Ⅲ222.来襲侍女は聞く。
「言ーいーまーせーん~」
………………。どうしたものか。
常温どころか低温くらいの温度感で声を放つ先生に、私は眉間を指で押さえてしまう。
全員からの厳しい眼差しも慣れたと言わんばかりに胸を突き出す様子はとても縛られて問い詰められている状況とは思えない。まるで万引きが見つかった常習犯くらいの開き直りぶりだ。
ハリソン副隊長のお怒りが一度落ち着いてから、まずは心配かけた皆からの質問に私が答えることから始まった。
どうやら私が眠っている間にも情報の齟齬が無いように、……というよりも被害者である私が言いにくいことを先に把握してくれようとしたのだろう。以前ジルベール宰相からも配慮してもらったことがあるけれど、遠回りに知れるならそれが一番だもの。
私からもなるべく詳細に先生に眠らされてから目が覚めたら真っ暗で……と、会話まで思い出せる限り皆に説明した。
流石にセドリックほど一語一句正確にとまではいかないけれど、それでも記憶力は良い方だからまぁまぁきちんと言えたと思う。あまりにもきちんと言い過ぎて、最後に先生がまさかの三日は監禁する気満々発言をしていたことまで話したら全員から怖い覇気が溢れて大変だった。先生からも聞いていたらしいけど、やっぱり被害者本人の口から聞くと違うらしい。
ステイルや近衛騎士達に、誘拐を未然に防げなかったことは改めてすごく謝られたけれど、むしろ経過時間を聞いてみればほんの数時間だった。私からも慌てて「犯人が先生だってわかったら落ち着いていられた」とそこからは怖い思いも大してせずに平静に対処できたことを主張したけれど、ほっとされるどころか逆に全員の顔を曇らせてしまった。
特に顔色が悪かったのが、カラム隊長とエリック副隊長だろうか。確かにまぁ、犯人が知り合いだろうと誰だろうと状況的に安心して良い状況ではなかったと反省はした。実際、先生がただの凶悪犯ではなく攻略対象者とわかったから安心できた部分もある。……それ以上に恐怖要素もそりゃあ混ざっていたけれども。
「ジャンヌへ私が犯したことならば包み隠さず白状しますが、ティペットのことについて無関係の貴方達に話すことはありません」
ノア・シュバルツ。今も目の前で憮然とした態度で言い切る彼は、ゲーム開始時には見事にティペット至上主義とも言える人物だった。といっても、全キャラクリアしたティペットが彼ルートに入らなければただの愛想も口数もないミステリアスな男性というキャラで、彼女への恋心も他ルートでは隠し通されたままだった。他キャラルートも含めて彼の出番の印象が殆どない。
最初のキャラ紹介ストーリーの時のは覚えているけれど、それ以降は彼ルート以外出番もなければ寧ろ肝心な時にすら居なかった印象すらある。
それはそうだ。彼はずっと大昔にティペットへの片思いを拗らせたキャラだったのだから。
ただ、ティペットが他ルートに行っても彼女と攻略対象者を助けることはあっても邪魔することはなかった。ゲームで彼のルートへいっても、ティペットが彼の真実を知るまではずっと初対面の他人のふりをし続けていた人だもの。
本人にだって自分との関係を言いたがらなかった人が、こんな数日知り合っただけの私達へ簡単に打ち明けてくれるわけもない。……といっても、ゲームと今の彼の状況はかなり違うけれども。そもそも彼がティペットに正体を隠したがっていた理由の一つは──
「無関係?ふざけるな。ティペット・セトスと俺達は無関係ではない。こうしてジャンヌに被害を与えている時点で、黙秘する権利などあると思うな」
「あります~。ジャンヌについてはもう十回は謝ったでしょう」
「十回で済むと思ンじゃねぇよ」
「はいはいどうぞお好きにボコボコにするなり自警団……じゃなくて衛兵でした衛兵に突き出すなり好きにしてください。良いですよ奴隷落ちになっても死なない限り逃げますから」
開き直るな、と。直後にはアラン隊長やカラム隊長、エリック副隊長からも同じ言葉が先生に掛けられた。
言及したステイルと厳しく言い返したアーサーにもけろりとした先生は、騎士三人からのお叱りにも全くへこたれない。あまりの反省の無さにハリソン副隊長からは殺気まで溢れて剣を握り出したから私の方が焦る。
みんな私が寝ている間にもう聞くだけ聞いた後だからか、ティペットについての聞き出しからは比較落ち着いているものの、やっぱりハリソン副隊長からすれば特に王族誘拐というだけで極刑ものなのだろう。いやそうなのだけれど!!
