274.冒瀆王女は驚く。
「ティアラ…?」
あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。私が名前を呼ぶと、ティアラがいつもの柔らかい笑みで私に笑いかけてくれた。映像の騎士団長が『ティアラ様が…⁈』と思わずといった様子で声を上げた。
そんな、選りに選ってティアラを私の代わりに危険な目に遭わせるなんて。元々そうならないようにサーシス王国の留守を頼んだ筈なのに。気持ちと言葉が混ざり合って口をパクパクさせたまま言葉が出ない。
「そして兄様が騎士を連れてサーシス王国の南方に。そうすれば戦力も今より効率良く配備することができると思いますっ!」
私達の驚きを全く気にせずティアラが続け、はっきりとした声色で自身の胸に堂々と手を当てて見せた。
「…ティアラ、これは遊びじゃない。命を落とすかもしれない戦なんだ。」
やっと、先に整理がついたステイルが一言ひとこと言い聞かせるようにティアラに語りかける。それでもティアラは平然とそれに返した。
「だけど、そうすれば万が一のことがあっても安心でしょう?」
さらりと話すティアラにステイルが眉間に皺を寄せた。恐らく、ステイルへの合図のことを言っているのだろう。確かにティアラがいればいつでも指笛でステイルを呼べるし、更にはステイルもティアラ達が何処にいても瞬間移動でティアラの元へと駆けつけることができる。…ただ、それでも。
「だめだ、危険過ぎる。」
やはりそうだろう。
腕を組んで頑なに首を振るステイルにティアラが「私だってもう十五だし、第二王女なのよ⁈」と言い返した。それでもステイルは縦に振らない。
「だめだ。戦えないお前を守りながらでは、騎士達の負担が大き過ぎる。」
ステイルの言うことは最もだ。もともと、私も女王代理として戦場に立つとはいえ、本来ならば戦闘に参加はせず士気を上げたり、指揮することが主な役割だ。…ちょっと私がラスボスチートを乱用して色々やらかしているだけで。
公式に王族として剣の指導を受けている第一王子のステイルなら未だしも、第二王女のティアラが護衛の騎士だけを引き連れて援軍として乗り込んでも、か弱いティアラを守ることだけに戦力を使ってしまう。全体の戦力としてはプラス、負担としてはマイナスのプラマイゼロだろう。
「今は深刻な状況だ。それ以上無茶なことを言うならこの場でフリージア王国に戻すぞ。」
「そんなことしたら兄様の恥ずかしい秘密全部お姉様とアーサーに言っちゃうんだからねっ‼︎」
なっ⁈とステイルが一気に狼狽えた。何か思い出したのか、既に仄かに顔が紅潮し始めた。一瞬私と目が合ったと思ったら明らかに顔ごと逸らされてしまい。…ちょっと待って弟。
ぷくっと頬を膨らませるティアラが更にトドメを刺すように「あとヴェスト叔父様とジルベール宰相にも言っちゃうからっ」と声を上げると、ステイルがとうとう絶句してしまった。取り敢えずティアラが強制帰還させられることは無さそうだ。
騎士団長が少し慌てた様子で『ですが、ティアラ様っ…』と映像から説得しようと声を漏らした。ジルベール宰相を見れば、戸惑いながらも何処か意味ありげな視線をティアラに向けたまま何も言えないようだった。やはりジルベール宰相も心配なのだろう。
でもせっかくの騎士団長の言葉も、ステイルと口喧嘩バトル中のティアラには残念ながら届いていない。「今は一刻を争うんだぞ!」「わかってるわ!だからっ…」と過去最大級の兄妹喧嘩が勃発してしまっている。
やっと頭の整理が落ち着いてきた私からも、ティアラを説得すべく椅子から手を伸ばして声をかける。
「ティ…ティアラ、落ち着いて。ステイルは貴方のことを心配」
「私だってお姉様の為に何かしたいんだからっ!」
シュシャシャッ‼︎
一瞬で目にも留まらぬ速さでステイルの真横を何かが過ぎ去った。アラン隊長とカラム隊長が反射的に私を庇ってくれたけど、それはそのまま誰にも当たらず真っ直ぐ壁に突き刺さった。…物を投げて当たらない方が難しいこの人の密集した中で。まるで、その隙間を縫うように。
数秒置いて口を開けたままの皆が振り返れば、過ぎ去った先の壁にはナイフが三本も刺さっていた。…地味でシンプルな、すごく…ものすごく見覚えのあるナイフが。
暫く、誰も何も言えなかった。視界の隅で映像の騎士団長までもが口を開けて固まっている。長い沈黙の後、ジルベール宰相がそっと「ティアラ様…どうぞ怒りをお鎮めください…」と抑えるように声を掛けてくれ、やっとティアラがおずおずと口を開き出した。
