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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第八章 俺は主人公って柄じゃねえ
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荒れ狂うドラゴン

 ドラゴンは鼻先で器用にアパートの一室のチャイムを鳴らしていた。

 数度のチャイムの後、住人が外に出てくる。

 二十代ぐらいの細身の男だ。

 ドラゴンはそれを頭から飲み込んだ。

 そして、扉を閉めると、何事もなかったように去っていった。



+++



 有栖の小学校の編入手続きが終わった。

 朝、寝坊助なお姫様を起こす。

 彼女は目を覚ますと、緊張した面持ちになった。


「今日から学校かあ……」


「ああ。精々頑張るんだな」


「うん。私、頭悪くないもん」


「そうやって勉強しない癖がついて中学校で落第生になった奴がいる」


 有栖は戸惑うような表情になる。


「お前のお母さんだ」


「けど、お母さんは優しいもん。心は百点満点だよ」


「大抵の人間は自分のガキには優しいよ」


 そこで、フライパンで後頭部を叩かれた。


「子供にそんなこと言わない。節子は正義感が強くていい子だったよ」


 そう言って、楓はフライパンを火にかけ始めた。


「手のつけられない悪ガキだった気がするけどな。俺は最初会った時あいつが怖かったよ。どう対処すればいいかわからないモンスターみたいだった」


「パパは、モンスターなら手懐けられるの?」


「例え話だ」


 そう言って、有栖の頭をつつく。

 外でけたたましいノックの音がしたのはその時のことだ。


 俺は立ち上がり、外に出ていく。

 隣の部屋のドアの前に、恰幅の良い男が困ったような表情で立っていた。


「おおーい、伊藤くーん」


「どうしたんですか?」


 俺の質問で、彼の興味はこちらに向いたようだった。


「いや、それがですね。新聞配達のバイトをしてもらってるんですが、今朝から無断欠勤してるんですよ。このまま辞める気じゃないだろうなと」


「はー。なるほど、大変ですねえ」


「騒がしくてすいません。今日のところは、諦めようと思います」


 そう言って、恰幅のいい男は去っていった。


「隣の部屋っつーたら例の壁ドン野郎よね」


 楓が調理をしながら言う。


「ああ、そういやそういうこともあったな」


「いなくなったなら清々するわ」


 楓は上機嫌でそう言う。

 俺は、パズルのピースをどこかにやってしまったような、そんな得体の知れない焦燥感に襲われていた。


 緊急招集のメールが届いたのは、その直後のことだった。



+++



 広い部屋に、椅子が三十以上並べられている。

 本部長が青い顔で、スクリーンに写った写真を指している。


「見てもらえばわかると思うが……異常事態だ」


 スクリーンに写っているのは、巨大な翼を持った影。

 ドラゴンだ。


「この市内にドラゴンが潜伏している。各自早急に対処してくれ。この写真はツイッターに投稿されたが、話し合いによって今は消えている」


「ドラゴン、か」


 俺は呟く。


「どうしたの?」


 楓は戸惑うように訊く。


「いや、なんか最近聞いた気がしてな。あれはなんの時だったかなあ……」


「人との会話に集中してないからそうなるのよ」


 呆れたように楓は言う。

 反論の言葉を失って、俺は黙り込んだ。



+++



「おい、転校生びしょびしょじゃんか。誰かなにかしたのか?」


 楽しげに少年が言う。


「トイレでプールでもしてたんじゃないの」


 少女が楽しげに返す。

 有栖は、びしょ濡れだった。

 トイレをしているところを、天井の隙間から水を投げ入れられたのだ。


 あるグループは、新しいおもちゃが来たとしか有栖を認識していなかった。


 有栖は俯いて、歯を食いしばって、必死に堪えた。

 その時、呼応して震える魂があった。

 有栖は目を見開き、外に向かって叫ぶ。


「来ちゃ駄目!」


「なに言ってんのあいつ」


「怖いんですけど」


