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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第七章 うん、また連れてってよ、アラタの旅へ
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日常から非日常へ

「いってきまーす」


 響と異口同音に言って、僕らは共に玄関を出た。

 清々しい小春日和だ。

 響は最近肩の辺りまで髪を切って、短すぎるかなと悩んでいたが、僕ことアラタは可愛いと思う。


「師匠ー!」


 二人で談笑していると、聞き慣れた声が呼んできた。

 勇気だ。

 ある事件で彼女を鍛えてから、僕は師匠と呼ばれている。


「おはようございまーす」


「おう」


「おはよう、勇気ちゃん」


「今日は師匠を借りてもいい日ですか?」


「大丈夫だよね、アラタ」


「いやーちょっと埋まってるんだよな」


「そうですか……残念です」


「お前、友達と上手くいってんの?」


 ついつい、訊いてしまう。


「なんでですか?」


「俺と剣道より友達と遊ぶ方が楽しいじゃねえか」


「あんまり体がなまるのは嫌なんですよね。定期的に運動したいんです」


「老後のばーちゃんみたいなこと言ってら……」


「私、まだピチピチですよ」


「光陰矢の如しってな。あっという間に人間墓に入るんだよ」


「私がばーちゃんになったらあなたはじーさんですよ」


「茶飲み友達にでもなるか?」


「是非!」


「気の長い約束だなあ……」


「子供もいるんだろうね、その頃には」


 響が、呟くように言う。


「もう、一人で遠くへは行けないよ」


 昔、次に旅に出るなら一緒に行こうと約束したことがある。

 けど、響は変わった。自分の生活を得て、守りに入るようになった。

 だから、僕の男のロマンを理解できなくなってしまった。

 それが、少し嬉しくて、少し悲しい。


「そうだな。就職してガキができたら俺も落ち着くかね」


 そうは言うものの、非日常への憧れは捨てきれなかった。

 旅に出たい。その思いが、僕を支配していた。



+++



 夜になると、僕は野球をぼんやりと見ていた。

 妹がやってきて、不思議そうに僕を見る。


「野球好きやっけ」


 この妹は関西出身でもないのに関西系の言葉を使う。


「いや。ボーッと見てただけ」


「いつもみたいにチャンネルぐるぐるしてないんやね」


「おかしいか?」


「うーん」


 妹は少し考え込んだ。


「普段が変なんやと思うよ。正直兄ちゃんのこと変人やと思うとるし」


「言ってくれるね」


 そう言って、肩をすくめる。


「皆も言ってる」


「待て。何人に喋った俺の癖」


「仲ええ子ばっかやから大丈夫やって」


「血の繋がったお前が喋ったんだぞ。その友達なんてもっと怪しいじゃねえか」


「うーん。ごめん」


 妹は素直に謝った。

 責められるのを手早く終わらせるテクだ。

 ちゃっかりしていると思う。


 その時、テレビ画面の中で、バッターがボールを真芯でとらえた。

 打球はフライのように高く伸び、ぐんぐんと進んでいく。


「入る?」


「入るかな」


 アナウンサーが叫ぶように喋る。


「入ったー! 三神優今季三号目のソロアーチだー!」


「ちょっとこれが新人だとは信じられませんねえ」


 解説は心底嬉しそうだ。

 その時、スマートフォンに着信があって、僕は立ち上がった。

 

「どしたん? 贔屓が打たれたん?」


「いや。ちょっと用事」


 そう言って、二階の自室へと向かう。

 そして、扉を開けた。


 そこには、非日常が詰まっていた。

 携行食のダンボールと大きな鞄。二本の木刀。

 誰もがこれを冒険の準備と見るだろう。

 事実、そうだった。


 スマートフォンの着信は途絶えている。

 かけてきた番号にかけ直す。

 即座に相手は電話に出た。


「やっほー。なんとか許可取り付けたよ」


「感謝します」


「しかし、この時代に武者修行とは酔狂だねえ」


「……前回の戦いでは、少し苦い思いをしたので。もう少し先の境地まで辿り着きたいんです」


 そう、僕は旅に出ようとしていた。

 武者修行の旅へ。


「翠のところによっていきなさい。治療のスキルが余ってるとか言ってたから」


「貸していただけるんですか?」


「貰えるかもね」


「感謝します。じゃあ、早速翠さんの家に行こうと思います」


「ついでに警察署にもよってきなよ」


 楓の一言に、僕は戸惑った。


「餞別でもくれるんですか?」


「私とタイマンで勝負しよう」


 僕は、息を呑んだ。

 楓は、炎の魔術師としても拳銃使いとしても優秀だ。

 剣道はどうなのかわからないが、弱いということはないはずだ。


「じゃ、あとでね」


「はい!」


 そこで、通話は途絶えた。

 僕は翠に電話をかけて、会う準備を整える。

 そして、少し遅い時刻だが、家を出た。


 そして、警察寮に向かう。

 部屋のチャイムを押すと、翠が顔を出した。


「おーおー、アラタ君。治療スキルがほしいんだって?」


「一人旅になりますし、なにが起きるかわからないので」


「そっか。いつ頃帰ってくるの?」


「夏頃までには」


「結構長丁場だねえ」


 翠はしばし考え込むような表情をしていた。

 そして、呟いた。


「響ちゃん、怒らないかなあ」


「連絡はとるつもりです。心配していただいてありがとうございます」


「けど、旅は一緒にって言ってたんでしょ?」


「響にはもう、響の生活がありますから……」


「そっか」


 翠はそう言うと、自分の胸の前の空間からなにかを剥ぎ取った。

 そして、それを僕の胸の前の空間に貼り付ける。


「これで念じるだけでスキルが使えるようになったはず。ただ、気をつけて。大怪我に対応できるかは適合率の問題だから」


「わかりました。まあ真剣で斬られるようなことはないでしょう」


「そうあるといいんだけどね」


 沈黙が漂った。

 翠は、多分引き止めたいのだろう。

 けど、僕は行きたいという意志が固まっている。

 二人の主張は平行線だ。


「じゃあ、また」


 そう言って、僕は頭を下げる。


「生きて帰るんだよ」


 翠はそう言って、僕の頭を撫でた。

 女性に触れられた経験はあまりない。なんだか照れくさい。


「わかりました」


 そう言って、僕は斎藤家を後にした。

 非日常へ飛び込む準備は、着々と整っていた。



第一話 完

第七章は脱稿済みなのでトラブルさえなければ今日中に上げれると思います。

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