Ⅲ234.来襲侍女は省みる。
「お話はわかりましたっ……」
プライドが語り初めてから暫く、ティアラは唇を閉じたままひたすらに聞き続けた。
話の合間合間に息を飲み、口を覆い、目を丸くさせてもまずは姉の話を最後まで聞ききってからと決めていた。やっとプライドの話を聞き終えた時には胸を両手で押さえたまま固まっていた。
兄からのカードで覚悟していた部分もあったが、現状はそれ以上だった。まさか姉がティペットを目撃しただけでなく、彼女の関係者とも接触していたとは思わなかった。
しかもティペットに会いたいあまりプライドへ危害を加え〝かけた〟と聞けば、真っ青になった。今は衛兵に捕えられた後だからと聞けば安心できたが、その上でティペットを探そうとするプライドに、最初はティアラでさえ理解できなかった。ティペットが奴隷被害者で今の状況が本意ではない可能性が出てきたと説明されてやっと、意図も理解できた。
しかしそれでもやはり、プライドが自らティペットへ接触に挑もうとするのは認められない。兄がカードで自分に託した理由を納得する。
「お姉様はティペットもその先生も助けたいと思われているのですよね?……兄様達はどう言ってましたか?」
「…………まだ、なんとも。わかっているわ……きっと、すごく困らせたわよね」
「いいえ、とてもとても心配したと思いますっ」
んぐぐぐぐ……と、ティアラの柔らかくと的確な言葉にプライドも今は力無い。既に父親から指摘されたプライドは頭も冷静になっていた。
可愛い妹からの言葉に「仰るとおりです」と言いそうになる。頭も肩もがっくり落ちて重くなった。
心配、とその言葉に両手で顔を覆ってしまう。いまだに自分は成長していないなと、彼らは困るよりもそちらだと今はよく理解できるからこそ遅れてギザギザと胸に刺さった。
大事に想っている相手がまさかの凶悪テロ犯の仲間を自ら捜索しようとするなど、心配どころではすまないとわかる。
その場の感情に流された自覚もあるから余計肩まで狭まった。先生と呼び友好もいくらか覚えていたつもりのノアを相手に、力になりたい気持ちは今も変わらない。ティペットも現状見捨てたくはない。
しかしそれを加えても、このラジヤ帝国で自分を餌にするのはやりすぎだったと今は思う。
「父上に叱られても当然ですっ。兄様達もきっと同じ想いだったのではないでしょうか。母上も、それに騎士団長だって!」
「その……とおりだわ。……父上に怒られたの、ステイル達には内緒にしてくれる……?」
父親に叱られるのを妹に見られただけでも羞恥が激しいのに、ステイル達に知られたら顔も合わせられなくなる。
父親に言われたことが、ステイル達の総意だろうことはプライドも気付いている。ステイルのカードに何が書かれていたかまでは知らないが、ここに連れてこられたのがお仕置きなのは最初からわかっていたことだ。
姉からの口止めに、むぅぅ……と今度はティアラの方が唇を尖らせる。
頭を重そうに抱えるプライドからの弱い声に秘密にしてあげる代わりにちょんちょんと指先で姉の肩を突いた。妹なりの遺憾の意に、プライドもこくりと言葉を交わす必要もなく頷いた。今回特別ですよ?と言われているのが言葉など必要なくわかってしまう。
取り敢えず長女としての威厳を紙一枚分保ち、そこでまたがっくり項垂れた。
今冷静な頭で思えば、どれほど危険なことを考えたのかもわかる。それだけでもうみんなに顔を合わせられないと駄々をこねるには充分だった。しかし時間が来れば間違い無くステイルはやってくる。部屋に閉じこもり占拠しようとも瞬間移動の前にはどうしようもない。
「……ステイル達にどう謝ればいいかしら……私、一人でまた向こう見ずに……」
「謝るとは違いますお姉様。怒りたくなるくらい、大好きなお姉様のお願いにすぐ頷けなかったくらい、お姉様のことが大事だと思い出してくれませんか。……もう、あんな辛いことが起きて欲しくないと、私も思っています」
