Ⅲ224.来襲侍女は照合する。
「いや〜実に惜しかった。流石の私でもあの特殊能力を演者として生かすには叶わなかった」
そう語る団長の言葉を聞きながら、私はゲームのノアを思い出し続けた。
あっさりと語られた先生の事情にステイル達が茫然とする中で、一つひとつ記憶の中のノア・シュバルツと照合させる。アーサー達には全てが初めての事実でも、私にとっては前世のゲームで一度把握した内容が多い。……つまりは、先生もゲームのノアと同じ人生を歩んでいるということになる。
先生と団長が初めて出会ったのは、ちょうどサーカス団が興行地の一つである、今私達のいるこの地らしい。偶然にも、……いやフリージア王国出身者となればある意味必然というべきだろう。
先生はフリージア王国を飛び出してから間も無く、裏稼業に襲われたらしい。命からがら逃げ出しはしたけれど、金目の物は全て奪われて路頭に迷っていた時に興行中のサーカス団に出会った。
お金もなく、ティペットを探し回るのが目的だった先生にとって各地を行脚するサーカス団は移動にも安全だし何より都合も良かった。
先生の特殊能力を知ったのも、下働きとして雇うことになった後らしい。団長が最初に明かされ、それから今では団員の殆どが先生の特殊能力も把握した上で演者ではないことも受け入れている。
「父親が薬師だったらしい。薬の素材調達から調合まで担っては各地へ売り歩いていたとかで、彼も子どもの頃から旅生活が身に染み付いていたのだろうな」
自分達にとっては野草でもそれを薬に調合できてしまうのは才能に他ならないと、力説する団長に今は半分しか口が笑えない。
お陰で街に降りても単なる薬の買い出しではなく、材料から買って調合するから安上がりだと聞いたところであの睡眠薬も先生のお手製だろうかというところにばかり思考が傾いてしまう。薬の効き目について、恐ろしく詳細だったもの。今思えば自分が調合したからこそあそこまで把握していたのだろう。
ゲームでも薬師だった父親とよく旅に出ていたとは語っていた。その中で父親の知識を得ていてもなんら不自然ではない。まさか演者になる前が医者だったなんて、ゲームでは本人も他の攻略対象者も誰も語っていなかった。
団長の提案でサーカス団専属の医療担当になったらしいし、その団長がいなくなったことをきっかけに色々なものが崩れてしまったのだろう。……ゲーム開始時の姿へ変貌するほどえげつない日々だ。
子どもの頃の先生とお父様は定期的に旅に出て、お母様と歳の離れた弟達は村で二人の帰りを待っていた。
「その村にいた少女こそがティペットだと、そう話していた。仲が良かったんだろう、彼が村に帰る度に両手を広げて迎えに来てくれたらしい」
まるで遠い御伽話のような語り口調の団長は、腕を組みながら感慨に耽るように笑んでいた。団長本人の昔話を聞いているような錯覚すらおぼえてしまうのは流石語り部のプロというべきだろうか。そしてこれもゲームのティペットとノアの設定と同じだ。
子どもの頃に住んでいた村で、ノアは父親の商売についていくことが多かった。村に帰る度、ティペットに会うのが心の癒しだったと語られていた。ティペットは両親はいなくて幼いながらに可愛い結婚の約束までして、お互いが一番の仲良しだった。このままずっと一緒にいるんだと信じて疑わなかった。
村の大半ごと彼女を失うまでは。
「なんでも何者かに拐われたらしい。若さ故に何もできなかったこと自分を責めたのだろう」
ある日父親と帰ったら村がなくなっていた。酷く荒らされ、燃えつきた村の残骸から逃れた村人の中に若い女性の姿は一人もなかった。母親は見逃されたけれど、若い女性は全員人身売買に連れて行かれた後だった。
ノアは一人でもティペットを取り返しに行こうとしたけれど、両親に止められ村の自警団に任すしかなくなった。
暫く経ってから騎士団により盗賊は見つかり捕えられた女性達も助け出されたけれど、戻ってこない女性も大勢いた。既に殺されたか国外に売られたのだろうと、それ以上の捜索は叶わなかった。
「彼女を探す為、単身で村を飛び出したという彼の情熱に私も両手を広げて答えることにした」
両親が止めなかったら自分は間に合ってティペットを助け出せたかもしれない。それなのにティペットのことを簡単に諦めようとする周りにノアの怒りは爆発した。村も両親も捨て、今度こそ彼女を助ける為に当てもなく飛び出した。彼にとっては村よりも家族よりも、彼女を救い出すことが一番だった。
「身を置く傍ら、きちんと医学書も読み込み学を付けた彼は今では我がケルメシアナサーカス団の誇る立派な医者だよ」
誇らしげに胸を張る団長へ当たり障りない一言を返しながら、表情筋の下で苦しくなる。
今までの話からもゲームの記憶と同じ中、そこだけが齟齬があるとは思えない。ならば流石の団長にも、そのあたりの事情は大分大まかに伏していたのだと知る。それでも、ティペットのことを語っただけで彼にとっては大きいだろう。
サーカス団に所属してからは、滞在の度に行く先々で医療品の買い出しを兼ねて街で彼女のことを人知れず調べて回っているとそう聞けばゲームのノアらしい行動だ。この街にも到着して間も無く奴隷市場に回って彼女を探し尋ねて回ったと。
