Ⅲ221.騎士は出される。
「ちょっ、待ってくださいハリソンさん!!責は認めますが今、はッ」
直後、全て急所を狙うナイフが三本一度に放たれ、拾った剣で瞬時に弾く。自分のではない、ハリソンに投げられた方の剣だ。
八番隊として少し前までは奇襲も慣れていたアーサーも、剣そのものは投げられても避けられた。しかし避けた一瞬の隙を図ったかのように真正面から拳を打ち込まれ、防げても勢いのままテントの外に放り出された今は蹴り飛ばされたエリックと同じ、テントの外だ。
「エリック!!良いからハリソンのは絶対まともに受けるなよ?!!」
八番隊の奇襲に慣れてはいないエリックも、殺気を受け反射的に蹴りそのものは腕で防いだものの防具を身につけていない前腕は既にビリビリ痛んだ。
しかし、折檻そのものはされて仕方が無いと自覚もある分、今もハリソンに制止の声を上げない彼に、本人よりも前にアランがテントの内側から叫んだ。真面目なエリックの性格上、上官からの折檻をまともに受けかねないと理解した。しかし、普通の上官の折檻と、ハリソンの制裁はものが違う。本気で防ぐか避けないと、軽傷では済まない。
「ッドミニク達はそのまま見張れ!」
そう、温度感知の騎士とそして姿を消しているローランドにカラムが命じる。
自分とアランもまた、プライドからの傍を離れられない分、捲れ上がったテントの向こう側へ怒鳴るしかできないが、プライド一人に集中する分、ノアの見張りは二人に任せた。
ハリソンを取り押さえに動けないことを歯痒く思いながらもこの場を動けない。唖然としたままのプライドと、そして眼鏡の黒縁を押さえつけながらただ見つめるステイルからの制止の命令がなければ尚更だ。ヴァルもテントの端から欠伸をして眺める中、誰もハリソンを止められる者はいない。
「お前はなにをやっていたと聞いている」
「ッですから!先ほども御説明しました通りでッ………」
「それは聞いた」
カチャッとそこでハリソンが銃を抜いたところでアーサーも目を開き、飛び出す。こんなサーカスの真ん中で発砲されればそれこそ音で目立ってしまう。サーカス団全員が集まってきてしまうかもしれないと考えれば、撃たれる前に止めるしかないと手を伸ばす。
が、引き金を引かれることはもとよりなかった。予想通りに飛び込んできたアーサーへ鈍器として銃で殴りつければ、ほんの僅かだが本当に掠った。
ハリソンの鈍器に大きく身体を反らしアーサーが距離を取れば、今度はその銃の手でエリックへと肘打ちが放たれる。アーサーとも離れた距離にいたエリックも、高速の足の射程範囲内だ。
ガン、と今度はエリックの側頭部を捉え、寸前にエリックも今度は剣の柄で防ぎ返した。ハリソンが発砲しないのはアーサー同様安堵したが、それでもまだ痺れの残った右手で防いでも蹌踉けないようにするのが精一杯だった。しかしその堪える間も猶予は与えず、ハリソンの前足が真正面から打ち込まれた。直前に自分から後方に跳ねて威力を殺さなければ、骨が折れていた。
ハリソンが怒りを抱くのは、本来ならば誘拐など許す筈がない実力を持つアーサーとエリックの過失そのものに対してだ。近衛騎士という名の責任と、そして本来ならば一般人相手に誘拐など許さない筈の実力があると認めているからこそ腹立たしい。
「貴様もだ」と、たった一言ついでのように放たれたハリソンの言葉が、蹴りよりも重くエリックに打ち込まれる。
「ッ申し訳ありません……!!対象から離れた自分の責任です………」
「ハリソン!!いい加減にそれ以上やめろ!!!今は任務中だ!!」
馬鹿野郎と今にもハリソンに言いたい気持ちを抑え、アランが怒鳴る。
自分だって、決してエリックを甘やかす気はない。それでも叱るのも責めるのも、今では無い。最初の一発くらいはまだ仕方ないが、そこから戦闘にまで延長されては話は別だ。
更にはハリソンだからこそ折檻にしても余計状況は悪化する。何故ならばハリソンは
「貴様はなんの為にいる?」
圧倒的に、言葉が足りない。
ハリソン!!!と、今度はアランと共にカラムも声を荒げる。心が弱い人間であれば、折られかねないほどの冷ややかな声が低く響かされたことに、プライドまで思わず胸を押さえた。
しかしハリソンからすれば当然の言い分だった。説明を聞いた限り、言付けだけで彼女の言葉と判断してテント一枚分でも距離を取った。診察の為に退室まではまだわかる。しかし、その後にノアからの言付けだけでなく一言呼びかけ、彼女の意志を確認するべきだった。寝ていたのならどうせ意識がないのだからその時点で傍で見張ることもできた筈だと考える。
それをエリックが、一番隊副隊長を若くして任され一番隊の中でも頭が回る側の人間であるエリックが抜かったことが許せない。
そしてエリックもまた自覚があるからこそ、そこで言葉も出ない。
ここで怪我をして今後の任務にまで影響するわけにはいかないからこそアランの命令通り攻撃は防ぐが、そうでなければここでハリソンの気が済むまで殴られても仕方ないと思う。
あの時、自分は確かにプライドから着替え一つでも離れるのを躊躇ったのだから。ただそれを、もう一人の騎士であるアーサーが離れる意志を見せたから準じてしまった。近衛騎士の中でもプライドと親しく、短期間で騎士隊長にまでなった聖騎士がそうプライドに関して判断したなら正しいと、思ってしまった。
本来、あそこで騎士として経験上は先輩である自分が、今回だけは目を離さない方が良いと言うべきだったとハリソンの容赦ない拳を防ぎながら過る。
