表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第八章 俺は主人公って柄じゃねえ
116/391

それは唐突な出会い

 自分が主人公ではないと気がついたのはいつからだろうか。

 わからないが、自分が主人公の資格を失ったという実感がある。


 同年代の親が子供を連れて歩くのを見るにつれ、名前も知らないバンドがテレビに出ているのを見るにつれ、自分達の時代は終わったのだという感覚が湧いてくる。

 そう。本来なら子供がいて、その子に主役を譲り、名脇役に変わるべき歳なのだ、俺は。


 けど、当面結婚する予定はない。

 同級生はどんどん結婚していった。

 これでいいのか? という思いが湧く。


 けど、現実はどうにもならない。俺は警察署の裏で煙草を吸って、居合わせた同類と苦笑する。


「昔は新幹線にも喫煙席があったのになあ」


「時代の流れだよ。世知辛いべ」


 俺はそう言って、煙草の先端を地面に押し付けて、缶に入れた。

 部屋に戻るなり、厄介な奴に捕まった。


「相馬、臭い」


 楓だ。小柄な体躯だが、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。


「ああ、歩き煙草してるオッサンとすれ違ったからかな」


「誤魔化さない」


「誤魔化しちゃいないさ」


「じゃあポケットの中のもの全部出してみ」


「お前にその権限はないよ」


 そう言って、俺は楓の横を通り過ぎていく。

 そして、自分の席に座り、新しいコーヒー缶のプルタブを開けた。


 なにもしなくても時間は過ぎていく。

 一人のまま、生きていく覚悟は、既にできている。



+++



 アパートに帰ると、風子が玄関にしゃがみこんでいた。


「合鍵、あったろ?」


 風子は悪戯っぽく微笑む。


「たまには出迎えてみようと思って」


「そっか」


 そう言って、鍵を開けて、二人で扉の中に入る。

 風子は、有り体に言えば愛人だ。結婚する気はない。しかし、性格的に相性が良かった。

 彼女でも良いのではないかと思うこともある。

 けど、違うのだ。

 俺の結婚相手は、彼女ではいけない。


 風子が包丁を振るう音が居間まで響いていた。


「泊まってくのか?」


「迷惑?」


「いや、予定もない」


「そーちゃんっていつもそうだよね」


「その呼び方はやめろ」


 思わず苦い顔になる。あだ名呼びに俺は慣れていない。


「相馬ってなにが楽しくて生きているんだろうって思うよ」


「……うん、そうだな」


「そこは反論するところでしょ」


「自分でも自分がわからないんだ。人生って川は激流で、色々なものを掴み損ねてあっというまに終着点に辿り着く。俺は、掴み損ねるのが得意でね」


「私がついてるでしょー?」


「まあ、そうだな」


 そう言って、ベランダに出て、煙草に火をつける。

 まだ日光は明るく、外では夕焼けの中でボール遊びをしている少年少女がいた。

 以前は、俺はあっち側だった。

 けど、今はあっち側ではない。


 ならば、俺はなんだ?

 大人になるってどういうことだ?

 親になるってどういうことだ?

 わからないまま歳だけとっていく。


「相馬ー。ご飯できたよー」


「あいよ」


 吸いかけの煙草をコーヒーの缶に入れて、俺は部屋に戻った。

 缶の中に残った水分で火が消える音がした。




+++




 翌日、仕事に行くと、あるカウンターでなにか揉めているようだった。

 まだ幼い少女が婦警に写真を見せてなにかを説明している。

 その少女に、ある人物の面差しを見た。

 なんとなく、首を突っ込んでみようかという気になっていた。


「どうした? なんか揉め事か?」


 そう言って、両者の間に入る。


「相馬さん。それが、この子が不思議なことを言うもので……」


「そうま?」


 少女が、きょとんとした表情で俺の名前を呼ぶ。


「ああ、俺が相馬だが」


 その瞬間、少女の瞳が期待に輝いた。


「やっと会えた! 私は、あなたの娘です!」


 三十秒ぐらい、俺は黙っていたと思う。


「……は?」


 やっとのことで出てきたのは、そんな間抜けな言葉だった。



第一話 完

次回『得たもの、失ったもの』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