それは我が儘ですか?と、金色の水晶の瞳に写されれば、もうプライドは抗えない。
下唇を小さく噛みながら、悲しげなティアラの眼差しに自分の方が泣きそうになる。首を横に振りながらも、重ねられた手を引くことはできない。
今も自分がいない間にアーサー達はどんな話をしているだろうと考える。自分がティペットを明日から探しに行くと行って、きっととても困っている。そしてそれ以上に自分のことを心配してくれている。奪還戦のようなことが起こらないかと恐れているのは自分だけではないのだと今はわかる。
そう考えれば今度は今すぐにでもステイルを呼んで皆の元に戻れないかしらと数秒前とは真逆のことも考える。自分のすべきことと、しないで良いこと、すべきではないこととしたいことが混ざり頭がぐるぐると回るようだった。
また謝って全て解決できると思っている自分に、一度強く瞼を閉じた。
自由な片手で眼前のティアラをそっと抱き締める。柔らかな金色の髪ごと引きよせれば、ティアラからも両腕でそっと抱き締め返された。
姉からの無言の甘えにも贖罪にも思える腕の温もりに、ティアラもまだ湿り気の残った深紅の髪に顔を埋めながら薄く目を閉じた。今はもう震えていない、とそのことに言葉には出さずほっとした。
「きっと、……兄様も、アーサーも、カラム隊長もアラン隊長もエリック副隊長もハリソン副隊長もレオン王子やそれヴァルだって。皆みんな今すぐこのまま城にお姉様を避難させたいと思っています。…………それでも迎えてくれるのは、お姉様が〝予知〟された民を救いたいという気持ちを大事にしてくださっているからです」
ヴァルなんて民の為には動いてくれませんよっ!と抑揚の入った声で付け加えられれば、プライドは少し笑ってしまった。
そうね、と言いながらも妹が少し自分を和ませようとしてくれてたと察する。王妹の覚悟が決まったからか、以前よりも自分への説教が上手になってしまっている妹に姉としては少し面目ないが心強くも思う。
それでも、予知の民と思い返せばまたピリリとプライドの指先は強張った。
今自分が思い出した攻略対象者以外にも二人はきっといる。手がかりもゼロではなければ、団長やそれに先生にもそちらの話も聞けば良かったと今更後悔する。それだけ、本当にさっきまではティペットとノアのことで頭がいっぱいになっていたのだと痛感させられる。
次、釈放された先生に会うとしてもその時は誰か代理を立てて聴取するべきだろうかと今は思う。しかし、ここに瞬間移動される前はまったく考えられなかったことがまた怖い。
「それでもお姉様。……怖いなら怖いと言っても良いのですよ?」
「………………」
ぽとりと、不意に水面へ落とされたような感覚にプライドは一度口の中を飲み込んだ。
やはりティアラはすごいなと、思いつつ言葉には出せない。小さい頃から人の感情に敏感な彼女にはきっと自分の内側は自分自身よりもわかってしまうのだろうと思う。ぎゅっと抱き締めた温もりを手放さないまま、ティアラの言葉を否定はしない。
腕の強さから姉がしっかり自分の言葉を聞いてはくれているのだと知るティアラは、返事がなくても構わない。昔から自分の話へきちんと耳を傾けてくれる姉だ。
姉が城に戻ってきた時、どれほど混乱してそれでも気丈に振る舞おうとしているかも少しずつ冷静になっていく姉に反し感じられた。どこまでも民を救いたいと想う姉を誇りに思うと同時に、……羽根を休めて欲しいと思ってしまう。それくらいにと、先ほどのプライドを思い返す度に胸が苦しくなった。
「お姉様が民を救いたい気持ちは私もわかります。けれど、報告では一番の原因とされるオリウィエルはもう」
「けれど、諦めるわけにはいかないの」
まだ二日もあるもの。言葉にせずとも口の中でそう唱えたプライドはそこで静かに抱き締める腕を緩め、手を引いた。