あまりにも開き直って喧嘩腰にすらなっている先生に、これはこれで大変な人だと改めて思う。
お願いだから黙秘するなら黙秘で黙っていて欲しい。今日まではずっと当たり障りのない物腰が柔らかい保健の先生的な人だったから、余計に今の印象が悪い。もともと裏家業だったヴァルや、当初は私に対して批判的だったジルベール宰相よりも反動が酷い。
更にはこちらの方がゲームの彼に圧倒的に近い。そして、……ゲームのジルベール宰相よりも全然姿が現状と違い過ぎた。
今の先生は群青の瞳に温かみのある灰色の髪を揺らめかせた若々しいゆるふわお兄さんだけれど、ゲームでは瞳の色以外は見事に別人だった。
髪の色はほとんどが白に褪せていた。元が灰色の髪というよりも灰色の髪束が白髪に混じっているような状態だ。更には髪も今みたいに肩の位置ではなくて、背中までがっつり伸びきっていて継ぎ接ぎ人形のように全身に傷痕が残っていた所為で、まるでフランケンシュタインだった。それでも神絵師の造形で美形に描かれていたからもあって人気は高い方だったみたいだけれども。
ヤンデレキャラだったことも含めて、むしろ第四作目では人気上位といえる。確か、…………逆にこのキャラのルートを知ったら他のキャラルートは苦痛というレビューもあったような。ああなんだかまた思い出してきた。
彼のゲームでの設定は大体が思い出せたお陰か、強制睡眠を取って頭がすっきりしたお陰か第四作目主人公であるティペットについてもまた少し思い出せてきた。むしろ彼女の方が鮮明に。
だって主人公は全キャラクリアする度にその過去も大まかに判明いしていたもの。ノア……先生とティペットの関係も今はわかる。ただ、あくまで私が思い出したのは前世のゲームの設定だ。
少なくともゲームではティペットの過去が明確には語られていない。悲しい過去、ということがわかるようにいくらか仄めかされただけだ。つまり、今の彼女の状況がゲームと同じなのかそれともゲームとは異なるのかも私にはわからない。もしゲームと違うのならば偶然か単なるバグか、……ゲームと違う選択を選んだ私の責任だ。
ゲームと実際の過去がどこまで同じか異なるのかはっきりするまでは、私も〝予知〟としてはどう言葉を変えてもこの場で発言できない。予知なのに実際と異なったら追い詰められるのは私だ。
ティペットの状況がわからない以上、その確信を得るまでは私も下手に彼の過去を口にはできない。攻略対象者ノアと主人公ティペットの関係は知っていても、現実の先生とティペット・セトスとの関係は当人達の口から知らなければ動きようがない。
「……もし貴方が教えてくださるのならば、私達もまたティペットについて答えられることには答えます。それでも言えませんか?」
「あれだけ聞いてまだ私に隠していることがあるんですか⁇」
思ったよりすぐに言葉が返ってきた。
じとりと温度の低い眼差しを向けられ、一応アレで彼にとっても聴き込んだつもりではあったのだなとこっそり思う。三日は監禁目安をしていたかのだから全く満足していないと思ったのに。
彼に話したのはティペットの現状と目撃情報が殆ど。私達の関係についても全て事実を話したわけではない。……言えば、間違いなく私達が恨まれるだろうとわかるから。
ゲームの彼と同じであれば、彼にとっては彼女を害する存在すべてが悪だ。ゲームでもルートに入る前から彼女へ無条件に手助けをそれとなくこなしていた。
「たとえば、……権力者にその特殊能力を利用されている状況、というのはどうでしょう?」
「ッフィリップのことですか⁇」
わかりやすく先生が早口で捲したてるように目を光らせる。
権力者、と言って最初にまさかステイルに矛先が向けられるとは思わずこれには私も目を丸くする。何故そこでステイルになるのか。
