そして配備する。
「女王の名のもとに命じます。ティペット、もしくはアダム皇太子を発見次第捕らえなさい。我が愛しい子や王族に危害を加えるようであれば生死も問いません」
責任は私が取りましょう、と。大国の女王から正式に許可が下ろされる。
いくら属州国とはいえ、ラジヤ帝国の一部で独断で国の民を殺すことは国同士の政治にも響く大事でもある。しかし、相手は両国にとっても罰せられるべき大罪人。死んだと見なされるアダムが生きているというプライドの予知と、そしてフリージア王国の人間である筈のティペットがアダムに与し城内で多くの犠牲を出したことからもラジヤ帝国の隠蔽も疑われる。
たとえ殺しても、ラジヤに責められることはあろうともこちらが全てにおいて勝利する。もともと奪還戦を起こし和平反故を犯したのはラジヤ帝国、その責任を取り本来処刑されるべきだったアダムとティペットが生きていたことをローザもヴェストもそのまま見逃すわけがなかった。
本来ならばフリージアもしくはラジヤでの公開処刑が妥当だ。
そして生死の判断を女王から直々に受けることは、騎士団にも大きい。それだけでできることも変わる。殺すよりも捕縛の方が遙かに難しいのだから。
明確な、フリージア王国そのものからのアダム、ティペット両名への殺意が示される。
「二度とあの子を失うわけにはいきません」
威厳を持って響かされる声に、騎士達全体から一声が放たれる。
女王からの強い命令に、騎士団長であるロデリックも今度は膝を折り傅いた。「仰せのままに」と、命令に準じる意思を示せば、ローザもゆっくりと息を吸い上げる。女王としての佇まいに顎を引き、白く長い腕を伸ばし続けて命じる。
ティペット捜索隊の許可、今散らばっているとされる王族二名の捜索と護衛の増加、プライドの元へ一箇所に集めるかもしくは宿まで警護せよと。異国の王子であるレオンもまたアネモネの宿への護衛もそこに含まれた。
「アネモネには私の口から事情も伝えましょう。ただちに通信兵をレオン王子の宿泊する宿にいる代表者と、そして私の部屋に寄越しなさい」
書状や騎士伝ではなく、レオンの保護と護衛も女王の口添えを自ら許す。
フリージア王国の隣国であり同盟国であるアネモネ王国とは、ローザの代からは特に親交を深めている。今、レオンの宿泊している宿には他に王族はいないが、友好的関係であるフリージア王国の女王からの言葉であれば、たとえアネモネの騎士団長であろうとも無碍にはできない。
フリージアの騎士がアネモネの王子を一時的に護衛保護する許可も難しくはない。
承知致しましたと、張りのある声で返すロデリックもやはり事態をローザも深刻に受け止めていることは確認する。まだアダムの存在はどこにも仄めかされていないが、ティペット一人の存在で状況は一転した。
「陛下、ステイル第一王子殿下方はいかが致しましょう。現状はご帰還の意思は見えません」
「……。そうですね。だからこその〝派遣依頼〟でしょうから」
ロデリックからの問いに、ローザも数秒口を閉ざしてから答えた。
本来であれば派遣ではなく、送迎依頼を行われるべき状況だ。危険人物に遭遇したからただちに大勢の護衛を連れて宿に戻りたいと、その為に騎士を向かわせるのが当然の流れだ。しかし、両者のカードにはどちらにもその記載はなくそしてロデリックもローザもステイルの特殊能力は知っている。
たとえ今は潜伏地で、ティペットに正体を探られ監視されていたとしても、ここで潜入捜査を終えるつもりであれば瞬間移動すれば良いだけだ。プライドと共に、安全が保証されるこの宿にでも、そしてフリージア王国の城にも一瞬で帰ることができる。それを敢えてしないのは、カードに記載こそされないもののステイルとプライドのもう一つの意思表示に他ならなかった。
恐らくはプライドの意思、それにステイルが準じた結果だろうと。この場で言葉にはせずともロデリックとヴェストは理解する。
ステイル本人だけの意思でプライドをその場に留まらせているとは考えにくい。そして、プライドの傍に今アランかカラムがいるのならば二人からも苦言があっておかしくない筈だとロデリックは信用する。その上で、彼らさえ押さえてまだ帰還や撤退ができない理由がサーカス団にあるのだと。
それこそが、カードにもまだ報されていないもう一つの緊急事態だと、王国騎士団長は予測する。
「……ステイルの元へ護衛とは別に騎士を派遣しなさい。報告を受け次第、私にも即刻知らせなさい」