妹の金色に顔を埋める体勢から、今度はティアラを真正面から向き合う。両手をティアラの肩へ柔らかく添え、眉が垂れながらも微笑んだ。ティアラがここまで自分の心配をしてくれたことも、優しく窘めてくれたことも嬉しい。しかし情けないところを見せた後の次期王妹にだからこそ、ここで首を縦に降るわけにはいかない。
プライドの空から降るような静かな声に、ティアラも途中で言葉を止めた。
手を放された感覚とは違う、むしろしっかりと繋がったままただ動かせない。それだけの確固たる意思を力強い姉の手のひらから感じ取る。
正面に見つめ返せば、宝石のように輝く紫の眼差しがそこにあった。自分は今までも、こういう目をした彼女をよく知っている。十年以上、ずっと見つめ続けてきたのだから。
ぽかりと小さく口を開けたまま何も言えず見つめ返すティアラに、プライドは「ありがとう」と一度頭をなで下ろした。
自分じゃないと救えないのはティペットとノアに限らない。オリウィエルというラスボスの脅威が去ったとしても、救うべき状況の民はきっといる。だから今日だって自分は外に出た。たとえ他の誰もが「ここで充分」と言ってくれても、ゲームの設定を知る自分だからこそ自己完結はできない。
せめてあと二日、あの地に滞在を許されている間はと強く願う。
「我が国の民が、……特殊能力を理由に非道な扱いを受けているかもしれないの。それを確かめるまで、母上達に与えられた機会を無駄にはできないわ」
ティペットを追うつもりはもうないから安心して。と続けて言われてもティアラは今は笑えない。
静かな、今日話した中で一番柔らかなその声が一番彼女の強い意志を示しているのだと知っている。自分の大好きな姉がやはり強い人なのだと思うことが誇らしいと同時に少し、今は悲しいとティアラは思う。
こうして意思の変わらない姉に、予知した民を見つけられますようによりも、何も酷いことが起きてしまいませんようにと願ってしまうから。
ティペットを捕まえたい気持ちもまだプライドは変わらない。次に彼女が現れたら逃げず、今度こそアーサー達に確保を協力して欲しい。
自分一人ではなく、自分を支えてくれる人達も頼ろうと思うことはずっと変わらない。今日だってアーサーがティペットを前に護ってくれた、そして助けにきてくれたと思えばそれだけでぽっと力強く胸が温まった。
ティアラの両肩に置いていた手をそのまま更にその背中へ伸ばし、妹の首の後ろでぎゅっと自分の両手首を強く握りしめる。アーサーだけではない、近衛騎士達もみんながいてくれている。ステイルやヴァル、レオンやセドリックも今は同じラジヤに身を投じてくれている。
頼る相手がいるのだから、やはりここで逃げたくない。一人で行くことはなくとも、背中を向けたくはなかった。
そんな姉の覚悟を瞳の強さと声の優しさで感じながら、ティアラの瞳は反して揺らいだ。自分も一緒に行きたいと、そうすれば自分も姉を守れるのにと思えば余計に胸が絞られる。
「私はっ……怖いですよ。お姉様を連れて行っちゃうかもしれない人が」
「連れて行かれたりしないわよ。皆が護ってくれるもの。……ティアラ、貴方だってこうして一緒にいてくれるじゃない」
ふふっと、おかしそうに笑う姉の声を聞いた時はちょうど俯いてしまっていた。姉の代わりに気持ちを言葉にすれば、本当に自分まで不安が隠せなくなってきた。
プライドの優しい言葉にそっと持ち上げられるかのように顔を向ければ、心からの笑みを向けてくれていた。建前などではない、本当に今こうして傍にいることをプライドが嬉しく思ってくれている。
きゅっと眉を寄せ、笑い返したくなったが上手く笑い返せない。やっぱり姉にラジヤへ行って欲しくないと変わらずまた思う。それくらい、また失うのが怖い。
しかしここで本気で自分が引き留めれば、もし叶ったとしても最後まで苦しむのがプライド本人だということも知っている。
予知した人間が何者かわからない限り、そして許された二日間本人が納得いくまで捜査を続けられない限りはきっと永遠に。
