Ⅲ219.騎士隊長は聞き、
「ありがとうございます!じゃっそれも聞いてみます!」
あーープライド様の元に戻りてぇ……。
話を聞かせてくれた古株のエリオットさんに笑って手を振りながら、頭の中ではそればっかだ。カラムと別行動しながら、護衛対象に対してここまで思うのも本当プライド様にだけだなと自分で思う。
あの人に無理させねぇ為に聞き込み程度なんでもねぇけど、それとは別にマジであの場から離れたくはなかった。アーサーとエリック、それにローランドが羨ましい。
訓練所テントの人達にはあらかた古株も含めて聞き終わったし、荷車で作業してる方の人らに聞いて回ろうかなと思う。
カラムは個人テントや公演テントの方に聞き回っているし、ステイル様はラルクに許可を得て団長が戻ってくるまで団長テントの過去の記録とか漁ってる。当の本人である団長がさっさと帰ってきてくれりゃあ良いんだけど、まだアレスさんと一緒に街に降りたままだ。
ラルクから聞いた古株は俺の方で三人はもう全員ティペットのことは知らないって話だった。
人探ししてるような奴自体、サーカス団で聞いたことがない。探すならサーカスの敷地外にでも出てる筈だけど、下働きとか料理長とか先生とかあとは団長とアレスさんくらいで演者は滅多に出ない。料理長にはカラムが話聞いてるだろうけど、先生にも聞いてみねぇと。結構若い人だからラルクから古株と聞いたのは少し意外だった。
いっそ先生に聞くを理由に戻ろうかなと何度か思う。
「!アラン。そちらは聞き終えたか」
「おー、取り敢えず古株中心に他の人らにも聞いたぜ。どうだった?」
ちょうど横切るところだった公演テントから出てきたカラムに手を振る。
テントの中から「ちょっとぉ〜!」ってアンジェリカさんの声聞こえてきたから、さっきまで話聞いてたか断ったのかなと思う。カラムも大分懐かれたもんだけど、今はそれどころじゃないんだろう。プライド様のことが頭から離れないのはコイツも絶対同じだ。
カラムの方も、どうやら俺と同じ結果だったらしい。古株の人らから話は聞けたけど、人探ししてるような奴はいない。ラルクから聞いた名前以外他に古株の可能性もいない。
俺に気付く前から眉が寄っていたカラムは、今も顔が険しいままだ。前髪を指先で押さえながら早足に歩み寄ってくる。
「次は?」
「荷車。……先生にも聞くついでに医務室テント寄ってみねぇ?」
「…………そうだな」
一度口を結んだカラムがぐっと目を閉じたと思えば苦々しく返した。
いつもならこういう時、人探しを優先しろとか言うのに大分やっぱ気にしてたなと思う。当然だ、最後にみたプライド様があんな状況なんだから本当なら毎秒でも確認したいに決まってる。
フーー……と細長い息を吐き出すカラムは、やっぱ俺と同じだったんだなとわかる。
プライド様が遭遇したティペット。その関係者がここにいる。
アダムと同じフリージアの人間だけど、正体はアダム以上に謎のままだ。プライド様が関係者の顔思い出せりゃあ良いんだけど、一緒にサーカス団員として生活してて顔見知りになっても駄目ならよっぽど予知した時と顔が変わってるのかとも思う。……それとも敢えて隠してるのか。
いっそ聞きまわってる俺らへ襲ってきてくれりゃあ名乗り出るのと同じで楽なんだけど、ラルクに聞いた古株の面々を思い返してもあんまりそういう奴は少ない。ディルギアさんも違ったし。
早足で顔を覗かすくらいなら時間もかからない。
カラムもさっきドミニクとすれ違ったらしいし、なんならアイツが見回りから戻ってくるまで居るくらいは良いんじゃねぇかとまで思う。サーカス団の敷地内にティペットがいねぇと確認できるだけでも、あの人の血色は変わるだろう。
行くか、と歩く声を掛けてカラムの背中を一回叩く。走ろうと言うまでもなく、俺が地面を蹴るのとほとんど同時にカラムも駆け
