叩き、
チャイネンシス王国、サーシス王国国境。
私達が到着した時には、既に多くの人が溢れ返っていた。
貴族も、民も、兵士も変わらずその場に入り交じり、酒を交わしながらジョッキや瓶を仰いで今か今かと合図を待ち続けていた。
私達が馬車を降りると、さっきまで馬車に乗る私達を護衛してくれていた筈の多くの騎士達が先に待ってくれていた。馬車の窓から馬で並走してくれる騎士の姿はいくらか見えたけど、まさか殆ど全員とは思わなかった。
再び騎士団にぐるりと囲まれながら、私達も人混みに加わり、それを…見上げた。
二国を隔てていた、国境の壁。
ヨアン国王…チャイネンシス王国がサーシス王国を戦火に巻き込まない為に築いた壁だ。
既に警備は取り払われて、防衛戦中の余波で崩れていたこともあり、終戦後は民もお構いなく登って乗り越えたり、部分的に壊れた壁の隙間を潜り抜けていたらしい。現に今も、子どもから大人まで軽々と壁の上に乗り上げて手を振ったり、酒瓶片手に仁王立ちをしている。だけど、正式に壁を破壊するのは今この時だ。
ガラァンッ…ガラァァン…ゴォォンッ
突如、チャイネンシス王国の鐘が一斉に鳴り始めた。
城に併設された鐘だけじゃない、その音に呼応するようにチャイネンシス王国中の鐘が鳴り始めた。途端に、誰からともなく、「おおおおおおおおっ‼︎」と咆哮が轟いた。
壁の最前に立っていた人達が嬉しそうに手の中の酒を放り投げると、代わりにハンマーを手に取った。大きく振り被り、壁に向かって振り下ろすと殆ど同時に向こう側からも同じくらいに激しい衝撃音が響いた。
一人が数度ハンマーを振り下ろすと、また別の力自慢にハンマーを譲り渡した。国を隔てるほどに果てし無く長い国璧を、国民が挟むように取り囲み、一斉に壊し、剥がしにかかる。
もともと急拵えで作られた壁だからか、数人繰り返す内に容易く崩れ、壁が穴を開けた。互いの姿が見えたことに興奮し、更に壁を叩く音が増していった。チャイネンシス王国の民がサーシス王国から壁を叩き、サーシス王国の民がチャイネンシス王国から壁を剥がす。大人も子どもも男も女も民も貴族も兵士もそして
王族も。
「お願い致します、ヨアン国王陛下。」
兵士から仰々しく手渡されたハンマーを、ヨアン国王が手に取った。
ヨアン国王は一瞬だけ重そうにふらついた後、すぐに両手で握り直し、壁に向けて振り上げた。
周囲の民が歓声を上げながらヨアン国王の一挙一動に目を丸くした。中性的な顔つきを男らしい力強い笑みに満たし、次の瞬間には勢いよくハンマーを振り下ろす。
ガン、と鈍い音の後。向こう側からも応えるように壁を強く叩く音が聞こえてきた。薄くなった壁を通し、向こう側の歓声も聞こえてくる。ガン、とこちらが叩けば反対側からもガン、とハンマーの音が返ってきた。交互に壁を叩き合っていく内、とうとう先に向こう側からのハンマー音と同時に壁がベコッと抉れ、ハンマーの一部が顔を出した。
それに民は一気に沸き、ヨアン国王が汗を滴らせながら「ははっ」と笑ったのが見えた。
金色の瞳が眩しいほどに輝いている。向こう側からのハンマーが引かれると同時に再びヨアン国王が勢いよくハンマーを振り下ろした。ガゴンッと音が鳴り、貫通された穴がまた大きくなった。一際大きな歓声が響き、ヨアン国王も楽しそうに笑いながら額の汗を自分で拭った。
そうしてとうとう、穴が完全に貫通されるとヨアン国王の背後に控えていた兵士達がハンマーを手に穴を一気に広げ始めた。反対側でも恐らく同じことが行われているのだろう。屈強な兵士総動員の結果、あっという間に人一人分の穴が空けられた。更にはその穴から現れた人物に再び歓声が上がる。
「ヨアン!久々の肉体労働は堪えたか⁈」
快活に笑うランス国王が、同じように汗を滴らせながらチャイネンシス王国に踏み入った。
その背後にはセドリックが続き、握手を交わし合うランス国王とヨアン国王の姿を一歩引いた位置から見守っていた。
国王二人の握手に、民の歓声と拍手が波のように激しく沸き続けた。
国同士の開通。ここからランス国王は一度チャイネンシス王国に、その後はヨアン国王がサーシス王国にそれぞれ訪問することになる。
