278.冒瀆王女は答える。
「…では、手筈はこれで宜しいでしょうか。プライド様。」
「ええ、ありがとうございます。ジルベール宰相。」
私から笑って返すと、ジルベール宰相は私以上に優雅な笑みでにっこりとで返してくれた。椅子に座った私より低い位置になるように、そっと両膝をついて話してくれる。
セドリック達がステイルに瞬間移動して貰った後、ジルベール宰相がこの後の計画についての詳細を改めて確認してくれた。
セドリック達はステイルによって、ランス国王がいる筈のチャイネンシス王国の城下付近にある、兵士達の馬を留めている場所まで瞬間移動された。ランス国王の所に直接瞬間移動はできないから、到着次第、馬に乗り込んで敵兵を倒しつつランス国王を探さないといけない。
「…プライド様。本当に御命があって何よりです。貴方を失えば、どれ程の者が嘆き苦しむことでしょう。」
当然、私もその一人です。とそっと囁くように言ってくれるジルベール宰相に思わず息を飲む。彼にも心配を掛けたのだと痛感する。
「本当に、本当にごめんなさいジルベール宰相。…結局、こんなに御迷惑まで掛けてしまって。」
「いえ、私に謝る必要はありません。…ただ、その痛みを代われないことが歯痒いだけです。」
そう言いながら、包帯の巻かれた私の足を痛そうに見つめてくれるジルベール宰相が「私の足ならば何本でも身代わりにして下さって良いのですが」と冗談めかして言ってくれる。…けど、その目は真剣そのものだった。
「この後は、どうぞくれぐれも御安静に。…必ずや貴方様の御望み通りの結果を呼び込んで見せます。」
するとにっこりと笑ってくれるジルベール宰相から、急激に仄暗い覇気を感じて肌がピリッと逆立った。
「我々も、これ以上プライド様に指一本触れさせるつもりはありませんから。」
皆の総意です。と繋げられても、未だに自分の肩の強張りが解けない。笑みが引き攣ったままそれに答えると「御安心を」とまた笑ってくれた。そのまま空気一枚分挟んだような仕草で、私の足を触れずに撫でる。掠めた空気だけが私の包帯に、触れた。
「貴方は我々の大事な…何よりも大事な存在となる御方です。…既にそうなっている者も少なくはないでしょう。貴方無しでは生きていけない者も、……きっと、少なからず。」
大袈裟に聞こえるジルベール宰相の言葉が、軽い否定を許さない程に重々しく唱えられた。ぐっ、と喉が詰まるように口を結ぶ私に顔を上げたジルベール宰相が最後に少し困ったように笑んでくれた。
「先程、既にステイル様にいくらか進言してしまったせいか…これ以上は上手く言葉が出ません。ただ、︎…貴方様が危険に身を晒せば胸を痛める者が必ず居ることだけはどうか御理解下さい。」
はい…と、気づけば俯いてしまった私にジルベール宰相が「申し訳ありません、出過ぎた真似を」と謝ってくれる。そんなことないと伝えると、今度は小さく息を吐いた。
「…プライド様が、私共は大切です。プライド様が想って下さるように、我々もプライド様を想っております。…それに、気付いて下さることを心よりお待ちしております。」
唱えるように穏やかに語ってくれたジルベール宰相は、最後にそれだけを言うと頭を深々と下げたまま去ってしまった。
するとまるで示し合わせたかのように今度はステイルが私の前に歩み寄って来てくれた。「姉君」と呼ばれ、私は気持ちを切り替えようと顔を上げ、その声に応える。
「何かあったら必ず俺を呼んでください。何処でも、誰の前でも構いませんから。」
これからステイルは、騎士達と一緒にサーシス王国の南方に援軍に向かってくれる。…負傷した、私の代わりに。出陣前の最後の挨拶に来てくれたであろうステイルの言葉に「わかったわ」と一言返すと、ステイルは一瞬目を伏せた後、再び静かに口を開いた。
