脇役なりの全力にて挑む
同日、楓の捜索がなされた。
しかし、ドラゴンも、楓も、影も形も残さずに何処かへ消えていた。
ソウルリンクを断って、状況はやっとスタートラインに立った。
後は、あのドラゴンを倒すだけだ。
娘には気の毒だが、あの危険なドラゴンを放置しておくわけにはいかない。
次の日は、娘が寝ているうちに外に出た。
冷蔵庫の中には楓の作り置きの料理が何品もある。
しかし、いずれはそれも尽きるのだろう。
楓の仇討ちをしなければならない。
そのためなら、非情になれる気がした。
普段は使わない予備弾丸を金庫から取り出してきた。
アイスブリッドは後十三発。
ファイアブリッドは三十発。
トルネードブリッドは二十二発。
全部、俺の虎の子の弾丸。滅多に使うことがない品だ。
けど、今回は、使いこなすつもりでいた。
銃弾を整理して車を発進させる。
部屋の扉が開き、娘がなにかを叫ぶ。
それに気づかなかったふりをしてアクセルを踏んだ。
ソウルリンクの件は、既に刑事内に広がっている。
不用意な誘いに乗ってはいけないという教訓として。
そして、誰もがわかっている。
後は、ドラゴンを倒すだけだと。
俺は車に乗って走り出した。
行き先は決まっている。
節子との思い出の場所はいくつかある。
その中で、有栖が一番頻繁に足を運んだだろうところ。
はたして、ドラゴンはそこにいた。
海が見渡せる崖の上で。
「よう」
俺の声に、ドラゴンは唸り声で答える。
「世渡り上手って言葉があってな。憎まれない人間のことだ」
ドラゴンは、戸惑うように首をひねる。
「なんで、俺とお前はこうなんだろうな」
そう言って、銃口をドラゴンに向ける。
ドラゴンの瞳の奥に、闘志が燃えるのが見えた気がした。
思い出したのだ、彼は。
俺が自分を傷つけた憎い敵だということを。
「トルネードブリッド!」
風の力を得た弾を相手の脳天に叩き込む。
しかし、骨で止まったようだ。相手が死ぬ気配はない。
ドラゴンが突撃してくる。
俺は、空を飛び始めた。
ドラゴンも羽ばたいて空を飛ぶ。
アイスブリッドはまだ使いどころではない。
ならば、ファイアブリッドだ。
「ファイアブリッド!」
銃弾を発射する。それは相手の首元で大爆発を起こした。
硬質な皮が剥がれ、肉が見える。
通用する。
その実感が、俺を安堵させる。
ドラゴンが尻尾を振ってきた。
その尻尾を握って、地面に急降下する。
地面に立った俺の腕力ではけして叶わないだろう、スキル特性ゆえの剛力。
そして、ドラゴンは地面に叩きつけられた。
「アイスブリッド!」
銃弾を詰め替えて、五発発射する。
ドラゴンは半分氷漬けになって、身動きが取れなくなったようだった。
「何故とどめを刺さない?」
細身の男が現れていた。
彼は不思議そうに訊く。
「俺は主人公って柄じゃねえ。脇役がいいとこだ。俺ができるのは足止めだけ。俺のスキルじゃこいつの体は貫通できない」
「ほう。脇役である自分を享受していると。その歳にして達観しているね」
「皆そうだよ。大人になるにつれて、自分は脇役なんだと、社会の歯車のひとつなんだと、悟っていく。信じれば夢が叶うなんて言う奴は宝くじが当たったような奴だけさ」
「けど、宝くじも買わなければ当たらない」
細身の男は微笑む。
「買い続けるよ。私は」
「好きにしな。脇役の時間は終わりだ」
細身の男の表情が強張った。
接近してくる気配がある。
一つは、澄んだ空のような青。一つは、暮れゆく夕方の茜色。
そして、二人のソウルキャッチャーは現れた。
翠が大輝を抱き抱えて宙を浮いていた。
「遅れてごめん!」
「よく持ちこたえた!」
二人は口々に言い、大地に降りる。
「ん……?」
気がつくと、細身の男はいなくなっている。
クライマックスを見逃すとは酔狂な観客もいたものだ。
こちらとしては記憶を消す手間が省けて幸いだが。
二人の手から、光の腕が伸びる。
それは、ドラゴンの手前で止まり、強く何かを掴むような仕草をした。
「大輝、わかってるね?」
「ああ。こいつは魔力の生命体だ。ギリギリまで魔力を吸って、ペット化させる」
「しかし鬼の次は龍か。悪食がすぎるなあ。影響でなけりゃいいけど」
「鱗ぐらいは我慢しな」
「そんなあ……」
ドラゴンはこうしている間にも徐々に小さくなってきている。
ソウルキャッチャーに魂やエネルギーを吸われているのだ。
その時、半分ほどになったドラゴンが、氷を破って飛び出した。
息を吸い、炎のブレスを吐こうとする。
「あぶな……」
翠がそこまで言った時のことだった。
炎の風が吹いた。
それは盾となり、炎のブレスを防いだ。
ぼろぼろになった楓が、その場に立っていた。
「電話かけようとしたらスマホ落っことしてるし。相手の監視しつつ公衆電話探してたらこのザマよ」
そう言って、楓は肩をすくめる。
「いっけえええええええええ!」
翠が叫んだ。
ドラゴンはどんどん縮んでいき、ついに元のサイズの数十分の一ぐらいのサイズに収まった。
これならば、手乗りドラゴンとしてペットにできるだろう。
決着はついた。
「やっぱさあ」
楓に話しかける。
「ん? なに?」
「主人公になれる奴って眩しいよな」
「私達脇役の協力があってのことよ」
「そうだな。俺達警察は、名脇役でありたい」
こうして、一つの事件が終わった。
そして、次の事件は、既にそこまで来ていた。
「あれ……」
ドラゴンを手に乗せて、翠が呟く。
「ソウルリンク、切りましたよね?」
「ああ」
「ソウルリンク、もう一本残ってます」
「残ってるな」
大輝も見えない線を見ているらしく、虚空に視線を向けている。
「多分こっちのリンクがドラゴンが凶暴化した原因。この糸の先は……」
翠は真っ青になった。
「市内です」
「休んでる暇はなさそうだ」
俺はぼやいてそう言うと、車に向かって歩き始めた。
「俺が運転する。ナビを頼む」
第十話 完
次回『全ての黒幕』