私もヴェストと共に部屋に待機します。と、危険人物に備えることを女王が告げ踵を返せば、ヴェストも応じるように頷きその背に続いた。ステイルのカードが届いてから目の色を変えて部屋から飛びだした時は、まさかこのまま騎士団の作戦会議室代わりの広間にローザも居座る気かとも危惧したが、そうではないことに一人安堵する。今は女王として威厳を保っている彼女が、カードの内容を目にした瞬間口を両手で覆い顔を蒼白にさせたことを知っているのは補佐であるヴェストだけだ。
ティペット・セトスは〝たかが〟ラジヤの女刺客ではない。フリージア王国でも珍しい特殊能力を所持し、国の重要人物を複数人危害を加えた人間だ。もしラジヤに命じられてプライドやステイル、フリージア王国の王族を追ってきたのであればと、想定が増えれば増えるほど危険は今も肌一枚向こうで刃を構えている。
女王の退室に、騎士全員が頭を下げ見送った。彼女が広間から完全に姿を消した瞬間、爆発的に騒ぎは更に大きくなる。駆けつけた騎士達も女王の後になだれ込むように広間に集い、情報の共有をと声を上げては騎士団長の指示を仰ぎ行動する。
「ヴェスト。今すぐにブライスを呼び寄せなさい」
「ここに来るまでに手配しております、姉君。もう部屋の前に待機している頃でしょう」
近衛の交代時間まで自室で休息を取っているであろうもう一人の近衛騎士の名を挙げたローザに、ヴェストも落ち着いた声で返す。
ローザが広間に向かった時点で、部屋の前に控えていた衛兵に呼び出しは命じていた。すぐ傍で行ったというのに気付いていなかったらしいローザに、やはり平静を取り繕っていても動転していたらしいとヴェストは察する。
きゅっと唇を結ぶローザもそれを察せられてしまったであろうことを理解しつつ、今は黙した。大勢の騎士が行き交うここで、今自分は〝女王〟だ。
自室へ向かい歩きながら、降ろした手が拳を作ってしまいそうなのを堪える。あくまで女王として冷静に、悠然に構えなければならない。
「……ケネス。この後私の部屋に入ることを許しましょう。温度感知の特殊能力者として目を光らせ、そして近衛騎士として私達を護りなさい」
はっ!!と、振りかえられたケネスは響く太い声を張った。
背中に剣でも差したかのように垂直に伸ばし、汗で湿った腕を背中に組む。今まで、近衛騎士発足から女王の私室となる場所には近衛騎士も入ることはなかった。城では有事の際しか呼び出されない近衛騎士は、今回の視察でも部屋の前で控えるのみ。国の重要機密が扱われる女王の部屋には近衛騎士も入ることが許されなかった。
しかし今の緊急事態に、ローザもまた自分の身を守る為にケネスを部屋に許すことにする。共に業務を行うヴェストも部屋にそのまま呼び込み、今は騎士から新たな情報を得るまで待機する。
重要情報も一時敵に隠し、ティペットが忍び込もうと何も得させはしないことを徹底する。近衛騎士の目が一人でもある限り、女王として振る舞わなければならないローザにとって娘達の安否を表に出せないことは苦しいが、そう言っていられる状況ではない。
「扉の前には引き続きノーマンと、そしてブライスに。ローランドを連れ戻す必要はありません」
代わりに他の騎士も複数警備に当てられるだろうと、ロデリックの手腕を信用しつつも言葉でもヴェストを通し命じる。
女王の命令を背後で聞いていたノーマンも喉が急激に渇くのを感じながら、一声応じ返した。部屋から出てきてから全く動じず悠然と構えるこの女性こそが、プライドの母親であるこの国の女王なのだと改めて思い知る。
今はプライド達のもとに居る筈のローランドだが、後で詳細に情報を聞くにも都合が良いとローザは思う。宿で最も豪奢で分厚い扉に辿り着けば、ブライスが姿勢を正しそこに控えていた。仮眠中に叩き起こされたとは思えない引き締まった顔で女王に礼をする近衛騎士が、そのままノーマンと共に扉を開いた。
ローザが大きく開かれた扉の向こうへ姿を消す時には、広間で騎士団長による命令が騎士全体に統一された。
二番隊は各小班に分かれ、ティペットの捜索と確保。
三番隊は小隊に分かれ宿の警備、ハリソンが最後に告げた市場にいるだろうレオン、そしてセドリックの捜索と保護。
九番隊は各班に分かれ、二番隊と三番隊の補助。
迅速に散っていく騎士達の足音を遠く聴きながら、ローザはカーテンの綴じた窓の向こうへ視線を投げた。
本音であれば九番隊全騎士をプライド達の護衛と送迎に向かわせたいと欲求に駆られながら、今は黙して事態が動くのを待った。




