羽ばたき
「そうか、彼は敗れたか……」
細身の男が、呟くように言う。
パソコンの光だけが照らしている暗い部屋だ。
「正直、手駒が足りない。僕のスキルを使えば形だけの兵隊はいくらでも作れるが」
「しかし、魂とスキルは相当量溜まっている。しばし、準備の時間としては?」
「待てというなら、もう十数年待ったよ」
細身の男は、両手を掲げる。
「この世界は醜悪だ。共通の敵を作るために、人は人を傷つける。我々には必要なのだよ。共通の敵がいる世界が」
「それがあるのが、異世界だと?」
「ああ、そうだ。私は諦めない。暗躍し続ける……」
パソコンの画面が消えた。
辺りは完全な闇に包まれた。
+++
「アラタくん、お帰りなさーい」
アラタの慰労会が開かれていた。
皆、ケーキを食べて会話を楽しんでいる。
「新技覚えたんだって?」
楓が肩を組んで絡んでくる。少し酒臭かった。
「ええ、まあ。ピンチにならないと使えないんですけどね」
「いや、スペックだけ聞いたけど凄いスキルだよ。最強の剣士に相応しい技だ」
「そんな……俺なんかまだまだです」
「苦戦したみたいね」
響が会話に混ざってくる。
彼女は、アラタが帰った時は怒髪天を突く勢いだったが、徐々に態度を軟化させている。
「ああ。あいつがいなかったら危なかったよ」
「私、その子と電話してみたい」
「ああ、いいよ。スピーカーモードにして皆で話そう」
そして、アラタは彼女への通話ボタンを押す。
しばらくして、彼女は電話に出た。
「どうしたー? アラタ。留年決まったかー?」
「親方日の丸だぜ。どうにでもしてもらえるよ」
「あなたがアラタくんを助けてくれた人?」
響が問う。
「いえ、助けられたのはお互い様ですよ」
「迷惑かけなかった? アラタ、ちょっと空気よめない所あるから」
「あー、そりゃいっぱい」
「やっぱり」
そう言って二人は笑い合う。
なんだ、良い雰囲気じゃないか。そう思い、僕が安堵した時のことだった。
「アラタには剣道で負けて女にしてもらったからね。恩は返していくつもりです」
場の空気が凍った。
「じゃ、私練習あるんでこれでー」
通話は途絶えた。
「今の、どういう意味?」
「あー、えーっとだな、相手は剣道馬鹿の一族で、きっと男にも負けたことがなかったんだな。それで、負けたことで他のことにも目が向けられるようになったとかそういうことだろう」
「普通、それで女にしてもらったってフレーズが出る?」
アラタは口籠る。
最高の相棒は、最高の爆弾を残していったのだった。
+++
さつきは、スマートフォンをスリープモードにすると、上機嫌で青空の下を歩き始めた。
あの日本刀には随分刃こぼれができてしまった。研ぎに出して治るか検討中だ。
あの台詞は、アラタの彼女への宣戦布告。
こんなところにも女の子はいるんだよという主張。
「ま、アラタにはわかんないだろーな」
鼻歌を歌いながら、さつきは平和な時間の中歩いていった。
母に化粧でも習おうかな、と思う。
今、一人の少女が、一人の女性に変わろうとしていた。
第七章 完
次回第八章『俺は主人公って柄じゃねえ』になります。
今週の更新はここまでです。




