローブの青年が、座り込んでいた。

 経験上、フードで顔を隠した手合に関わってろくな目にあったことはない。


 早足で、その前を通り過ぎることにした。


「お嬢さん」


 呼ばれて、立ち止まる。


「なにか?」


 襲われても、撃退できるという自信がある。

 今の私には、銃弾も効かないし、致命傷を負っても瞬時に回復する能力があるのだから。


「欲しいものがあるね」


「私は今の生活で十分幸せだわ。新興宗教の勧誘かなにか知らないけど残念だったわね」


「なら、これはどうだい」


 そう言って、青年は手を掲げた。

 その瞬間、光が走って人の形を作り上げた。

 衝撃を受けた。

 それが、剛だったから。


 剛にもしも肉体があれば、魂を戻して復活させることができる。

 以前の私は剛の命を奪うことで苦しみから救った。けど、今ならば精神科で薬を飲めば状況は良くなったのではないかと思うことがある。

 剛の手を取る。

 温かい手だった。


 その次の瞬間、剛の体は雲散霧消してしまっていた。


「やはり、俺だけの力では肉体の精製までは無理か」


 青年はそう言って、溜息を吐く。


「引き止めてすまないね、お嬢さん。夢だと思って忘れてくれ」


「あなただけの力じゃなかったら、剛を蘇生できるの?」


 フードの男は、無表情のまま、こちらに視線を向けた。



第一話 完

次回『それぞれの日常の中で2』

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