339.男は待ちわびる。
「これは偶然ですね、フリージア王国の皆様。」
騎士団長のロデリック率いる騎士団がハナズオ連合王国を出国してから二日目。
プライド達が先に瞬間移動をしてから、騎士達はフリージア王国に向けての帰路に入っていた。初日は先行部隊の牽引で移動、そして二日目の今日も朝早くから移動を進めていた。そして
その途中で、彼らに遭遇した。
全隊が足を止め、目の前に悠々と立ち塞がるその馬車から降りてきた人物に、騎士団長のロデリックは僅かに顔を顰めた。
「実は我々もつい先日までフリージア王国に訪問させて頂いていたのですよ。」
堂々と振舞いながら笑う男に、ロデリックは相手が何者なのかだけ察しをつける。自分達がフリージア王国を留守の間、何者が訪れるかはよく知っている。その為に、副団長であるクラークを含めて約半数の騎士をフリージア王国に置いてきたのだから。
「ああ、申し遅れました。これでも私、ラジヤ帝国の皇太子でして。この度、フリージア王国と和平を結ばせて頂きました。」
皇太子。
不快に感じる笑みでそのまま彼の名乗りを受けながら、今度はロデリックが己の身分と名を名乗る。それは無礼を、と挨拶を続けながら何故彼らがわざわざ自分達を〝待ち構えていたのか〟考える。
偶然、ではない。彼らが立ち塞がっていたのは一本道。しかも、ハナズオ連合王国からフリージア王国へ繋ぐ確実に通る道だ。
通信兵からの報告で、ラジヤ帝国の彼らがその日の内にフリージア王国から退国したことは知っている。ならば、既にこの道を通り過ぎていてもおかしくはない。
「そうですか、貴方が噂に名高い騎士団長殿ですか。それはそれは。…さぞ、良き特殊能力に恵まれていらっしゃるのでしょう。」
嫌な愛想笑いを受けながら、最後にロデリックを見る笑みが引き攣るように歪む。二マァ…という笑いに敵意を感じ、ロデリックだけでなく背後に控えた騎士達が気づかれないようにアダムへ身構えた。
「お会いできて光栄です。ところで、その馬車は…?もしや王族の方々が居られるのではないでしょうか。是非とも一目御挨拶願いたいのですが。」
ニコニコとした軽薄な笑みに、ロデリックが表情を崩さないまま「申し訳ありませんが…」と断る。馬車の中はたとえ誰であろうとも、検めさせることができない旨を伝えると初めてアダムの眉間に皺が寄った。
「どうしても…でしょうか?せめてどなたがいらっしゃるかだけでも教えて頂きたいと、皇太子である私がお願いしているのですが。」
「大変申し訳ありません。帰国までは護衛の為に何があろうともお通しすることはできません。」
きっぱりと言い切るロデリックに、アダムは舌打ちしたい気持ちを必死に抑えた。残念です、と返しながら手を差し出した。
「何があろうと…ですか。和平を結んだ証として一度、第一王女殿下や第二王女殿下にお目にかかりたかったのですが。こうして間近ですら許されないとは。やはりフリージア王国の壁は高く強固らしいですね。」
聞き取り方によっては、フリージア王国の対応を咎めているようにも聞こえるアダムの発言にロデリックは冷静に対応する。大変申し訳ありません、と返しながらアダムの手を取ろうとした、その時。
「構いませんよ、騎士団長。」
馬車の中から、落ち着いた男性の声が放たれた。思わずロデリックも振り向けば、ゆっくりと馬車の扉が開かれる。ロデリックの背中越しにそれを覗き見たアダムは、予想外の人物に目を丸くした。てっきり王女が乗っていると思い込んでいた馬車から降りてきたのは、薄水色の髪をした男性だったのだから。
「ジルベール宰相殿。…宜しいのですか。」
「ええ、私などの為にプライド様や王族の方が誤解を招く方が問題ですから。」
ロデリックからの問いに笑顔で答えるジルベールは、共に乗っていた護衛の騎士と共にアダムへ歩み寄る。アダムからの不快な笑みを物ともせずに手を差し出した。
