さつきの葛藤
川瀬さつきは、正直なところ、遠野アラタを好きなのだと思う。
理由はと言われれば色々とあるが、一番簡単な理由を上げれば一目惚れだ。
道場に入ってきた時、その凛々しい姿が、筋肉で細く引き締まった体が、ぐっときたのだ。
だから、最初はそれを気取られないように面倒臭そうなオーラを出していたが、対戦相手に選ばれた時には心臓の高鳴りが止まらなかった。
そして、彼が見せた飛び抜けた強さも、さつきが好感を抱くには十分だった。
だから、さつきの旅の動機にはやや不純なものが混ざっている。
もちろん、家を燃やした奴は憎い。しかし、好きな人の傍にいたいという感情もけして否定できはしないのだ。
もっとも、相手は自分をガキ扱いしかしないわけだが。
ガキ、とか馬鹿、とか言われるたびに少しへこむし、恋心も薄れる。
こんな気持ち、アラタはわからないだろうなと思う。
「なんかあったか?」
アラタが戸惑うように訊く。
二人は草原で寝転がって、星空を眺めていた。
ここでは、暗殺者も忍び足では近寄れないだろう。
「いやね、ちょっとね」
「ちょっとなんだよ」
「アラタにはわかんないよ」
「気になるな」
「言ってもわかんないから言わないの」
「もしかして俺、馬鹿扱いされてる?」
「剣道馬鹿でしょ?」
「剣道馬鹿一家の出身に言われたくはない」
さつきは小さく笑う。
「馴染んできたね」
「なにがだ?」
「私達の関係も」
アラタは、少し時間を置いて答えた。
「そうかもな」
「たまにね、思うんだ。学校も部活も放り投げちゃって、こうやってずっと旅をできたらいいのにな、なんて」
「俺は常にそう思ってるよ」
「あはは、心が落ち着く薬でももらったほうがいいんじゃない?」
「んー、登山家とかってどうやって飯食ってるんだろうな?」
「写真とか売ってるんじゃない?」
「そうかー? なんか違う気するけど、俺」
「じゃあ、スポンサーはどこだろう」
「謎だらけだな。戦場カメラマンアラタとかアリだな」
「危ないよ」
「そうだなー。危ないことをしてもあいつに心配かけるだけだしな」
「私だって、心配だよ」
それとなく、気持ちを仄めかしてみる。
警戒するような気配が感じ取られた。
「皆、アラタの知り合い皆、心配するよ」
アラタの警戒が解けていくのがわかる。
胸が、痛くなった。
「明日、午前中は二刀流対策に当てるとして、午後の夕方頃に、辿り着く」
「うん」
「島津剣術道場に」
「……うん」
黒一色の男は、あれ以来出てこない。
どうなっているのか、わからないままだ。
「一つ一つ、片付けてかないとね」
この行き場のない恋心も、何処かに片付けねばならないだろう。
そう思いつつも、上手く片付けられる自信はなかった。
第九話 完
次回『また、の約束』




