襲撃者
旅に出て三日経った。
僕は、肩透かしをくらった感じをしていた。
まず、剣道道場がない。
大学も少ない。
他校に挑戦することも考えたが、それは母校に迷惑をかけるのでやめておいた。
この三日間、僕は一戦もせずに終えたのだ。
スマートフォンを操作して周囲を調べる。
一件だけ、剣道道場があることがわかった。
次こそは、と意気揚々と前に進む。
辿り着いたのは、真新しい道場だった。
子供への指導が主らしく、ガラス張りの外から見える道場の中には見事に少年少女ばかりだ。
しかし、指導している人間がいる。
僕は微笑んで、道場の中に入っていった。
「たのもー!」
「皆は竹刀を振り続けるように!」
そういう厳しい声がして、若い青年が玄関に顔を出した。
「参加希望かな?」
「いえ、僕は武者修行をしていまして」
「ほう、武者修行?」
「この道場で一番強い人と戦いたい」
「ふーん。いいだろう。たまにはそういう試みも面白い」
そう言って、青年は道場の中へ引っ込んでいく。
僕も、その後に続いた。
「川瀬!」
青年は、名前を呼ぶ。
中学生ぐらいの少女が、竹刀を振るのをやめた。
「なんですか?」
「道場破りだ。お前、相手をしてやれ」
「ええっ」
少女が面倒臭そうな表情になる。
「皆は隅に行ってよく試合を見ているように」
「はーい」
皆が道場の中央から離れていく。
そして、僕と川瀬は向かい合った。
「時代錯誤じゃないですか? 道場破りなんて」
「俺は、俺より強いやつに会いたいんだ」
「それで、旅を?」
「まあそんなとこ」
「まるで子供みたいですね、あなた」
川瀬は呆れたように言う。
この立ち会いを、面倒くさいと思っているのかもしれない。
川瀬は防具をつける。
「あなたはつけないので?」
川瀬は不思議そうに言う。
「ああ。俺はこれでいい」
「……舐められたものですね」
川瀬の目が、鋭く細められた。
剣を互いに構え、合図を待つ。
そして、試合の始まりを告げる声が周囲に響き渡った。
「めえええええん!」
僕の竹刀は川瀬の頭部を叩いていた。
川瀬は呆然として、微動だにしない。
今、なにが起こったのかわからないとでも言うかのように。
「川瀬が子供扱いかよ……」
「やばいぜ、あいつ。何者だよ」
周囲のざわめきが聞こえてくる。
どうやら、この川瀬という少女はこの道場で相当強い人物だったらしい。
「わかった」
青年が納得したように言う。
「俺が相手をしよう」
青年は防具をつけ始める。凛々しい顔だ。
それと対象的に、防具を外した川瀬は、唖然とした表情をしていた。悔しさすら湧いてきていない。負けた実感すらまだ湧いていない。そんな感じだ。
そして、僕と青年は向かい合った。
「防具はいいのか?」
「一本取られたらつけますよ」
「言ってくれるな」
青年は苦笑いを顔に浮かべる。
そして、審判が開始の合図を告げた。
僕の鋭い打ち込みを、青年は受け止めて鍔迫り合いになる。
腕力では負けている。そう感じ、後方へと移動する。
マシントレーニング導入しとくべきだったかなあ、と今更ながらに思う。
そして、青年は勢いづいて、絶叫のような声を上げながら竹刀を振ってきた。
「どおおおおおう!」
僕は叫んで、がら空きになった相手の胴を叩く。
けして軽々しい面への攻撃ではなかった。ただ、それ以上に僕が速かっただけの話だ。
「……もう一手。ご教授願いたい」
青年は、態度をあらためてそう言う。
僕は、頷いた。
腕力が上の相手と戦っておく経験は僕にも必要だろう。
結局、三戦やって、僕は三勝した。
青年が膝をついて呼吸を整えている。
拍手が聞こえた。
僕は戸惑って、音の方向を見る。
老齢の男が、いつしか僕らの戦いを見ていたようだった。
「いや、見事。お前さんならインターハイでもどこでも活躍できるだろう。南が手も足も出なかったんだからな」
「……この人、強いの?」