「お初にお目にかかります、アダム皇太子殿下。フリージア王国で宰相を任されております、ジルベール・バトラーと申します。」
どうぞお見知り置きを。と握手を交わしながら笑むジルベールに合わすようにアダムも笑みを作った。
「…これは驚きました。女王陛下には王女殿下がハナズオ連合王国に赴いていたと伺っておりましたので。」
なるべく声が低くなり過ぎないように留意しながらジルベールに言葉を繋げる。笑みを作ったまま、自分と似た種類の笑みに心の底で嫌悪した。「ええ、そうなのですよ」と返しながらジルベールは手で自身が降りた馬車とその後続の馬車を指し示した。
「実を言いますと、王族の方々は〝別の道〟でフリージア王国に向かっておりまして。今頃王女殿下はここよりも遥かに安全な道で帰路に向かっていることでしょう。」
ピク、ピクとアダムの眉が痙攣した。つまりは自分達が囮に引っかかったのだと揶揄されたような言葉に苛立ちを内側に抑えつける。なるほど、と返せばジルベールは更に言葉を続けた。
「ラジヤ帝国との和平が成立したことも、我々は今知りました。光栄です。…どうか、王族の方々が別経路で移動中ということは御内密にお願い致します。和平を成立したばかりであろう、アダム皇太子殿下だからこそお話させて頂きました。」
疑うのならば馬車の中をどうぞご確認下さいと、馬車までの道を騎士達に空けさせるジルベールをアダムは笑顔で睨む。こういう食えない男が最も厄介だということをよく知っていた。
「それはそれは失礼致しました。どうぞ、道中お気を付け下さい。馬が元気な内に進めると良いですね。」
にこやかに笑いながらアダムは合図で馬車を退かした。騎士団をすれ違うように道が空けられ、やっと馬ごと道を進むことが可能になった。
ええ、ありがとうございます。とジルベールが改めてもう一度アダムと握手を交わす。その間にロデリックは騎士達に合図を出し、彼らを横切るように先を急がせた。ジルベールも馬車に戻ろうと騎士達に振り返り、握手する手を緩め出す。
「アダム皇太子殿下。是非ともこれから先も末永く宜しくお願い致します。プライド第一王女殿下も、ラジヤ帝国との永き和平関係を心より望んで」
「…………は…?」
突然、澄ました筈のアダムの口から間抜けな声が漏れた。ジルベールの言葉を上塗りする言葉に、ジルベールは発言を止めた。
何故かいつまで経っても自分の手を離そうとしないアダムにジルベールが首を傾げた。何か…?と尋ねるが、アダムからその返答はなかった。代わりに恐る恐る信じられないものを見るような眼差しをジルベールに向け、顔を上げる。
「……お前、正気か…?」
ぼそり、と思わずといった様子でアダムの素の言葉が投げかけられる。笑みも忘れたその表情に、ジルベールだけが笑みを絶やさないままもう一度アダムに対して首を傾げて見せた。
「…ええ、勿論。心よりラジヤ帝国との和平を我が国の誰もが願っております。」
そんなおかしなことを言っただろうか、と思いながらジルベールは社交辞令を続けた。ジルベールの言葉にアダムは気を取り直すように「へぇ〜…?」と呟くと、パッと手を離して両掌をジルベールに向けてみせた。
「いや〜、フリージア王国は御立派な騎士団長だけでなく宰相まで立派なんですね。」
淡々と笑いながら、アダムはあくまでも上手の立場として振る舞った。胸を張り、偉そうに笑い声を零してみると、そのまま自分より背が僅かに高いジルベールの頭を小馬鹿にするように撫でた。自分より明らかに歳下の相手ではあるが、相手は皇太子。「お褒めに預かり光栄です」と笑みで平然と返せば、初めてアダムの笑みが引き攣った。数歩後退り、一瞬もジルベールから目を離さない。