「私は大丈夫だから、来ちゃ駄目!」


 それでも、彼はやってきた。

 アパートの一棟を覆いそうな巨大な羽。長い首に鋭い牙。

 ドラゴンが、小学校の窓の外で羽ばたいていた。


「なんだよ」


「きゃあ!」


 混乱が起き、生徒達は逃げ纏っていく。


「駄目よ、駄目!」


 有栖だけが、教室に残った。

 ドラゴンは学校の壁を破壊して、中へと入っていく。

 有栖はその背中によじ登って、必死に首を引いた。


「駄目なんだってば。言うことを聞いて」


 しかし、ドラゴンは既に暴走状態にあるようだ。

 駆けて扉を突き破ると、そのまま廊下を駆け回り始めた。



+++



「コンビぐらいは自分で選びたい」


「それがね、本部長が言うには私達は相性がいいコンビなんですって」


「節穴だな」


 相馬と楓は、小学校にいの一番に辿り着いていた。

 軽口を叩きながらも、素速く校舎の中に入り込んでいく。


 一階の壁に破壊の痕跡があった。

 巨体で無理やり突き破ったような痕跡だ。


「ソウルキャッチャーズの到着はまだか?」


「まだみたいだねえ。時間稼ぎといきましょうか」


 二人で駆けて行く。そして、一階の渡り廊下に辿り着いた。

 ドラゴンが、そこにはいた。背には、泣きじゃくる有栖を乗せている。


「有栖、飛び降りろ!」


 俺は思わず叫んでいた。


「大丈夫! この子は、無害なの!」


 そう、有栖は言う。

 振り返ってみると彼女は何度も言っていた。ドラゴンは友達だと。


(イマジナリーフレンドじゃなかったのかよ……)


 舌打ちでもしたいような気分になる。


「有栖は後ろにいる。前面を攻撃して移動不可能にする」


「あいさ。溜めるからちょっと時間稼いで」


 ドラゴンが息を吸い込み、炎のブレスを放つ。

 それに向かって、相馬は発砲していた。


「アイスブリッド」


 銃弾を起点に氷の華が咲き、結晶となって消えていった。


「虎の子の弾だぜ。あんま使いたくない」


「いいよ、溜まったよ」


 そうして、楓は前に腕を突き出す。

 ドラゴンの両前足は完全に氷漬けになった。


(有栖、何故降りない……)


 有栖は寒いのか、両手で自分を抱きしめて震えていた。

 そして俺は、大人として当然の対処をすることにした。


 銃口を、ドラゴンの目に向ける。

 そして、発砲した。

 ドラゴンの目が潰れる。


「きゃっ」


 その時、異変があった。有栖が左目を抑えて、ドラゴンの背から転げ落ちたのだ。

 楓が慌てて氷のベッドを作る。

 それが、隙となった。


 ドラゴンは炎のブレスで氷を溶かすと、破壊した壁から外へと勢いよく飛び出していった。

 有栖は目を押さえて苦しんでいる。


「痛い、痛い……」


 抑えている手を無理やり離させる。

 有栖の左目は、完全に失われていた。

 血が、涙のように滴り続けた。



+++



「遅くなりました」


 天衣無縫、最強の超越者、斎藤翠は五分遅れでやってきた。

 俺は、その手を取った。

 情けないとか、そういう感情は、何処かにいってしまっていた。


「頼む。娘を助けてくれ」


「娘……?」


「左目を怪我している。再生に時間がかかるかもしれんが」


「やってみましょう。私の適性は治癒ですからね」


 二人して、早足で歩く。

 有栖は、校長室のソファーで、楓に膝枕をしてもらいながら寝ていた。

 翠は、不可思議なものでも見たような表情になった。


「なんだ? この糸……」


「糸?」


 俺は戸惑って周囲を見回す。蜘蛛の巣ひとつ見つからない綺麗な部屋だ。


「伸びてるんですよ。なんか娘さんから、外へ……」


「それは後にしよう。まずは治療を頼む」


「わかりました」


 幸いなことに、有栖の眼球は元に戻ったのだった。



+++



 崖の上で、ドラゴンは前を見ている。

 銃で撃ち抜かれた左目に、異変が起こる。

 銃弾が徐々に押し出され、眼球が再生したのだ。

 ドラゴンは、ひとつ吠えると、空に向かって飛び立っていった。



第五話 完

次回『状況整理』

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