「ハリソン!せめて後にしろ!!少なくともエリックはお前の管轄ではない!!」
そうカラムからも再び制止を叫ぶ。
カラムもまた、エリックとアーサーに落ち度があることは否定しない。プライドが露出する為一度離れたこと自体は、護衛対象が女性だった場合決まった対応ではある。部屋というほどの密室ではない、布一枚隔てたテントの外に出ただけだ。
しかし、その後にプライドの様子を一度も確認しなかったことは間違い無く二人の落ち度でありハリソンが怒ることも納得できれば、…………アーサーとエリックという二人だからこその過ちだとも理解した。
二人は怯えたプライドを目の当たりにし、その彼女が自分の言葉では言えないほどに弱っていると判断してしまった。彼女を気遣うからこそ、たかが声かけ一つにも躊躇った。だが、だからこそ二人に言うべき指摘は「なんの為にそこにいる」ではないとカラムは思う。二人に今回言うべき落ち度は
〝護衛対象〟ではなく〝プライド〟へ言動を選んでしまったことによる過失だ。
─ 私とアランも、少し前であれば同じ過ちをしたかもしれない。
そう、自覚もある。アーサーもエリックも、プライドに気遣い過ぎた。手を抜いたのでは無い。むしろ誰よりも配慮をし過ぎた。もし同じ状況でも、護衛対象が他の女性であれば皮肉にもこんな事態にはならなかっただろうと考える。
「……………」
エリックは一番隊のアランの管轄だと、そうカラムからの言葉にハリソンもそこでナイフを止めた。
エリックに放とうと構えていたままに、アーサーへと手首の動きだけで標的を変え投げ放つ。アーサーならば文句はないのだろうと、むしろ騎士達が大勢いる本部で部下に仕置きされるよりも、騎士の人数も限られた今の方がアーサーにも都合も良い。まず、ここで咎めない選択肢がハリソンにはなかった。
放たれたナイフを剣で叩き落とすアーサーに飛び込み、蹴りを放つ。向きを間違えれば手の指骨を折っていた蹴りにアーサーも思わず歯を食い縛る。剣を握る手を的確に狙った前足はアーサーの握力を弱め、更にはくるりと体勢を変えたハリソンはその手ごと掴み上げたまま投げ飛ばした。
投げられた勢いとそして体重ごとこのまま捻られたままでは危ないと、アーサーもそこで一度剣を手放すしかなくなる。落とされた剣はそのままハリソンの手により空中で受け止められ、アーサーが両足で着地するよりも前に大きくその首目掛け横振りされた。
体勢を整える間もなく、腰から抜いたアーサーも歯噛みしながらその剣戟を己が剣で受ける。
ガキィンッ!と剣の打ち合いが響かされることに、銃声よりはマシだと思いつつ自分達の立ち位置からは戦闘姿が見えないローランドは姿を消したまま額を押さえた。
まさか、誘拐犯を置いて騎士同士で戦闘するなどと、これはこれで問題行動ではないのかと思う。
ハリソンが完全にアーサーに攻撃を絞ったところで、悪いとは思いつつアランは「来い!」とエリックの名と共に呼びつけた。
上官から命令に、剣を収め駆け足で駆け寄るエリックに、アランは表情は変えないまま頭の中だけでまたハリソンに怒る。せっかく護衛として集中が続いていたエリックが、今は完全に叱責を受ける前の顔色と険しさになってしまっていた。
アラン自身、エリックのこともアーサーのこともうっかりで済む話ではないことはわかっている。ほんの数分であろうとも、その間にプライドが無事であった保障も生きていた保障もないのだから。それは、騎士である自分達がなによりも恐れ、それを防ぐ為行動するべきだった。しかし今は
「ッッ集中!!!!責任は半分上官のもんだから今考えるな!!」
「!は、いッ……!」
バンッ!!とエリックの両肩を叩くかのように手を置き、掴み揺する。今すべき指示と事実だけでエリックをもう一度護衛の思考に引き戻した。
半分も、とただの慰めよりも自分の隊長であるアランが責任を負ってしまう発言に我に返り、直後に肩を揺らし姿勢を正した。
しまった、また護衛中に同じような間違いをするところだったと、遅れて気付きゾッと背筋が冷たくなる。「失礼しました!」と頭を下げてから、自分の頭を殴るように押さえつけ深呼吸を二度繰り返した。
エリックが一時的に持ち直したところで、ステイルは音に出さず静かに息を吐く。未だにハリソンからの折檻を受けている相棒を前に、今は双方を見逃した。他でもないアーサーがプライドから目を離したことには自分も憤りがある。
「あの…………ふぃ、フィリップ様?そろそろハリソン、さんを止めても………」
そして明らかに敢えて無言になっているステイルに、プライドもとうとうチラッと目を向け潜める声で前のめった。
しかし、王女である自分が待ったをかけていいかと意見を尋ねるプライドに、やはり無言のまま首を横に振る。この後、騎士団長に報告しなければならないことも考えればエリックもアーサーも処分は受ける。しかし、決して二人をプライドの近衛騎士からは外すわけにはいかない以上、ならばここはアーサーに今思い知らせるのも必要だと思う。
そして自分と同じくアーサーとエリックを庇いたがるだろうプライドにも……一点、思うところはある。彼女を誘拐から未然に守れなかったことも、すぐに駆けつけられなかったこともステイルは心から悔いるが、………………毒味を通さず、単独判断で水に口を付けた一点においては彼女の落ち度である。
─ アーサーもプライドも〝団員〟を信じ過ぎた。
酷い経験を立て続けにした今は責める時ではないと考えつつ、あとで必ずそこはプライドに釘を刺さなければならないとステイルは静かに自分の中で決めた。