─ようとして、悲鳴に襲われた。
キャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!と、急に。
さっきカラムに呼びかけていたのと同じ女性の声、アンジェリカさんだ。カラムも思いきり身体ごと振り返り、身構えた。俺も振り向きざまにカラムが潜ってきた入口の布を右手で勢いづけて捲り上げれば、アンジェリカさんだけじゃない団員が真っ青な顔でこっちに駆け込んでくるところだった。
半泣きのアンジェリカさんが俺とカラムに気付いて特攻してくる。両手を伸ばして「カラムカラム!!そこいたあああ!!!」と叫ぶアンジェリカさん達にカラムも虚を突かれたのかそのまま全員を受け止めた。一体何がと尋ねようとしたところで、……今度は絶対間違いない原因そのものがアンジェリカさんの言葉に反応するようにこっちに飛んできた。
アンジェリカさん達を文字通り飛び込え、俺らの方に直接襲いかかってくる影を捉える。反射的に剣を抜きそうになったのを止めれば、代わりに黒い影から溢れる殺気に身体が勝手に強張った。ハリソンだ。
公演テントからってことは、医務室テントの方から直線距離で突っ切ってきたのかと思う。
どうせ高速の特殊能力があるんだけ回り込んでも大差ねぇのにと、そう考える間にもギラリと光る紫色の眼光と目が合った。団員を追ってるのか俺らに斬りかかっているのかわからない勢いで飛び込んできたハリソンは、一度そこで速度を落とした。
ハリソンから逃げてきたんだろう団員を避け、俺らの正面から背後に回り込んでから足を止めたらしいハリソンからその勢いのままに短い風が後頭部に吹いた。久々に意図して背後を取られ、姿を視認できるようになったハリソンにまたアンジェリカさん達がさっきより野太い悲鳴を上げる。
俺らも振り返る中、完全に顔を向けるよりも先にハリソンの低く短い一言が俺らの耳に届いた。
「フィリップ様は」
「!?恐らく団長テントだ」
短い言葉に、最初に答えたのはカラムだ。
あくまでステイル様をフィリップ呼びするのは護りながら、団員達の前でも堂々と名指しで尋ねるハリソンに妙に胸騒ぎがする。もうアーサー達と合流したのは意外じゃねぇけど、なんで医務室テントじゃなくてこんなところにいんだ?
アンジェリカさん達がカラムや俺から今度は大きく仰け反り、ハリソンから逃げるようにまた公演テントの中へ駆け戻る。そうだ大体なんで騎士でもないサーカス団員にハリソンが見つかってるのかもおかしい。
普通に移動してるならあんな叫ばれねぇし、つまりは高速の足で突然さっきみたいに現れたんだろう。尋ねようとした理由は考えるのも難しくない。俺からもカラムに続いて一拍も置かずハリソンに口を動かす。
「ハリソンお前なんでフィリッ」
「緊急収集医務室テント急げ」
消えた。
俺が言い切るよりも先にうわ塗ったハリソンが、また短い風を残して高速の足で姿を消した。…………いや待て嘘だろ冗談だろ??
ほんの一秒すら長いくらい急激に手の平から首まで湿る。心臓が内側から小刻みに繰り返し叩いて鳴って、カラムの顔色を確認する余裕も無く地面を蹴った。大回りじゃない、ハリソンと同じように直線距離で公演テントを突っ切る為に入口を潜る。
あまりに一緒過ぎてカラムと一回肩が互いでぶつかった。それでも構わず引かずに肩がぶつかりながらも無理矢理中へと身体をねじ込み走る。途中でアンジェリカさん達の声が横からすぐに背後に流れていった。俺らの名前呼んで「今のなんだ」「いきなりアンタらとフィリップどこって」「あの黒髪の野郎に」「お前ら危ねぇだろ」といくつかバラバラ重なって聞こえても頭を通らない。
そんなことより今は、もっとヤバい。




