得たもの、失ったもの
「DNA検査の結果、あのお嬢さんはあなたの娘だということがわかりました」
専門家の説明に、俺は絶句する。
子供はできないように注意してきたはずだ。
それが、何故?
「ともかく、あなたが面倒を見るのが適切じゃないですかね。お父さん」
お父さん。その呼び方に、俺はショックを受けた。
主人公降板を告げられた気分だった。
部屋の外に出て、椅子に座ってくつろいでいる娘の横に座る。
「お前、名前は?」
「有栖」
「そっか。有栖。お前の母親はどういう名前だ?」
「節子」
「あー……」
俺は片手で頭を抑える。それならば、確かに思い当たる節がある。
節子は、かつての恋人だ。大学時代を一緒に過ごした青春を分かち合った相手だ。
有栖は、一枚の写真を俺に突きつけてみせた。
節子と俺が海でくつろいでるのを撮った写真だ。
「この写真から、パパを探し出したの。私、パパの家で過ごしたい」
「あー、ちょっと待ってくれ。今、軽くパニック状態だから」
そして、ふと当然の話題に思い至る。
「節子はどうしたんだ?」
「交通事故にあって……」
どうすればいいかわからなくて、俺は娘の頭を撫でた。
これで俺もコブ付きだ。ハードボイルドもなにもない。
ただ、自分の人生経験をこの娘に与えられるなら、悪くないかもしれない、と思った。
その日、俺は有栖を連れてアパートへと帰った。
アパートでは、炒め物の良い香りがした。
「よう、ただいま」
「うん、そーちゃん。今料理作ってたとこなんだ。もうちょっとかかるから待ってて」
「悪いな。助かる」
「そのちっちゃい子は? そーちゃん迷子でも連れてきたの?」
「俺の娘だ」
フライパンと箸の動きが止まる。
「は?」
風子は唖然とした表情で、音を立ててコンロの火を消す。
「そーちゃん娘いたの?」
「なんか知らんがいたらしい。今日わかった」
「私への説明は?」
「娘がいた、としか言いようがない」
「そーちゃん本当に私と結婚する気あるの?」
ない、とは言えない。
「あるけど、娘は娘だ。丁重に扱わなきゃならん」
風子は俯いて、しばらく考え込んだ。
「ごめん、私、帰るわ」
「ああ、わかった」
「引き止めないんだね」
風子は涙目で微笑んで、そう言った。
「引き止めてほしいのか?」
「ううん。話がややこしくなるだけだわ」
そう言って、風子は手を振ると、去っていった。
「私のせいで喧嘩したの?」
「いや、違うよ。有栖のせいじゃない」
そう言って、俺は有栖の頭を撫でた。
今まで、一人の城だった。それが、今日から娘との共同生活の場に変わる。
「まあ、しゃーないわな」
俺は、そう呟くしかなかった。
今の彼女よりも、過去の彼女の面影を持つ少女に、俺の関心は傾いていた。
第二話 完
次回『自分が主人公じゃないと悟ったのはいつだっただろうか』