先生は冗談を言っているようには見えない真剣な眼差しを私とステイルへ向けている。「違う」と冷静にステイルが首を振ってから私も我に返って同じように首を振った。確かにステイルもある程度の商人ということは団長から団員も把握しているのだろうけども。
ならば誰がと眉に困惑を示す先生は、もしかすると私達がティペットを追っているか隠していると思っていたのか。だってこれだけ会いたがっているティペットの目撃情報を伝えても、探しに街へ降りるそぶりも見せなかったもの。
私達がティペットの話をしていたのも立ち聞きしたのが部分的ならそう誤解してもおかしくない。私を監禁し続けるつもりだったのも、彼女がいる場所をまだ知っていると思ったからだとすれば納得がいく。
「その人物の名は言えない。だが、ティペットがその男に与していることは間違いない事実だ」
「男?!!」
……本当に。ティペット関連になると急に反応が鋭くなる。
こちらはまた衝撃だったらしく、顎が外れそうなほど開いたまま先生は固まってしまった。権力者と言えば伝わると思ったのに、具体的に男性というのは聞き捨てならない。
「どういうことですか?!男だなんて聞いていませんよ」
「今言ったからな。あと一説によると世界の人口の半分は男だ」
あまりにも狼狽激しい先生にステイルの冷ややかな皮肉が重ねられる。
確かにその通りなのだけれどなかなか容赦ない。先生もイラリと一度ステイルを憎憎しげに睨んでから細く舌を打った。いつもの穏やかにこにこがべっきり剥がれてる。ご機嫌のジルベール宰相から今はヴァルくらいの人相の悪さだ。
「とにかく」と一度早口で言葉を切ると、またそっぽを向いた。
「彼女のことは話しません。私と彼女だけの大事な思い出です。何故それを貴方達なんかに。爪を剥がされようと何も話しませんよ」
ある意味こういう人だからこそ、ラスボスになったオリウィエルにもティペットとの詳しい関係は知られずに済んだというところだろうか。彼の特殊能力自体は恐らく洗脳されたラルク越しにバレたのだろうけれど、今も団員が知らないようにティペットという言葉自体、彼は団員の誰にも……
「おお〜い!戻ったぞ〜!!さぁ歓迎してくれ!喜べ今日は最高の甘〜い菓子付きだぞ!」
「ッマジで誰でも良いから全員来い!傷みやすい上に割れるこぼれるふざけんな!!」
……突然響き渡った声に、一変して空気が壊される。
団長とアレスの声の後には次々と追うような団員達のバタバタとした騒ぎ音が聞こえてきた。
動物確保してからまだ帰ってなかったのかと意外だったけれど、どうやら寄り道をしていたらしい。また何か無駄遣いしてたのかしらとちょっぴり呑気な気持ちになってしまう。私以外にもアーサー達も騒ぎの先に視線を軽く向ける中、途端にステイルが溜息を吐いた。
「……取り敢えず、このことは団長に報告しましょうか。〝ティペット〟について、もともと話を聞きたいとは思っていましたから」
「ッ待て!!卑怯です!団長は関係ないでしょう?!」
「ジャンヌを誘拐監禁したお前に言われたくはない」
もうサーカス団内で問題が起きた以上関係者だと、はっきり言い切るステイルを前に拘束されたまま手足をバタつかせようとするノアはギリリと歯を食いしばる音を漏らした。どうやら団長は何か知っているらしいとその顔色で予想する。
ステイルからもう少しこの場で休むか、それとも一緒に行くかを尋ねられ迷わず後者を選ぶ。途端にアーサーとエリック副隊長、アラン隊長そして温度感知の騎士も同行を決めてくれた。ヴァルも腰を上げたから付いてきてくれるつもりらしい。
ハリソン副隊長とそして団員が来た時の説明役でカラム隊長に先生の見張りを任せ、一度私達は医務室テントを後にした。背中から聞こえる先生の「待て」「卑怯者」という怒鳴り声を聞きながら
『こんな醜い姿で君には会えないと思ったからッ……』
攻略対象者ノアの苦しげな吐露場面が、脳裏に蘇った。




