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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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望まれぬ者

 居酒屋の一室を借りて宴会が開かれていた。

 場にいるのは楓、恭司、私の三人。

 今日は楓が企画した親睦会なのだ。

 お通しを食べている間、沈黙が場を包んだ。


(話題が見つからねえ……)


 思わず心の中でぼやく。


「犯人とか色々あるじゃない」


 歩美が髪の毛を手で弄びながら言う。


(私は一般人でいたいのよ)


 それも今更な話だが、私はそうありたいのだ。

 ジョッキに入ったビールが運ばれてくる。

 それを楓は勢い良く飲むと、テーブルにジョッキを置いた。

 そして、爛々と輝く瞳で言った。


「この三人でグループを組もうと思います」


「仕事があるので無理です」


 恭司が言う。


「あ、私も」


 思わず追従する。


「夜間帯の協力だけでいいわ。昼は私、一人で頑張ろうと思うから」


「ソウルキャッチャーって奴には魂を剥ぎ取ったりスキルを見たりする能力があるんでしょう? 楓さん一人じゃ無理ですよ」


 恭司がビールを飲みつつ言う。


「そもそも、なんで楓さん一人なんですか? コンビを組んで動いているような話を聞いた覚えがあるのですけど」


 私の問いに、楓は気まずげな表情になる。

 私達の静かな個室は、他の部屋の賑やかな声を受け止めていた。

 そのうち、楓は拗ねたように言った。


「相馬と組めって言われたから」


「だから相馬さんも一人なんですか」


 私は呆れてしまった。まるで子供の駄々だ。


「いーじゃんよ。ベストメンバーは私が決める」


 そう言って楓はビールを飲み、ジョッキを空にした。そして近くの店員に声をかけ、おかわりを要求する。


「料理も来てないのにペースはやーい」


 歩美が呆れたように言う。

 つまるところ、なんだ。私が一般人をやれなくなったのは、この女性のワガママのせいなのか。

 そう思ってると、ジョッキを握る手が怒りに小さく震えた。


「上等な処置だと思うけどねー」


 楓は頬杖をつくと、私の心を読んだように飄々とした口調で言った。


「本来ならソウルキャッチャーなんて野放しにはできないわ。真犯人と思われて逮捕されていてもおかしくはない。それを守っているのはわ・た・し」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 料理が運ばれてきた。

 各々、自分の料理を食べ始める。


「つまり決定権はそちらにある、と」


 苦い顔で言う。


「物分りがいい子って好きよ」


 楓は微笑む。

 思わず、溜息が漏れた。


「楓さんって別の職に就いた方が向いてたんじゃないですか」


 恭司が呆れたように言う。


「残念ながら超越者は警察の管理下に置かれているのよ。子供の頃から才能を発現した私に他の道はなかったわ。他の道を率先して選ぶ積極性もなかった」


「積極的に仲間をスカウトしている気もするけどなあ」


 私は思わずぼやく。


「箱庭の中を好む人間もいるということよ」


 好き勝手やっておいてよく言えるものだ。


「ともかく、この三人でソウルキャッチャーを捕縛するわよ! かんぱーい」


 そう言って、楓は飲みかけのビールの入ったジョッキを高々と掲げた。

 私は恭司と目線で相談したが、そのうち互いに溜息を吐いてジョッキを掲げた。

 ガラスのぶつかる音が小さく響いた。

 この場の決定権を持つ人間は楓の他にはいないのだ。



+++



「じゃ、私はここで帰るからあとよろしくー」 


 そう言って、楓が曲がり角へと入っていく。

 私と恭司は無言で歩いた。


「こっちなんですか? 帰り道」


 恭司が躊躇うように口を開く。


「ええ、まあ。駅もこっちですしね」


「僕も同じ駅だ」


「じゃあ何度かすれ違ってたかもしれませんね」


「奇遇と言えば奇遇ですね」


 恭司は柔らかく微笑む。

 それに、思わず見惚れた。


「イケメンだね」


 歩美が言う。


「茶化さない」


 私は恭司から目を逸らして、呟いた。


「どうしたんですか?」


 恭司が戸惑うように言う。


「ああ、私、生霊を飼ってるんですよ。その子が五月蝿いもので」


「飼ってるってなんだよー」


 歩美は不満たらたらだ。


「着替えも風呂もトイレも一緒。息苦しそうだなあ」


 恭司が同情したように言う。


「慣れました」


 私は苦笑する。


「翠さんは強い人だな。色々なものを背負っている。きっと、色々な霊も」


「私はただの一般人ですよ」


 なんだろう。今までないほどに良いムードだ。

 恭司の職ぐらいは聞き出しておくべきだろうか、と私は悪どい打算を頭に浮かべた。

 けれども、胸に手を置く。

 剛を吸収した時に、そんな幸せを欲する権利は奪われてしまった気がしていた。




+++



 道を歩いていた楓は、すれ違った相手の動きで酔いが覚めた。

 胸の前の空白に向かって手を伸ばす仕草。

 それは、ソウルキャッチャーが魂を奪う時の仕草にほかならない。

 大げさな動作で回避して、そして数歩進んで、立ち止まる。


 相手も、立ち止まったようだった。

 振り返ると、相手もこちらを見ていた。

 周囲の気温が下がっていく。

 相手の顔は、フードに隠れていて見えなかったが、若い男だということはわかった。


「お姉さん、わかる人なんだ」


「ソウルキャッチャーは魂を掴まないと無能力者に等しい。そして、魂を掴む動作は一般的に見れば不自然なものになる」


 楓は、氷の剣を作り上げた。


「ここで会うとはね。ソウルキャッチャー」


 剣の切っ先で相手を指す。


「ふふふ、勝てると思っているあんたの自惚れが滑稽だ」


 そう言うと、ソウルキャッチャーは地面に手を置いた。


「"人数"では僕が勝っている」


 その途端、幾十もの巨大な手が大地から伸びた。

 その全てが、楓の魂めがけて手を伸ばした。


「くっ」


 氷の盾を前面に展開させる。ノックするように手はぶつかっていく。そのうち、氷にひびが入った。

 楓の技の一つに、鋭い氷柱を大量に出現させて相手を撃つものがある。それで間に合うか?

 いや、撃ち漏らしが出ないとは限らない。安全策には程遠い。

 そうなると楓のできることは一つ。

 敵前逃亡。


 楓は考える。幾十の手を持つソウルキャッチャーにどうすれば勝てる?

 そして、同時にこうも思う。

 あの腕は、彼に囚われた魂だ。解放してあげなければならない。


 楓は、夜の町を駆けた。

 奇跡のような出会いをふいにしたことに歯噛みしつつ。





第十話 完



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