305.宰相は知り、騎士隊長も知る。
『急ぎ、御報告致します。北方最前線より、敵軍の制圧を完了。我が軍の勝利です。』
映像から溢れ響く騎士達の歓声の中。
騎士団長であるロデリックの落ち着いた姿と声が、通信兵を通してチャイネンシス王国の城本陣とサーシス王国の城本陣、そしてフリージア王国に伝えられた。
「お見事です、流石騎士団長殿。すぐに勝利を各陣営に報せましょう。」
ジルベールはパチパチと嬉しそうに拍手を送りながら、早速衛兵や騎士達に指示を送り始めた。座標が分からない各陣営は、未だ己が国の勝利を知り得ない。
サーシス王国の南方にいる筈のステイル。
両国の救護活動中のレオンとヴァル。
チャイネンシス王国南方にいるハリソン。
城下にいるティアラ、セドリック、ランス。
そして他にも両国の各陣営で今も戦い続けているであろう騎士、兵士達。
彼らは自軍の勝利の報せを、合図を今も待ち続けている筈なのだから。
『我が騎士団も制圧した兵士達を連行次第、先ずはチャイネンシス王国の各陣営へ助力に回りましょう。』
ええ、お願い致します。とジルベールはロデリックに返しながら、ふともう一つの映像へ目を向けた。
先程、ロデリックからの報告を受けた時には映像からプライドが息を飲み、歓喜に目を輝かせていた。更には労いの言葉までもロデリックへ掛けていたというのに今はプライドから何も返事がなかった。そう思って見れば、……すぐ、その理由を察した。
慌ただしそうな映像のプライドに一度静かに目を閉じる。そのままジルベールは彼女に代わり、チャイネンシス王国の各陣営にも勝利の報告と騎士の援軍をとロデリックに伝えた。
ジルベールからの映像と、チャイネンシス王国城からの映像を確認したロデリックも理解し、頷いたあと映像から姿を消した。その背中を最後まで見送った後、ジルベールは静かに窓の外を顔だけ向け、眺めた。開戦した時は早朝だったというのに、今は既に日が暮れ始めていた。
…結果としては、予想通りといったところか。
ジルベールにとっては終結の時間も予想の範囲内。むしろ当初の予想よりもかなり手こずったものだと息を吐く。一日での終戦は当然と、自軍の勝利だけは全く疑っていなかった。反省点は山のようにあるが、フリージア騎士団だけでなくハナズオ連合王国にも被害が少なくて済んだことは大きい。
「残すは、…あの方々も無事に帰ってきて下されば何よりなのですが。」
歓喜に包まれた城内の摂政と宰相、衛兵や騎士達を眺めながら一人呟く。プライドの生存はこの目で確認したが、まだ確認できていない者が多過ぎる。
「最前線の騎士に死者は無し。…ということはアーサー殿は無事でしょう。残すはステイル様と…。………。」
そこまで呟いてから、ジルベールは口を噤む。まだ、自分の中では全てが終わった訳ではない。むしろ、これからまたひと騒動起こるであろう事も彼だけは理解していた。
…フリージア王国は、もうラジヤとの会談は終わった頃だろうか。
ふと、遠い自国に想いを馳せる。先程も映像で話した筈の妻と娘に、今すぐにでも会いたいと胸が熱く鼓動した。
「………………………帰るよ。」
静かに流される雲を眺めるジルベールは、空の続く先にいる愛する家族へ一人呼びかけた。
そして今、彼も戦争の終結を実感した。
……
「……………これは。」
チャイネンシス王国。
その国の兵士達は、誰もが茫然と佇んでいた。援軍と、そして勝利を報告する為に意気揚々と馬を走らせた彼らの高揚感は一気に底まで落ちていた。
目の前に広がる残骸を、前に。
骸、…と呼ぶべきかも兵士の一人は躊躇った。何故ならその殆どが人の形を模したような鎧と血の塊にしか見えなかったのだから。地も野も全てが赤く染め上げられ、凄まじい異臭が鼻についた。そして、その残骸の向こうにチラリと見えたのは
「ハハハハハハハハハハハッ……」
ぞっ、と。南方の国壁から覗かせた黒髪のシルエットに思わず身の毛がよだった。
南方を守っているフリージア王国の騎士に勝利の報告をと馬を走らせたが、今すぐにでも踵を返して城へ帰りたくなった。だが、相手は今回の防衛戦の功労者。見なかったことにする訳にもいかない。
勇気を振り絞って駆け寄ろうとしたが、足元の残骸にこれ以上進むことを躊躇い、駄目元でその場から声を張る。「フリージア王国騎士殿‼︎」と名も知らぬ騎士に呼びかけ
「…なんだ、この国の兵か。」
ひと凪の風が吹いたかと思えば、瞬きした直後呼びかけた兵士の喉元にナイフが突きつけられていた。ナイフと、そして敵兵の血でドロドロの騎士の姿両方に驚き、兵士は思わず目も離せないまま背中から転倒した。
「つまらん。…まだ残りが居たと思えば。」
ぐしゃ、と足元の死骸を退屈そうに蹴り飛ばしながらハリソンは俯く。
ナイフを手の中で遊びながら、生きている敵兵はいないかと辺りを見回す。謝罪もないハリソンに対し、兵士も追求どころではなかった。
震える歯を鳴らしながら「あの、残り…とは…?」と辿々しくハリソンに尋ねた。すると、仕方なくナイフを服の中に仕舞ったハリソンは、軽く敵兵が溢れていた筈の国壁の穴を目で指し示した。今は死骸以外は誰一人立っていない。
「つい先程、全員殲滅した。壁の破損を埋めるなら壁の向こうの死体を詰めろ。」
まだあちらは形もそれなりに残ってる、と大したことではないように呟いたハリソンは戦闘直後で未だ興奮状態なのか少し口が達者だった。
唖然とする兵士をよそに、ハリソンはグラリと身体を揺らすと再び彼らを覗き込んだ。「それで」と、用件を促す言葉と覇気に、短く悲鳴を上げた彼らは早口で騎士団の勝利を伝える。話を聞いたハリソンは目を見開き、…口元だけ僅かに緩んだ。
「そ、それでして、その場を動ける者から各陣営に援軍と報告に動いて欲しいとプライド様が」
「わかった。」
最後まで聞く前にハリソンが言葉を返す。ちょうど敵兵を殲滅した後のハリソンにとっては願っても無い指令だった。
ゆらゆらと兵士達が引き止めるのも聞かずに歩きながら、ふと足を止めて彼らへと振り返る。「…何処へ行けば良い」と尋ねられ、馬を用意するので兵士と共にと伝えれば彼は黙して頷いた。高速の特殊能力があるとはいえ、長距離移動は疲れる彼にとって馬は必要不可欠だ。突然置物のように佇んだまま動かなくなった彼に、兵士達は戸惑いながらも馬が用意された城の方へと丁重に誘導した。
「……………副団長は、お褒め下さるだろうか。」
一人息を吐く彼から、最後に小さな願望が溢れ出た。




