それは唐突な出会い
自分が主人公ではないと気がついたのはいつからだろうか。
わからないが、自分が主人公の資格を失ったという実感がある。
同年代の親が子供を連れて歩くのを見るにつれ、名前も知らないバンドがテレビに出ているのを見るにつれ、自分達の時代は終わったのだという感覚が湧いてくる。
そう。本来なら子供がいて、その子に主役を譲り、名脇役に変わるべき歳なのだ、俺は。
けど、当面結婚する予定はない。
同級生はどんどん結婚していった。
これでいいのか? という思いが湧く。
けど、現実はどうにもならない。俺は警察署の裏で煙草を吸って、居合わせた同類と苦笑する。
「昔は新幹線にも喫煙席があったのになあ」
「時代の流れだよ。世知辛いべ」
俺はそう言って、煙草の先端を地面に押し付けて、缶に入れた。
部屋に戻るなり、厄介な奴に捕まった。
「相馬、臭い」
楓だ。小柄な体躯だが、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
「ああ、歩き煙草してるオッサンとすれ違ったからかな」
「誤魔化さない」
「誤魔化しちゃいないさ」
「じゃあポケットの中のもの全部出してみ」
「お前にその権限はないよ」
そう言って、俺は楓の横を通り過ぎていく。
そして、自分の席に座り、新しいコーヒー缶のプルタブを開けた。
なにもしなくても時間は過ぎていく。
一人のまま、生きていく覚悟は、既にできている。
+++
アパートに帰ると、風子が玄関にしゃがみこんでいた。
「合鍵、あったろ?」
風子は悪戯っぽく微笑む。
「たまには出迎えてみようと思って」
「そっか」
そう言って、鍵を開けて、二人で扉の中に入る。
風子は、有り体に言えば愛人だ。結婚する気はない。しかし、性格的に相性が良かった。
彼女でも良いのではないかと思うこともある。
けど、違うのだ。
俺の結婚相手は、彼女ではいけない。
風子が包丁を振るう音が居間まで響いていた。
「泊まってくのか?」
「迷惑?」
「いや、予定もない」
「そーちゃんっていつもそうだよね」
「その呼び方はやめろ」
思わず苦い顔になる。あだ名呼びに俺は慣れていない。
「相馬ってなにが楽しくて生きているんだろうって思うよ」
「……うん、そうだな」
「そこは反論するところでしょ」
「自分でも自分がわからないんだ。人生って川は激流で、色々なものを掴み損ねてあっというまに終着点に辿り着く。俺は、掴み損ねるのが得意でね」
「私がついてるでしょー?」
「まあ、そうだな」
そう言って、ベランダに出て、煙草に火をつける。
まだ日光は明るく、外では夕焼けの中でボール遊びをしている少年少女がいた。
以前は、俺はあっち側だった。
けど、今はあっち側ではない。
ならば、俺はなんだ?
大人になるってどういうことだ?
親になるってどういうことだ?
わからないまま歳だけとっていく。
「相馬ー。ご飯できたよー」
「あいよ」
吸いかけの煙草をコーヒーの缶に入れて、俺は部屋に戻った。
缶の中に残った水分で火が消える音がした。
+++
翌日、仕事に行くと、あるカウンターでなにか揉めているようだった。
まだ幼い少女が婦警に写真を見せてなにかを説明している。
その少女に、ある人物の面差しを見た。
なんとなく、首を突っ込んでみようかという気になっていた。
「どうした? なんか揉め事か?」
そう言って、両者の間に入る。
「相馬さん。それが、この子が不思議なことを言うもので……」
「そうま?」
少女が、きょとんとした表情で俺の名前を呼ぶ。
「ああ、俺が相馬だが」
その瞬間、少女の瞳が期待に輝いた。
「やっと会えた! 私は、あなたの娘です!」
三十秒ぐらい、俺は黙っていたと思う。
「……は?」
やっとのことで出てきたのは、そんな間抜けな言葉だった。
第一話 完
次回『得たもの、失ったもの』