彼にとっても安全に、そして定期的に移動するケルメシアナサーカスは絶好の所属先だったのだろう。……そう考えると、ゲームでもケルメシアナサーカスは移動型だったということだろうか。アレスルートでもティペットが誘拐されたから皆が取り戻しに戻っただけだし、サーカス団ごと追いかけてこなかったのは単純に追いかける為の移動時間短縮の為だったのかもしれない。
気付けばゲームと現実の照合から摺り合わせへと思考が変わっていく。団長の話を全て信じるとしても、どれも綺麗にゲームのノアと当てはまる。先生とノアがまだ微妙に別人のような感覚はあるけれど、あの性格はどう考えてもゲームのノアだ。
団長へステイルが細かくティペットの身体的特徴も確認すれば、当然のように私達が知るティペット・セトスと合致した。髪や色も、顔つきもきっと彼女は幼少から変わっていない。……そして。
「ああ、あと確か彼女も特殊能力者だとも聞いた。確か透明……だったか。自身や触れたものを透明にできるらしい。いや我がサーカス団にも是非欲しい才能だ」
もう、同一人物と判断しない方が無理がある。
ティペットの容姿を聞いても落ち着き払っていたエリック副隊長達もこれには息を飲む。特殊能力者自体希な中、更には特殊能力の中でも珍しい透過の特殊能力者なんて偶然であるわけがない。団長が暢気に「見つかった暁には是非とも共に」と続ける中でステイルが彼女についての詳細を追求したけれど、それ以上は団長ももう知らなかった。
あくまで先生がサーカス団に入団してからすぐの頃に打ち明けられた内容しか団長も知らない。他の古株の団員すら、先生が人捜しをしていることも隠されていたのだから
「他の団員にも尋ねましたが、誰もティペットのことも先生が探していることも知らないようでした。人捜しならば情報を何故共有しなかったのでしょうか」
「私も当時は先生にサーカス団全体で協力しようとも申し出た。しかし、彼自身が良しとしなかったのだよ」
ここに置いてもらうだけで充分、自分の探し人は自分が探す。どうかこのことは誰にも言わず、自分の過去には触れて欲しくないと。そう望む先生の意思を団長も尊重した。
唯一ラルクが知っていたのも、ティペットを探しているという情報だけ。彼が将来の自分の後継者だから、何かあった時の為にそれくらいは共有させておいて欲しいと団長が頼んで許可を得たらしい。……つまり、先生もラルクが団長の後継者とわかっていた上で今回のオリウィエル騒ぎも静観していたんだなぁと思うと、また先生の影にがっつりノアの冷たい性格が垣間見える。うん、あの人ティペット以外にはそういう人だった。
ゲームでも大事な時にちょこちょこ単独行動していることも多く団体行動にも非協力的だった人だ。やっぱり振り返ると、本当に騎士団の八番隊だなと思ってしまう。騎士のような戦闘力はほぼ皆無な人だし、彼の場合は個人主義というよりもただただ他人を信用できないことが大きいけれども。
団長以外に事情を知られたくなかったのも、ティペット探しに協力を仰がなかったのも、誰も信用しないという意思があったからだ。
大事なティペットを、村や信じていた両親までもが見捨てたと思った彼にとってはもう信じられるのはティペットだけだった。だからこそゲームでどのルートでも彼を動かすのはティペットの言動が大きく影響していた。同時に、……ティペットが別ルートに入ったところで彼女から離れて単独行動をするようになった。きっと彼女が自分以外の男性と一緒にいるのを見たくなかったからだろう。
どのルートでも、彼は一貫して彼女自身のことを第一に優先していた。逆に自分のルートに入ると長年の想いの反動と両思いになれた喜びを拗らせてヤンデレを加速させて大変遠慮無い人になるけれども。あれはあれで、ゲームでプレイする分には拗れた愛の形だ。実際に起きたら犯罪であることは言うまでも無い。
「それで、ティペットは見つかったのか?それともこれから探しにいくのか。私も先生の為ならば協力は惜しまないとも!」
一通りステイルとの質疑応答を終えてとうとう団長から本人にとって本題ともいえる疑問が投げられる。
両手を大きく広げて掲げ、今にも大捜索に出発する気満々の団長に口の中が苦くなる。ここまで協力的に事情説明してくれたから余計にだ。もともと団長は私達に先生が何かしら事情を話したから一連のことも知って尋ねていると思い込んでいる。
だまし討ちのようなことをして申し訳ないと思えば、勝手に肩も背中も丸まった。先生がやったことに団長の管理責任が皆無とは言えないけれど、それでも団長にずっと素顔を隠し続けていた先生が一枚上手だったことは否めない。
ちらりと視線を向ければ、ステイルも眉を垂らして一度深く息を吐いた。ハァァァ……と、音を漏らしてから「それなのですが……」と低い声で口火を切った。
「今は、先生〝が〟ジャンヌの誘拐監禁の現行犯で騎士に拘束されています」
単刀直入な報告に、直後に流石の団長も目をこぼれ落ちそうなほど大きく見開いた。
ぼとりと広げていた両手を落とし、二拍置いてから絶叫とも言える大声が放たれる。「なんだと?!!!」と、上機嫌時の倍量の声に私は両手で耳を塞いだ。
Ⅲ59-1
半年前もひと月前も半月前も