悲しげな表情をするティアラに、プライドからまた頭ごと抱き締め撫でる。ここまで自分のことを心配してくれることは純粋に嬉しい。王妹の勉強が一区切りついたら、彼女も傍にいてくれるだろうかと期待すれば今から心強く思う。ただ、今回はまだその時じゃなかっただけだ。たった数時間こうして傍にいて話を聞いてくれるだけでも充分すぎると思う。
いつの間にか逆に自分が慰められてしまっていることに、ティアラはプライドの胸で小さく唇を尖らせる。
彼女が昔よりもちゃんと自身を大事にしてくれているのは嬉しいが、同時にやはりその在り方を止めることはできないのだと知る。このまま自分が泣いたら、姉は今夜傍に置いてくれるだろうかと考えてしまう。
「……今夜は、やっぱり朝まで一緒にいませんか?久々にお姉様とお泊まり会もしたいなって……」
「うーん……どうかしら。ステイルがせっかく迎えに来てくれるし、明日もきっと早いの。……それにほら、母上達にも顔をちゃんと見せたいから」
ティアラと一緒、という言葉に言い様がなく心引かれるプライドだが、しかしそこは断った。
ステイルが本当に迎えに来てくれるのならば、一回断ればそれこそ本当にこのまま城にいることになってしまいそうだと思う。ステイルが独断でそこまでするとはもう思わないが、今自分の状況を冷静に振り返れば一度の機会を無碍にしただけで最上層部と騎士団長の総意が固まってしまう恐れもある。流石のステイルもあの四人の総意に逆らえるかわからない。
しかも今回はただでさえ危険かつ、今も迎えにきてくれるのが奇跡的な状況だ。一回帰還の機会を逃したら、寝坊どころかまる二日間全て水泡に帰してしまう。
母親も叔父も、騎士団長も、レオンにセドリックもきっと心配してくれているだろうと思えば、やはり一度は顔を見せたい。伝言で無事と伝えても、ティアラや父親そしてジルベールときっとそれは変わらない。
母上達に、という言葉にティアラも確かにと肩を落としたが、今はどこで寝ているのかと尋ねれば今度は目を丸くした。「ならば母上にたくさん甘えちゃってくださいねっ!」と力一杯訴える。
ティアラからの気遣いを理解しつつ「ありがとう」と笑顔を返すプライドは肯定はせずにそれ以上は口を噤んだ。きっとティアラには会話以上に見透かわれてしまっているなと心に仕舞った、その時。
コンコンッ。
「失礼致します。プライド様、ティアラ様。侍女がお茶の準備ができたのことです」
扉の外側に立ってくれている近衛兵ジャックからの呼びかけに、プライドもティアラもピンと姿勢が伸びた。
一度冷ましてしまったお茶を淹れ直してくれた侍女に流石に二回も無駄にはできない。どうぞ!と二人仲良く並びながら声まで揃った。
お待たせ致しましたと礼をし、温まったポットをワゴンごと持ってきた侍女達と共に、許可を得て護衛の衛兵や騎士達もまたずらずらと整列し入室する。ティペットやノアのことは話し終えた以上、護衛を外に置く理由もない。
互いに目配せをした姉妹はそこでテーブルへと正面を向けた。気持ち安らぐ香りの紅茶に、まだ手をつけていない甘い菓子。思い出したようにプライドは空腹まで覚えれば、先にティアラの腹から虫が鳴った。
「……お茶にしましょうか」
「!はいっ!!お姉様今日はお腹いっぱい食べちゃってくださいねっ!」
今夜夕食に喉が通るかも、そんな時間があるかも心配なティアラからの言葉にプライドもそこは頷き、小さく笑った。そうね、と言いながら最初にカップを手に取る。
心配顔のステイルが瞬間移動で姉妹のお茶会に登場するのは、それから一時間後のことだった。
「純粋培養すぎる聖女の逆行~闇堕ちしかけたけど死んだ仲間に会えて幸せなので今度は尊い彼らを最善最優先で…って思ったのになんで追いかけてくるんですか?!~ 」
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こちらは引き続き毎日20時更新連載中です。
略称は「ぴゅあ堕ち」になります。
是非、楽しんでいただけると嬉しいです。




