322.第二王子は得た。
「はい、セドリック。これを、君に。」
俺が兄さんを〝兄さん〟と呼ぶようになってから二十日後。
俺はいつものように兄貴と一緒にチャイネンシス王国を訪問した。部屋に通され、扉を閉められた後に引き出しから兄さんが小箱を取り出した。
「?俺の誕生日ならば、もう二カ月と…前くらいに過ぎたぞ。」
まさか間違えたわけでもあるまい、と言葉をかければ兄貴も俺と同じように眉を寄せている。
「ヨアン、あまりセドリックを甘やかすのは…」
「ちゃんとランスにもあるよ。」
クス、と笑いながらすかさず兄さんがもう一つ小箱を取り出した。兄貴が目をぱちくりさせながらそれを受け取る。「開けていいな⁈」と俺が兄さん達に声を上げればすぐに返事が返ってきた。
包みを剥がし、蓋を開けて中身をあらためると
クロスのペンダントが、そこにあった。
兄さんが身につけているのとそっくり同じ品だ。記憶と照らし合わせてすぐにそれがわかったのに、信じられずに何度も兄さんの首のペンダントと見比べてしまう。兄貴も俺と同じように小箱の中身と兄さんのを見比べていた。
「ああ、安心して。別に僕らの信仰への勧誘とかじゃないよ。」
冗談なのか本気なのか、手をパラパラと振りながら笑う兄さんに兄貴が「それはわかっている。だが、何故」と尋ねた。
「セドリックが、僕を兄さんと呼んでくれたから。」
さらりと答える兄さんの言葉に俺も兄貴も再び首を傾げる。それとこれとがどういう繋がりがあるのか俺にはわからない。すると、兄さんは自身のペンダントを一度外して、俺達に掲げて見せた。
「そのクロスのペンダントは、僕のと同じ特別製だ。…そして今はこの三つだけ。」
三つだけ、という言葉に今この場にあるクロスを順々に目に留める。つまり、わざわざ兄さんは俺達の為にこのペンダントを作らせてくれたらしい。
「だからこれは僕からの証だ、セドリック。君が優しい人間で在り続けてくれる限り、僕らはずっと兄弟だ。たとえ君が〝何者であろうとも〟」
神子でも、そうでなくてもと…そう意味を含んだ言葉に俺は思わず動きを奪われる。兄さんはそっと俺の小箱のペンダントを手に取ってみせ、微笑んだ。そのまま放心する俺に正面から首に掛けてくれる。
式典以外、殆ど装飾品などつけたことのなかった俺の首にクロスが揺れる。
「そして、僕が傍にいれない時も僕らの神が君とランスに付いていてくれるように。…守ってくれますようにと願いを込めて。」
兄貴とは違った柔らかい力で頭を撫でられ、喉の奥で何かが込み上げる。唇を噛んでも堪え切れず、誤魔化すように兄さんの首に飛びついた。「わっ!」と言いながらも受け止めてくれた兄さんへ腕を回し、しがみつく。
「…セドリック…。九歳の王子がこれでは恥ずかしいよ?」
まだ幼いなぁ、と言われながらも俺は腕の力を緩めない。それぐらいに堪らなく嬉しかった、誕生祭で正式に贈られた絢爛豪華な品の何よりも。
形に残る〝約束〟を初めて与えられた。
無能な俺が全てを失っても、兄貴と兄さんだけは必ず居てくれる。
本当に、それ以外全てを失っても怖くないと本気でそう思えた。
「…勿論、サーシス王国王子の君達が安易に身につけられないのもわかっているよ。だからハナズオ連合王国として互いの国が本当に一つになれる日まで取っておい」
「いや、早速身に付けさせてもらおう。」
兄貴の言葉に俺も兄さんも振り向く。
兄貴が身に付けるなら俺も付けたままで良いのかと聞く前に、兄さんが「ランス⁈」と声を上げた。
「気持ちは嬉しいけれど駄目だよ⁈そんなことをしてまた君達が悪い噂を立てられでもしたら…」
「別に表立って身に付けはせん。衣服の下ならば目立ちはしないだろう。王族の衣服を剥ぎ取る者も居はしない。」
兄さんの制止を受け流しながら、兄貴が自分でペンダントを身に付けた。そのままクロスを衣服の中に入れ、俺にも身に付けたいならば服の下に隠すように言った。