「私だって、戦えます。私はお姉様と兄様の妹なんだからっ。」
これで問題ないでしょっ、とまたどこから取り出したのか、更に右手の指の間にナイフを一本挟んでステイルに見せつけてきた。
ステイルが未だにショックが抜けないのか、完全に指先まで固まっている。きっと顔を覗き込んだらすごい顔をしているだろう。私だって未だに信じられないのだから。
「ティアラ…!お前、…一体どこで、そんなっ…。」
…まだ、言葉にならないらしい。
ポツポツと零されたステイルの言葉に、ティアラが「今はそんなことより援軍でしょっ⁈」とステイルを叱りつける姿は完全に形勢逆転しているようだった。
「兄様だって、お姉様の為に何かしたいのでしょう⁈なら、私だって同じ!ちゃんと、何かあったら兄様を呼ぶって約束するからっ!」
勢いのままに、ティアラが両手でステイルの手を握った。真っ直ぐと自分の目を見つめてくるティアラに、ステイルの表情が葛藤で明らかに痙攣し、…そして最後は悔しそうに目を逸らした。
「…っ。約束できるな?お前に何かあれば俺も姉君も悲しむことを忘れるな!」
良いな⁈と歯を食い縛り、もう一度ティアラに言い聞かせるように彼女の両肩を掴んだ。「絶対っ!」と返して頷くティアラに、ステイルは手を離すと深呼吸のように大きな溜息を吐いて眼鏡の縁を指先で押さえた。
「あと…、…そのナイフについても全てが終わったら必ず俺と姉君に全部話せ。」
目だけで小さく睨むようにティアラへステイルが告げると、口を結んだままティアラが小さな顔をコクンッと勢い良く頷かせた。
「ティアラ…第二王女…。」
目を見開いたまま、セドリックが未だ信じられないようにティアラへ声を漏らした。するとキッ、とティアラにしては少しキツめの眼差しが容赦なくセドリックに向けられる。
「別に、貴方の為ではありませんっ…この国の民の為。そしてお姉様の為ですっ!」
釘を刺すような言い方に、セドリックがそれ以上何も言えずにまた口を閉ざしてしまう。そのまま小さく先に目を俯かせたセドリックが礼を言うようにティアラへ頭を下げた。…それでもティアラは頬を膨らませたまま、ぷいっとそっぽを向いてしまったけれど。
そのままジルベール宰相が、話を纏めつつティアラとセドリックに同行する騎士をカラム隊長達と一緒に選別し始めてくれた。ステイルも会話に入って自身がサーシス王国に連れて行く騎士をと手早く相談を始めた。
「ティアラ…貴方、もしかして。」
未だ言葉が追いつかない私に、ティアラが振り向いた。照れたように笑った彼女は、そのままナイフを団服の中にしまうとトテトテと歩み寄ってきた。包帯を巻かれた私の足をまるで自分のことのように痛そうに顔をしかめると、申し訳なさそうに私に笑いかけてくれた。
「…あの時は、言い出せなくてごめんなさい。お話したら止められちゃうと思って。」
アラン隊長も、とそう言って深々と頭を下げるティアラにアラン隊長が「いっ、いえ‼︎」と慌てたように返した。その反応から見るに、やはりアラン隊長も気づいていたらしい。
セドリックが我が国に来た二日目の日。庭園で私と口論になったセドリックを止める為にナイフを投げてくれたのが、ティアラだったことに。
確かに、ナイフが飛んで来た方向も思い出してみればティアラの居た方向だったし、アラン隊長達から聞いた話とも合点がいく。何処にナイフなんて隠し持っていたのかと考えた途端、そういえば動かしたティアラの身体が妙に重かった気がしたことを思い出す。
何故、どうやって、いつの間にと疑問が過ぎる中、ティアラは「でも、私もお姉様みたいに強くなりたかったんです」と続けてくれた。
何故よりにもよってナイフなんて、と言おうとした瞬間。私の頭に、ある攻略対象者ルートの終盤シーンが駆け巡った。
どの終盤でも結末は殆ど同じだ。ラスボスであるプライドは、主人公や攻略対象者の彼らに命を持ってその罪を償わされる。
…そう、〝主人公〟や攻略対象者に。
プライドを断罪するのはあくまで攻略対象者だ。ただ、その命を持って罪を償わせるのは〝主人公〟や攻略対象者。
その違いは、何か。
一度だけ、ある。
か弱いヒロインであるティアラが、自らの手で女王プライドを倒すルートが。それは
義兄・ステイルルートだ。
隷属の契約をかけられたステイルは、主であるプライドを殺せない。ゲームの終盤、ラスボスプライドに挑む前にステイルはティアラにある物を託す。