「インカレのベストエイト選手じゃよ」
それは悪いことをしてしまったかもしれない、と思う。
「爺さん。俺はこの強さじゃ駄目なんだよ。この強さは、あくまでも人間としての強さだ。俺はもっと、化物みたいな強さが欲しい」
「しかしな。お前はもう十分に人外の域に足を踏み入れておる。そう言われたことはないか?」
この前の戦いで、そう言われたのは確かに覚えている。
「次元突って技を使う敵と会った時がある」
老人の表情が強張った。
「聞き覚え、あるか?」
「そうじゃなあ……あると言えば、ある」
「どこの道場だ?」
「西へ進め、少年」
老人は、独り言のように言う。
「答えは、そこにあるだろう。島津剣術道場に」
僕は息を呑んだ。
次元突の使い手の出身道場だ。
「たまには一緒に酒を飲みたい、と伝えておいてくれ」
「わかりました」
そう言うと、僕は道場を出て、一礼した。
そして、歩きだす。
橋の下で座り込み、川の水を飲む。
そして、携行食をかじり始める。
正直、金銭的余裕はない。
島津剣術道場まで最短コースで行く必要があるだろう。
その時、悪寒がした。
殺気を感じる。
隠す気もない生々しい殺気を。
僕は立ち上がり、周囲を見回した。
「フォルムチェンジ!」
そう唱えると、僕はフルフェイスのヘルメットと、スーツに身を包んだ、特撮物の主人公のような格好になる。
手には、長剣が握られている。
風を切る音がした。
(上!)
僕は地面を転がって回避する。
相手も、地面に着地したようだった。
「せっかく隙ができるのを待ってたのによお……勘が鋭いっつーかなんつーか」
そう言った相手を見て、僕は驚いた。
相手も、僕と同じような格好をしていたのだ。
ただ、僕は月のような白で、相手は闇に溶けるような黒一色だったが。
「超越者、か」
「ああ。剣の超越者だ。お前と同じ、な」
そう言って、相手は直進して剣を振ってくる。
あまりにも単純なコースだ。
僕は逆側の胴を打とうと動き始める。
そして、頭突きをされた。
頭が仰け反った勢いもそのままに回転して後方へと距離を取る。
そして、相手の剣を受け止めた。
火花が散る。
只者じゃない。実戦慣れしている。
「石神の差し金か」
僕は低い声で問う。
男は、喉を鳴らして笑った。
「群れから逸れた渡り鳥はどうなるんだろうな? 目的地に辿り着けるのかな? なあ」
相手の剣に篭もる力が増した。
「アラタくん」
嘲笑うように、相手は言った。
僕も剣に力を篭める。
ヘルメットとヘルメットがぶつかりあう。
それぐらい、僕らは至近距離で鍔迫り合いをしていた。
相手が焦れたように蹴りを放つ。
「待ってた!」
僕が軸足を蹴ることで、相手は地面に倒れ込んだ。
そこに剣を振り下ろすが、相手は回転して後方へと逃げた。
そして、再び立ち上がり、僕らは対峙する。
「どうやら、俺達の実力は……」
「そうだな」
相手の言葉に、僕は同意する。
「限りなく近い位置にあるらしい」
「へへ。これは斬りがいがある。いい暇潰し、見つけた」
そう言うと、相手は剣を消し、去っていった。
「どうしたもんかな……」
僕はぼやくように言う。
場所は特定されてしまった。
寝ている間に襲撃される可能性もある。
一人で旅に出るということはそういうことだ。
さらにたちが悪いのは相手の格好。
あの格好ならば監視カメラに写っても誰かわからないだろう。
安全地帯が一瞬でなくなってしまった。
「フォルムチェンジ」
呟いて、元の姿に戻る。
とりあえずは、移動だ。そう考え、リュックを背負う。
「あの……」
何処かで聞いたような声がした。
「寝るところがないなら、私のうち、来ませんか?」
思い出した。それは、道場で川瀬と呼ばれていた少女。
さっきの対決を見られていただろうか。
僕はそんな不安を覚えつつも、その声にどう答えるか悩んでいた。
第三話 完
次回『川瀬さつき』