「…では、我々もここで失礼致します。これからコペランディ王国に大事な用事がありまして。」
アダムがもう一度、ジルベールの反応を見るように言葉を投げかけた。だが、それでもジルベールの表情は崩れない。
「おや、コペランディ王国ですか。どうぞ我々からも宜しくお願い致します。女王陛下から聞き及んでいるでしょうが、実は多少の諍いがありまして。」
勿論ラジヤ帝国と和平を結んだ今、コペランディ王国とも和平を築ければ幸いです。と続けたジルベールは今度こそ丁寧な挨拶と共にアダム達に別れを告げた。その背後を護衛の騎士やロデリックがジルベールを守りながら礼儀に則り引いていく。
アダムがそれに優雅に返しながら、自分の馬車に戻るのを見届け、フリージア王国騎士団はやっと彼らに背中を向けた。
「…仰る通り、先行部隊から馬に乗り換えて正解でした。」
「まぁ、…私も念の為が大きかったのですが。まさか本当に待ち伏せされているとは。」
ロデリックからの礼にジルベールは会釈で返す。
先日の出国から、騎士団は先行部隊の牽引でかなりの距離を進むことができた。通常、馬ならば数日掛かる距離を短時間で。そして二日目の単調な道に差し掛かった時、敢えてここから暫くは馬での移動をとロデリックに提案したのはジルベールだった。
「王配殿下から通信でアダム皇太子がプライド様とティアラ様に御執心とは伺っておりましたので。」
一人乾いた笑みを浮かべながら、ジルベールはハナズオ連合王国での通信を思い出す。王配のアルバートからラジヤ帝国との和平も、全て聞き及んでいた。
和平相手とはいえ、同盟相手ではない。更に言えば相手は未だに警戒すべきラジヤ帝国。ジルベールとしても容易に先行部隊を見せたいとは思わなかった。移動中に見かけた程度ならば未だ良い。だが、先程のように引き止められてこちらの手の内を根掘り葉掘り聞かれることは避けたかった。隠すことではない、だが見せびらかす必要はもっとないとジルベールもロデリックも同意見だった。
では、この後も宜しくお願い致しますとジルベールはロデリックに頭を下げると再び馬車の中に足を運ぶ。扉を潜る直前、首を捻らせ一度だけラジヤ帝国の馬車の方向へ振り返った。既に角を曲がった後の馬車は姿形もなかった。ただ、耳を澄ませば遠くで蹄の音だけ拾うことができた。
「……不気味ですねぇ。」
口の中で小さく呟き、最後にジルベールは馬車に乗り込んだ。パタン、と騎士に扉を閉められ、ゆっくり馬車はフリージア王国に向けて進んでいく。
……
「……あ…アダム様…、…お、お加減でも…?」
参謀長が青い顔で恐る恐る声を掛ける。
馬車に乗り込んでからのアダムの様子が明らかに違った。いつものように騒ぎ立てるのでもなく、自分達に八つ当たりする様子もなかった。ただ、座り込んだまま頭を右手で抱え、固まっていた。笑っているように引き上げた口元と、怒りで血走った目が完全に常軌を逸していた。参謀長の言葉に、気がついたように頭をガリガリガリと掻き乱す。右に流され、整えられた深紫色の髪が畝り、乱れていく。
「バケモン…。」
ボソッ、と呟かれたその言葉は誰の耳にも拾われなかった。微かに荒い息遣いだけが耳に残り、部下二人が聞き返す。
ガリガリガリガリガリガリ…と頭を掻き毟る音が暫く続いた後、アダムが深く息を吸い上げた。項垂れたような体勢から身体を起こし、目の前のソファー席を思い切り蹴り上げた。ガンッ‼︎という音とともにやっとアダムが「ハハッ」と軽い笑いを零した。
「やっぱ、フリージアはバケモンばっかだ。」
馬車の窓から背後を覗き込む。既に角を曲がった後でフリージア騎士団の姿は見えない。だが、それでも構わないようにアダムは背後に向けて一人口を開き、不気味に笑う。
「…気に入った。」
涎が垂れるほど、歯を剥き出しにしたまま引き上げたその口で。