国王が揃ったことで、イベントとしてはこれが正式には最後だ。でも、まだ破壊しきられず残っている壁に民はまだハンマーや各自が持ち込んだ武器を振るう手を止めない。壊せ、剥がせ、貫通させるぞ!と怒声にも似た声量で、この上なく楽しそうに壁を壊しにかかる。
「どうぞ、宜しければプライド第一王女殿下も。」
ヨアン国王が自ら私にハンマーを手に、歩み寄ってきてくれた。思わず「えっ⁈」と声を漏らして聞き返すとすかさず「ステイル第一王子殿下、ティアラ第二王女殿下、…そして騎士の方々も是非。」と笑ってくれた。
まさか国としての決定的瞬間に私達まで加えてくれるなんて。遠慮より先に嬉しさが勝って、確認するようにステイルや騎士団長に目を向けてしまう。
二人に目で許可を得て、私はハンマーを握る。
すごく重いけど若干引きずるようにして歩くと、民が道を通してくれた。その真ん中を歩き、壁の薄い部分を狙って振り上げようと力を込める。…けど、重すぎて完全には振り上げられず、数十センチ浮かせるだけで精一杯だった。
それでも第一王女として格好をつけたい欲と、さらにどうしても参加したい欲だけを糧に思い切りそのまま振り下ろす。
カツン、と少し拍子抜けした音と共にハンマーが壁にぶつかり、そのまま地に突き刺さった。ドスッ、と私が振り下ろしたより重めの音だったけれど、それを搔き消すように温かな歓声が上がってくれた。
穴は全く空かなかったけれど、皆の歓声が身に染みるほどに温かい。もう数回持ち上げようとしたら、既に腕力が結構限界だった。
それでも負けまいと、力を込めたらふいに腕が軽くなった。何かと思って振り向くと、ティアラとステイルが一緒に私のハンマーを持ち上げてくれていた。まるで、前世の餅つきのようなポーズではあるけれど、お陰で今度こそちゃんとハンマーを振り上げ、三人でもう数回ハンマーを叩きつけることができた。ガツッ、ガツッと壁に力強い音が響き、主にステイルのお陰でやっと壁に穴が開けられた。更に歓声が強まり、第一王女としてやり切れたことが嬉しくて、汗を拭うのも忘れて笑った。
「さて、…ですがプライド第一王女の威厳の為にもこれだけでは終われませんね。」
やりきった感いっぱいの私から、突然ステイルがハンマーを回収する。何かと思ってティアラと同時に振り返れば、ステイルがにっこりと笑顔で私達に笑みを返してきた。
「プライド第一王女の力、ここに示して頂きましょう。…我らが近衛騎士の力をもって。」
そう言って、ステイルはおもむろに私の背後に控えてくれていたアラン隊長にハンマーを手渡した。第一王子であるステイルからの命令にアラン隊長は少し驚いた表情をした後、ニカッと楽しそうに笑った。
周りの騎士達もアラン隊長の台頭に歓声を上げた。アラン隊長は騎士達の方を振り向くと、アーサーを名指しで呼んだ。騎士の中から駆け出してきたアーサーに私の背後を任せると、ハンマー片手に壁に向かって思い切りそれを振り上げた。
ドガァッ‼︎と耳を直接殴られたような破壊音が響き、たった一度で壁に大穴が空いた。
更に数回振り下ろせば見事に子ども一人潜れるくらいの大穴が空く。流石アラン隊長。
騎士達やそれを目撃した民からも歓声が上がる中、アラン隊長は笑いながら手を挙げて歓声に応えてくれた。そのまま今度はアーサーにハンマーを手渡す。
「俺もですか⁈」と言わんばかりのアーサーに、アラン隊長はその背中を遠慮なく叩いて壁の方へと送り出した。騎士達からも、行け行けと楽しそうな声が送られる。ステイルもその様子に凄く楽しそうに口端を引き上げていた。
アーサーも少し戸惑った表情をしたけど、覚悟を決めたように私達に背中を向けると壁に向かって駆け出していった。アラン隊長よりも勢いをつけるように壁のかなり手前で跳ね上がるとハンマーを剣のように振り上げ、壁の上部に叩きつけた。
ドガッッ‼︎とまた大きな破壊音が響いたと同時に、壁に大穴が空いた。そのまま着地した直後にはハンマーをまた別の壁面に向かって数回振り下ろした。ガンッガンッ!とアラン隊長よりは回数があったけれど、それでもたった数回で見事に大穴を壁に空けてしまった。
歓声を受けながら、アーサーがハンマーを片手に「エリック副隊長は御不在なので…」と、今度はカラム隊長に手渡そうとした瞬間。
そのハンマーを、横から騎士団長が掴み取った。
