Ⅲ236.来襲侍女は見送られる。
「それでは、行って参ります父上」
ティアラ、ジルベール宰相、と。続けて彼らに笑みを向けながら、プライドは整った姿勢で礼をした。
お茶会中に姿を現したステイルと共に、再び今は王配の部屋へと移動していた。髪型や化粧も侍女にすべきかとも考えたが、どうせ今日は宿から出られない。衣装だけ侍女のまま、王女の佇まいで宿に戻るプライドに王配のアルバートもそっと肩へ手を置いた。
戻ってきた時には侍女の姿だった娘だが、今は間違いない自分の娘の姿だ。戻ってきた時よりは血色も良く、笑顔に強ばりも大分減っている娘を目線を合わせて確認する。
見慣れた父親からの優しい眼差しに、プライドも緊張しつつも胸は和らいだ。
先ほど叱られたこともあり、余計にいつもの父親の笑みが染みる。「決して無理しないように」「何かあったらすぐに戻ってきなさい」と重ねられながら、ティアラにもぎゅっと腕にしがみつかれる。自分が帰ると言ってからも名残惜しそうにしてくれる妹が可愛く思いつつ、やはり何よりも心配してくれているのだろうなと思えば離せない。
時間の目安は告げられていたとはいえ、体感だけで訴えればティアラにとって兄が迎えに来るのは早すぎた。
今晩くらいこのまま城に預けてくれれば良かったのにと今でも思う。むぅぅと唇を小さく絞ったまま、プライドにしがみつき見上げた。プライドもプライドで帰るつもりの為、自分からこれ以上引き留めることはできない。
プライドの方は惜しむどころかステイルが現れた時明らかにほっとしていた様子だったくらいだ。
迎えに来ることは聞いていたプライドだが、それでもステイルが本当に迎えに来てくれたことは純粋に嬉しかった。ほんの少し前であれば、このまま策士ステイルの手で強制送還されたままにされていてもおかしくないと思う。
それだけのことがあったことも、自覚している。
「プライド様、どうかお気を付けてお過ごしください。どうか、滞在中は近衛騎士のみならず温度感知の騎士とも行動を共にして頂きますように」
「ええ、わかっているわ。本当に心配をかけてごめんなさい」
「いえ心配程度、いくらでも掛けてくださいませ。ただ〝心配に値する行い〟を自重して頂ければ、これ以上のことはありません」
ざっくり、と。ジルベールから心なしか最後に念押しを貫通させられた気がしながら、プライドは口が半分だけで笑ってしまう。
自分が帰還してから父親と妹に任せて発言の少なかったジルベールだが、やはり心配してくれていたのだなと改めて思い知る。父親の前でも関わらず苦言に近い発言をするジルベールになんとなく昔の彼を思い出した。しかし今はあの時とは違い、心から自分を按じてくれているからの言葉だと思えば重みが違う。切れ長な目を僅かに研ぎ澄ますジルベールに気付いたアルバートも、今は拳は握らず黙認しているのも良い証拠だった。
続けて「何か困ったことがあればいつでも」と温かみの声を掛けられれば、プライドも笑みの強ばりは消え同時に眉がしょげた。彼もきっと、この後の自分の行動がわかっているのだろうと思う。
ステイルと共にアルバートの部屋へ入室した際に、ラジヤへ戻るか否かを尋ねられ迷わず前者を選んだのだから。
ティペットを探しに行くことはしなくても、自分の意思で帰還したいのはそういう意味だ。
最後にプライドへと深々と礼をすれば、そこでジルベールは別の視線に気がついた。
下げた頭のまま先に目だけを向ければ、憮然とも無表情ともとれる表情でステイルが自分をじっと凝視している。腕を組み、自分と目が合ったとわかったところで、ほんの一秒の間にプライドを視線で示しまたジルベールへと戻した。言葉にはせずとも「カード通りにやってくれたようだな」という言葉が明確にジルベールの頭に浮かぶ。
プライドと再会した時点で、彼女の顔色も表情も和らいでいたのはステイルも一目でわかった。
勿論、姉に付き添ってくれていた妹のお陰もあることは確信しているが、同時にジルベールからも何かはやったのだろうと思う。自分がカードに書いた内容を読んで何もしない男だとは思えない。
自分が瞬間移動したことについて謝罪した時も「むしろ良かったと思うわ」「私も混乱してしまってごめんなさい」と言ってくれたプライドからの意思は、少なくとも一つ確認できた。
それだけでも目眩がするほど安堵したステイルにとって、何かをしたのだろうジルベールの手腕に感謝しないわけでもない。
自分の視線の意味をくみ取り、静かな笑みで返したジルベールには若干悔しさと腹立ちで目をそらしてしまう。
しかし、それからすぐにまた顔ごと目を合わせた。プライドと父親を前に正直に話すわけにもいかず「流石だ」と口の動きで示すステイルに、ジルベールも何を言ってくれたかはうっすらと見当がついた。
にっこりと、今度は満面で見せるその笑みに今度こそステイルの口がムッと尖る。自分だってジルベールと立場が逆であれば、プライドを説得する自信はあったぞと子どものような張り合いを言いたくなるが、大人の理性で我慢した。
「お姉様、私もいますからねっ。離れていても絶対心はお傍にいますから!寂しくなったらいつでも会いに来てください!」
「ティアラ。それは俺の許可も得てくれ」
さらりと兄の瞬間移動頼りでの発言に、ステイルも今度は聞き流せない。
ジルベールに我慢した分眉に皺が寄ったが、妹に対しての怒りではない。呆れをそのままに溜息交じりに言ったステイルに「良いでしょ!」とティアラの方がわかりやすく頬を膨らませた。
かわいらしい弟妹のやり取りに、プライドもフフッと小さく笑ってしまう。「ありがとうティアラ」と空いている方の手でティアラの髪を撫でてから、最後にステイルへ手を伸ばした。
ステイルもその白い手を下からすくい取るように受けると、表情も引き締める。
プライドとステイルのその動作に、アルバートとジルベールも揃い一度息を吸い上げた。少し惜しむようにアルバートが最後にもう一度プライドの髪を撫で、耳にかける。
「くれぐれも危険な真似はしないように。また何かあったら通信兵でもステイルにでも良いから連絡しなさい」
「はい。……ありがとうございました父上」
「お姉様っ、今夜はゆっくり休んでくださいね!」
プライドから手を放したティアラがぎゅっと拳を握る。ステイルを通して自分が会いに行く!とも言いたかったが、流石にそこまで兄を便利に使おうとは思わない。
無理はしないように、きちんと休めという言葉を城にいる数時間だけで何度言われただろうかとプライドはこっそり思いつつ、彼女らの優しさは正直に受け取った。
フィリップ、と。そこでステイルが声を掛ける。ずっと王配の部屋で待機していた王子専属従者が足早に歩み寄る。「失礼致します」と手を伸ばせば、今度はプライドの方からその手に重ねた。手の平と指先か触れ合ったその瞬間に、プライドの姿が別人の女性へと周囲の目には映る。隣に並ぶステイルと同様に特殊能力を施された姿はやはり別人だった。
それでは失礼しました、と。挨拶を最後に、とうとう二人は姿を消した。
姿を消した瞬間に唇を小さく噛んでしまうティアラをアルバートは肩を抱き、引きよせた。ポンポンと小さな頭を頭頂部から撫でれば、ティアラもぎゅっと父親の腕に掴まった。
十秒間、そしてそれ以上。誰もいなくなったその空間を、誰もが何も言わず見つめ続けた。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
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