兄貴に言われた通り服の中にしまい込むと兄さんが予想外だったらしく狼狽えた。「いや、でも着替えなどで侍女達の目には付くだろう?」と訴える兄さんの姿が珍し過ぎて思わず凝視してしまう。
「その時はちゃんと説明する。信仰ではなく、あくまで友からの贈物だと。」
「そんなことを知られたら、今度こそ僕が君達を信仰に取り込もうとしていると誤解されるよ⁇」
やっぱり返してくれ、と兄貴からペンダントを回収しようとする兄さんがひらりと躱される。俺も取られる前にも数歩兄さんから距離を取る。
「ハナズオ連合王国として見れば、俺は既にお前達の信仰も受け入れている。むしろ言わずとも俺の意思が伝わって丁度良い。」
見せびらかすつもりもない、気付いた者が知れば良いと宣言する兄貴に、とうとう兄さんも諦めたように脱力した。
「……もしこれで君達がチャイネンシス王国の訪問を禁じられたらどうするつもりだい?」
「問題はない。その為のあの時の誓いだろう?」
セドリックは寂しがるかもしれんがな、と俺の方に視線を投げる兄貴と兄さんに、俺からも声を荒げる。
「ッ問題ない!こうして兄さんが証をくれたんだ!俺だって我慢くらいはできるぞ!」
負けじとそう放てば、何故か二人から「ほぉ、我慢を覚えたか」「いやムキになってるだけだよ…?」と暢気な声が返ってきた。俺は真面目に言っているというのに!
だが、その後も兄貴と兄さんから再三にペンダントを見せびらかさない、聞かれたら兄貴が許可したことも含めて素直に説明することと俺は言い聞かされた。
…
ー 兄貴と俺が肌身離さず身に付けるようになるクロスのペンダント。
「おい、聞いたか?ランス王子とセドリック王子の首に…」
「ああ聞いた!他にも見た者がいるらしいぞ⁈先日の城下視察の際にだ。」
ー 俺と兄貴、そして兄さんとの兄弟の証。
「聞いたか⁈サーシス王国の第一王子の話を。」
「俺は見たぞ。妻の家に挨拶する為にサーシス王国に行ったんだが、…ちょうど近くで視察に来られていたんだ。」
ー チャイネンシス王国にとっては信仰のシンボルであるクロスのペンダント。
「転んだセドリック王子をランス王子が受け取められた時、二人の服から確かに見えたんだ!」
「ランス王子曰く、チャイネンシス王国への信仰ではなく御友人からの贈物らしい。」
ー 民の噂にされるようになるのは二カ月と六日後。その日中にチャイネンシス王国まで噂は広まった。
「我らが信仰するシンボルを、サーシス王国の王子が身に付けていたと…‼︎」
「しかも噂ではヨアン様からの贈物らしい。」
ー 民からの反応は俺達の予想外に
「つまり、これは…」
「ああ…‼︎」
「時代が、変わる…‼︎」
「やっと我が国の王族にチャイネンシス王国を受け入れる御方が現れた。」
「両国の王族や上層部同士は諍いが続いていたが、今回の王子は違うかもしれない。」
「とうとう我がチャイネンシス王国の信仰を受け入れて下さる王族が現れた。」
「しかもヨアン様からの贈物ということは、本当の御友人だ。もう諍いは終わるかもしれないぞ。」
ー 高い反響が返ってきた。
「やはり〝神子〟のセドリック第二王子が…」
「いや、第一王子のランス様の意思らしい。大体〝神子〟の噂などもう殆ど聞かないぞ?」
「ランス様は弟君のセドリック様の面倒まで見ていらっしゃるらしい。心優しい王子殿下だ。」
ー 兄貴も、兄さんもそして俺にも想像できなかったほどで。
「ランス第一王子だ。」
「ランス第一王子が、弟君と共にこの国を変えようとして下さっている。」
「サーシス王国の第一王子が、ヨアン様の御友人だ。」
「ヨアン様とランス王子が我らの信仰を、その隔たりを取り除こうとしている。」
ー まるで、本当に
「ランス様が!」
「ランス第一王子こそ!」
「ヨアン様が!」
「ヨアン第一王子こそ!」
「我がハナズオ連合王国を導く次世代の国王だ。」
ー 神の、祝福を得たかのようだった。