過去に自分の母親を手に掛けた時に使用した、ナイフを。
『…良いか、ティアラ。…俺がもしお前を殺せと命じられたその時は、これを俺に…!』
そう言って、ティアラにナイフを預けた。もし、自分がティアラを殺させられるようなことがあればこのナイフで自分を殺すようにとティアラに願った。…せめて、死ぬのなら母親を殺したナイフで、愛する人に殺されたいと。
『そんなっ…きっと、他に方法がっ…』
大事な兄であり、最愛の人となったステイルに言われて涙を浮かべ、手渡されたナイフを両手に抱えながらも首を振って訴えるティアラ。でも、ステイルは断固として譲らなかった。お前を殺すくらいならばその手で殺されたいと、ティアラにそう望んだ。
最後にはティアラは服の中にナイフを仕舞い込み、頷き、涙していた。
『逃げられたら良いのにっ…、兄様だけでもっ…。』
『…その言葉だけで十分だ。でも、お前を守る為にそれはできない。それに俺は女王と隷属の契約を交わしている。逃げ出すことなど一生できはしない。…お前も、わかっていることだろう?」
ステイルの言葉一つ一つに泣きながらもティアラが何度も頷く。わかってる、わかってる、と呟きながら。
最後には大丈夫…!とティアラが顔を上げた。
『私も、絶対守るから!兄様を、死なせたりしないっ…!』
そう言って、愛するステイルをプライドの手から守ってみせると誓った。
…そして終盤クライマックス。
最初は『かかって来なさい!…最期くらいは遊んであげる』と敢えて隷属の契約の命令を解き、ステイルと決闘するプライド女王。最後は競り勝つステイルが、そのままトドメを刺そうとした瞬間
『私への全許可を剥奪する』
余裕の笑い声と共にそう言い放つ。
その瞬間、ステイルはプライドに剣を振り降ろせなくなる。そのままプライドの命令通りに弄ばれ、最後はステイルに自害するように命じようとした瞬間
ティアラは、ステイルから預かっていたナイフをプライドへと放った。
『ア゛ァァアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎』
ナイフは勝利を確信していたプライドの心臓に突き刺さり、胸を押さえて絶命する。
血が滴り、耐えきれず口からも鮮血を吐き出すプライドは憎憎しげにティアラを睨みながら、恨みの言葉を最後にその場の血溜まりに倒れこんだ。真っ赤な髪を自らの血で更に赤く染めて。
『…っく…ひっ…くッ…!…う、…うぅ…』
姉を自分の手で殺してしまい、罪の意識からその場で泣き伏すティアラと、優しくその隣に寄り添い慰め続けるステイルのシーンはとても物悲しくもあった。
…そして。
転生した私だからこそ、思う。
そんなに簡単にナイフというものは遠距離から直撃するものなのか。
しかも、ティアラは一撃でラスボスプライドを絶命させた。心臓を一突きにして。
ゲームでラスボスのプライドである私が、剣や格闘、狙撃が最初から可能だったように
ティアラもまた、ナイフの技術に特化していたとしたら。
「お姉様、…大丈夫です。今度は私がお姉様を守ってみせますからっ。」
優しい笑みで話してくれるティアラが、そっと私を抱き締めてくれる。茫然としたまま私は気付けば彼女の背中を抱き締め返していた。
ティアラが、この世界の主人公が、戦闘するなんてゲームではなかったのに。
違う、ゲームじゃない。これが私の妹のティアラだ。
「…無茶…しないでね。何かあったら、絶対ステイルを」
「勿論ですっ!お姉様や兄様を悲しませるような真似は絶対しません。」
何故、ナイフなんて持つようになったの?
いつの間に、そんな自信を持てるほどに技術を磨いたの?
いくら考えても頭は纏まらない。でも、目の前のティアラが今、私達の為に自ら戦場に身を投じようとしてくれていることだけは真実だった。
「お姉様は、たくさんたくさん私達を助けて下さりました。だから…」
抱き締めてくれた腕を、ティアラがそっと緩める。一歩離れたティアラは照れくさそうに目を細め、笑った。
彼女の後ろでステイルが騎士達と進撃の準備を始め、ジルベール宰相がティアラ達と共に行く騎士達や騎士団長と最後の打ち合わせを行い、セドリックが剣を握り直して目だけをこちらに向けている。そして、ティアラは
「今度は私達がお姉様を助ける番ですっ!」
太陽のように笑う輝かしい彼女の笑顔に、胸が…打たれた。
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