まさかの、騎士団長の登場に騎士達全員がざわついた。私も驚いて目を皿にしたまま向けてしまうと、騎士団長がぽかんと口を開けたアーサーから受け取ったハンマーを手に、私達へ身体ごと向き直ってくれた。
「今回、エリックが負傷したのは私の責任でもあります。なので、ここは私が代わりに。」
おおおおぉぉおおおおっ⁈と騎士達から嬉しい雄叫びが上がる。
騎士団長がこういう力比べのようにも見えるものに自ら参加してくれるなんて滅多に無いことだ。壁の前まで歩む騎士団長の背中に、次第にアーサーの目まで輝き出した。騎士団長が出るぞー‼︎と騎士達から叫び声が上がると、更に多くの人達がこちらに注目した。並ぶように壁にハンマーを振るう人達も一度手を止めてしまう。貫通した先から、騎士が向こう側の人達に「危ないので下がって下さい‼︎」と声を荒げた。騎士団長が壁の前に立った時にはすでに沢山の人達が騎士団長へと距離を開けていた。
無言でハンマーを振り被る騎士団長は、地面を片足で強く踏み締める。そして大きく縦に振り下ろした瞬間
ズガンッッ‼︎‼︎と。地響きのような音をたて、壁に大穴が空いた。…騎士団長一人が余裕で潜れるような大穴が。
一気に騎士達の興奮が最高潮になったように声が弾み、流石です‼︎と口々に騎士団長への賛辞が飛び交った。
目の前の現象に目を白黒させるハナズオの民は「あれが特殊能力か⁈」「今何が起こった⁈」と声を上げている。壁の向こう側にいるサーシス王国側からも同じような騒ぎ声が聞こえてきた。
「…お見事です、騎士団長。……本っ当に。」
あまりに凄まじ過ぎて口元が引き攣ったまま笑ってしまう。するとカラム隊長に軽い様子でハンマーを手渡した騎士団長から「ありがとうございます。ですが、大したことは」と短い謙遜の言葉が返ってきた。
ハナズオの兵士よりも遥かな威力を見せたアラン隊長やアーサーを余裕で凌ぐ破壊力だ。騎士団長のこの威力を凌ぐ人間などきっといないだろう。これでまさか実際は全く腕力とは関係ない斬撃無効化の特殊能力者とは誰も思わないだろう。……あれ?特殊能力……。
ドッガァァアアアッ‼︎‼︎
今までで一番大きな衝撃音と振動が、肌を揺らした。
一瞬、また投爆でもされたのかと本気で思った。驚いて壁の方に振り向くと、騎士団長が壊した壁とはまた別の壁が見事に丸ごと崩れ落ちる瞬間だった。一箇所の亀裂が広がり、全体に及び、雪崩のように壁が崩落していった。
「…流石、カラム隊長。」
感心したようにステイルが賞賛の言葉を漏らした。
…そうだった、カラム隊長の〝怪力〟の特殊能力こそこの場では最強だった。怪力の特殊能力でハンマーを一振りしただけではない、どれくらいの力をどうやってどの場所に集中すれば良いかも計算した上での渾身の一撃だ。たとえ同じ怪力の特殊能力でも、同じようにあのハンマーだけで壁を一撃粉砕するのは難しいだろう。
騎士達はもう大盛り上がりだ。カラム隊長の特殊能力を知らない民も目を丸くしながら歓声を上げている。もう力自慢というよりも、騎士の中でも比較的に細身のカラム隊長が壁を崩壊させるなんてイリュージョンの域だろう。壁の向こう側の人達もちゃんと避難させた後で本当に良かった。というかカラム隊長が敵勢力じゃなくて本当に良かったとつくづく思う。
「ちゃっかりハンマーは壊さないのがお前だよな。」
「その程度の制御はして当然だ。」
アラン隊長が軽く右手を掲げたまま、うんうんと頷くと、カラム隊長が手の甲だけで軽くアラン隊長の手の平に当てて返した。どうやらカラム隊長の本気はこれ以上らしい。
壁が広範囲で崩れ落ちきった後、一気に互いの民が交差し合った。
カラム隊長が恭しくハンマーをチャイネンシス王国の兵士に返却すると、他の騎士達も何人かが火がついたようにまだ聳え立っている壁に駆け出していった。やはり力自慢には黙っていられないイベントだ。流石に特殊能力無しで騎士団長を越えられる人はまず居ないだろうけれど。
無事に私やティアラ、ステイルの分も力を示してくれた騎士達のお陰で、滞りなく壁の撤去作業が進んだ。
わいわいと我が国の騎士達も加わったことで、更にお祭り感が増した壁の撤去はどこからも人の騒ぎ声が耳を埋めた。そろそろ私や王族は城に戻る頃かしらと思ったその時。
「プライド第一王女殿下‼︎」