「あの時も、すぐに呼んでくださってありがとうございました。もし、……躊躇われていたら。」
そう言って言葉を詰まらせるステイルに、お礼を伝え私から笑ってみせる。それでも影が晴れないステイルが、私に応えようとするように口元だけ笑みながら、手を伸ばしてくれた。
膝の上に重ねる私の両手に自分の手をそっと添え、指先だけに少し力を込めてくれる。
「…本当は、今も離れたくはないのですが。」
ぼそ、と呟くような声に少し胸が痛くなる。改めて本当に心配をかけているのだと理解する。ごめんなさい、と言おうと思えばステイルと言葉を重なった。
「だから、…本当に良かったと思います。俺の特殊能力が、これで。」
突然の、明るい声で。
思わずの言葉につい瞬きで返してしまう。三度連続で瞬きをした後には、口元だけでなくステイルの目も優しく笑んでいた。
「どれほど遠方の地であろうとも貴方の元に駆けつけられるから。例えどれ程離れていようとも、…誰より傍に居ると自負できますから。」
柔らかく笑んでくれたステイルが、私の手を包み込む。少し恥ずかしそうに頬を紅潮させたその顔からはもうさっきの影は消えていた。
「俺は、貴方の傍にいます。だからいつでも呼んでください。例え姿は見えずとも、かならず貴方の隣に俺は居るのですから。」
少し明るく言ってくれるステイルに、心が芯まで暖かくなる。思わず口を開けたままステイルを見つめ返せば、また笑顔で返してくれた。優しくて、そして男らしい笑みだ。
何度も、何度も繰り返し「呼んで欲しい」と言ってくれるステイルに、その笑みに、…考えるより先に言葉が漏れた。
「………はい。」
弟ではない、男の人がそこにいた。
ふと、呆然とした頭で彼が私の弟ではなく〝義弟〟なのだと思い出す。
私が心配や迷惑を掛けて…悲しめ続けただけの彼は、もう居ない。
あの時からずっと、姉としてステイルを守らないとと。悲しい想いをさせないようにとと思っていた筈なのに。
気がつけば、目の前の彼に守られている私が此処にいる。
ステイルだけじゃない、今日一日だけで私は一体何人の人達に助けられてきただろうか。
呆然とする私に、ステイルがまた笑う。「俺のことは御心配なさらず」と言って、私から手を離すとそのまま腰の剣に手を添えた。
鎧を着て、漆黒の団服を靡かせて力強く笑うその人は、ゲームのステイル・ロイヤル・アイビーとも別人だった。
「俺も強いですから。…相棒と、何年も剣を磨き続けてきたので。」
今だって、と。眼鏡の縁を押さえ、そしてまるで私をダンスに誘うかのように優雅に手を差し出してくれる。誘われるままにその手を取ると、もう片方の手をそっと私の両脇にいる近衛騎士の二人に伸ばしてくれた。握手を交わすような仕草と共に「姉君を宜しくお願いします」と言ってくれた。そのまま再び姿勢が私へと向けられる。
「だから御安心下さい。俺達が貴方に勝利を捧げます。」
高らかに放ったその言葉が、私の心臓を一瞬止めた。言葉が出なかった。何を言えば良いか、何を返せば良いかもわからず、言葉に悩んでいる間に
〝私の〟視界が切り替わった。
「!プライド…第一王女殿下っ…⁈」
近衛騎士の二人と共に視界が変わった途端、私の名が叫ばれた。何故此処に⁈と声を上げるその声に、私は静かに目を向ける。アラン隊長とカラム隊長が挨拶をしてくれ、私からも座ったまま礼をした。
「突然失礼致します。…ヨアン国王陛下。」
チャイネンシス王国 本陣。
私はここで、この戦争の最後を迎えることになる。
「私も、貴方と共に此処にいます。」
驚き、戸惑うヨアン国王に笑みで返す。何故、ここは一番危険な場所です、よりにもよって何故、と言葉を放つ彼に「大丈夫です」と一言で返す。
「信じて待ちましょう。………彼らを。」
椅子ごと瞬間移動された私から、ヨアン国王をソファーへと手で勧めた。
最後の反撃が、いま始まる。




