全て、無駄です
戦いは激しさを増すばかりだった。
誰がこれを望んだだろう。
神は何故救ってはくれないのだろう。
恭司は寮の戦いを見て、どちらの援護に入るかを一瞬ためらった。
一対二のアラタ。防御一辺倒の翠。
(翠、お前ならしばらく堪えてくれるよな……)
そう思い、恭司は三階へと駆け出していた。
その横を追い越して走る、小さな影があった。
それを見て、恭司は安堵の息を吐いた。
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私はマントを翻して駆けていた。
外から寮の中の大体の情勢はわかる。
階段を駆けて、まずは三階に辿り着く。
「おやおや、可愛らしいお客さんだ」
日本刀を持った男が、そう言って微笑む。
それを無視して、私は肩を抑えているアラタの傍に立った。
鬼が突進してくる。
男が日本刀を振り下ろしてくる。
「全て、無駄です」
私がそう言うと、視界が少し青みがかって見えた。
能力を発現した時、私の目は青く光ると勇気が教えてくれた。
それが、スキルキャンセラーの特徴。
そう、私はスキルキャンセラー。
全てのスキルを無効化する者。
鬼は人に戻り、男は持つ剣を失った。
「くっ、ならばこれで」
そう言って、男は腰から木刀を引き抜く。
そして、襲い掛かってくる。
私は一つ微笑み、マントから二本のダガーナイフを取り出す。
木刀は六つに寸断され、地面に落ちた。
「そんな……」
男は唖然とした表情で言う。
「俺が苦戦した相手だぜー。ちょっとは苦戦してもらわないと立つ瀬がねえわ」
アラタが呆れたように言う。
「真剣なら防がれてますよ。警官隊、来て!」
そう言って、警官達がやって来るのを待って、私は通路に空いた穴から二階へと降り立った。
砲弾の嵐を、無効化する。
「全て、無駄です。私の特性、スキルキャンセラーの前では」
私は英語でそう告げていた。
エミリーは、表情を歪めた。
「友達になりたいんでしょ! なら、どいてよ!」
「友達になりたいよ! だから、どかないんだよ!」
「そんなの友達じゃない!」
「なんでも肯定するだけの人間こそ友達じゃないよ!」
「この、わからずや……!」
そう言って、エミリーはバックから銃を取り出す。
スキル製ではない。本物の銃だ。
翠が、私をかばうようにして立った。
その更に前に、私は立つ。そして、エミリーの傍に近づいていった。
バッグの中に、手紙を入れる。そして、囁いた。
「逃げて、エミリー。逮捕されちゃうわ」
エミリーは我に返ったような表情になる。
そして、慌てて駆け出した。
結局、エミリーは撃たなかった。撃てなかったのだ。
それが光明であるように私には思えた。
+++
「さて、どうするよ斎藤の」
大輝がしゃがみこんで、鬼だった青年を見ている。
「確か春香は鬼の魂三つ目で怪物化したよな」
「……そうね」
翠は、苦い顔で言う。
「お前はいくつ鬼の力をストックしている?」
「二個半」
「俺も、二個半だ。見たところ、こいつは四つ。分けるとなると二対二だ」
「うーん」
翠は考えこむ。
「鬼化はしたくないなあ」
「全ては適正だろう。適性が高ければ、コントロールもできる。こいつだって、人の姿に戻れたみたいだしな」
沈黙が漂った。
「俺は翠がどんな姿になっても翠を愛するよ」
恭司が、励ますように言う。
「戦闘力アップ。望むところじゃないですか」
アラタも気楽なものだ。
翠は溜息を吐いた。その腕から、光の手が現れる。
「じゃあ、二対二でやってみますか」
翠と大輝、二本の光の腕が青年のハートを掴む。
そして、鬼の魂を引き剥がしていった。
それを、翠は自分の腕で握りつぶす。
「変化はあるか?」
大輝は伺うように訊く。
「ちょっとジャンプしてみる」
そう言って跳躍した翠は、通路の天井に思い切り頭をぶつけた。
そして、落ちてきて蹲った。
「これはいい戦力になるな」
大輝は明るい声で言う。
「ねえ、今の無視? 無視?」
「俺は妹さえ無事ならそれでいい」
「シスコン野郎……!」
適性があった、ということなのだろう。
しかし、危ない橋を渡ったという実感はあった。
第十二話 完
次回『たった二人の戦い』




