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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第七章 うん、また連れてってよ、アラタの旅へ
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また、の約束

 夕方四時頃だった。二人は、島津剣術道場という看板がかけられた小さな建物に辿り着いた。


「人の気配がしないな」


 周囲に散見される蜘蛛の巣を見て、僕は冷静にそう判断する。


「けど、道場を経営してた人はいるはずだよね?」


「うん。それを探すしかないと思う。とりあえずは、聞き込みだな」


「その前にお風呂入りたい」


 さつきは、苦い顔で言う。


「この汗臭い格好で人前に出たくないです私」


「……そうだな。銭湯で検索してみるわ」


 風呂に入って、洗濯済みの服を着て、脱いだ服の臭いを嗅ぐと、酷い悪臭が鼻をついた。

 袋に入れてぐるぐる巻きにして臭いが漏れないように気を使う。

 さつきも同じようだった。


「臭かったわ」


「臭かったね」


「行くか」


「コーヒー牛乳飲みたい」


「待つよ。歩き通しだから糖分は必要だ」


 そして、さつきがコーヒー牛乳を飲んで、二人は銭湯を後にした。

 二人して、歩いていく。


「見通しはあるの?」


「こういう田舎はネットワークが強い。情報の山だと思うぜ」


「ふうん。そういうもんかな」


「小学校時代の噂が三十代になっても語られてるらしいぜ、うちの地元」


「うへ。怖いなあ」


 そんなこんなで聞き込みを行なったのだが、色々なことがわかった。

 元道場主は入院中だということ。後継ぎの息子は研究者として海外へ行っていること。

 見舞いに行けば喜ばれるだろう、とのことだった。


「手ぶらでいいよな」


「素直に金がないって言えば?」


「鋭いな」


「ふっふー、馬鹿じゃないでしょ」


「お前は別ベクトルで馬鹿なんだよ……」


「じゃあ」


 さつきが、声を荒げた。


「アラタは賢いの? 賢人なの? なんか学業の分野で成果をあげたの?」


 僕は、少したじろぎながら答える。


「いや。年中赤点だ」


「じゃあ、二度と馬鹿なんて言わないで」


「わかったよ」


 迫力で押し切られてしまった。

 そんなに気に障ることを言ってしまっただろうか。僕は考え込む。

 けど、答えは出なかった。

 馬鹿は、僕も同じなのかもしれない。


 そして、僕達は折半して花を買い、島津老人の病室を訊ねていた。

 島津老人は、突然の来客にも、人懐っこく対応してくれた。

 子供相手に指導してた過去の積み重ねがあるのだろう。


「いやあ、今更道場の門を叩く人がいるとは思わなかった」


「本当は道場破りをしたかったんですけどね。残念です」


「腕に自信があるようだ。だが、過信はよくないな。自分と次元の違う人間というのは常にいる」


「それがなくなる日はこないのですか?」


「自分が天辺に行くまでなくならないね」


 そう言って、島津老人は愉快そうに笑った。


「一時期、そういう頃があった。弟子も連戦連勝。習うならば島津剣術道場だと」


 そして、島津老人の顔が、僕に向けられる。


「見たところ、君は相当の凄腕のようだ。しかし、なにかが欠けている。そうだね?」


 心を読まれて、僕は内心動揺した。


「次元突、という技をご存知ですか?」


 島津老人は難しい顔になって、黙り込んだ。


「それは、我々の道場でも門外不出とされてきた技だ。見たのか?」


「戦いました。銃も弾くスーツが紙くずみたいに貫かれました」


「そうか……」


 島津老人は溜息を吐く。


「門下生から悪に走る者が出るとはな」


「俺は、その技を会得したい。なんとかなりませんか」


 島津老人はしばし考え込んだ後、呟いた。


「その時、私はファンタジーのような世界にいた。月には異世界の映像があり、森の中にはモンスターが闊歩していた」


 恭司が迷い込んだという狭間の世界だ。


「私は帰りたかった。故郷へ帰りたかった。家族の元へ帰りたかった。そして気が狂うように空間を突き続けた」


 そこで、島津老人は僕を見た。

 絶望の底を見たような目をしていた。


「ある日、私の突きは次元を破った。そこから私は元の世界に戻れたんだ」


「つまり、次元を貫こうと強く念じて突くわけですか」


 僕の問いに、島津老人は頷く。


「人間は不思議なことにな、念じたことが現実に影響をおよぼすことがある。これも、その一例なんだろう」


「試しに木刀振ってみていいですか?」


 さつきが訊く。


「かまわんよ」


 島津老人は、眩しいものでも見るように目を細めた。


「次元の狭間、次元の狭間……」


 そう呟きながら、さつきは木刀で宙を突く。


「もうちょっと腕の位置が下だな。まっすぐ貫かねばならない。空間を破るのだから」


「まっすぐ、まっすぐ……」


 さつきは、もう一度突く。

 一瞬だが、確かに、空間に穴が空いた。


「もしかして、今の」


「ああ、成功じゃ。覚えが早い子じゃの。よほど、役に立ちたいと願ったのだろう」


 島津老人は満足そうに微笑む。

 そして、彼は僕を見た。


「お主には、別の力がある。その力を磨くことだ。次元突や技に頼りすぎると、他の基礎が疎かになりがちだから、気をつけるようにな」


「わかりました。ありがとうございます」


 僕達は頭を下げて、病室を出た。

 さつきは木刀を構えて、突く。

 空間に穴が開く。


「次元突だよ次元突」


「もう見たよ」


「私だけスキルとかないのが不満だったんだ。これで、勝負の舞台に上がれる」


「上がろうとするべきじゃないんだよ、本当は」


 さつきが、僕の手をつかむ。

 彼女の顔を見ると、真剣な表情をしていた。


「アラタの手伝いをしたい。それって、迷惑?」


「……いや、ありがたいよ。お前、いい奴だな」


「……ううん。ただの馬鹿だよ。夢はいつか覚める。旅はいつか終わる。けど、私はその先を追ってるんだ」


「そうか」


 沈黙が漂った。


「また、旅行くか?」


「うん、また連れてってよ、アラタの旅へ」


 さつきは満面の笑顔で頷いた。


「金貯めとかねーとなあ」


 僕は大真面目に言う。さつきは滑稽そうに少し笑った。



第十話 完

次回『暗殺者と旅人と戦士と』

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