そして留まる。
「視ました……。その人物は、彼女を見つける為に長い年月サーカス団に己は所属していたと語っていました」
ケルメシアナサーカス団で。
……現実の、ティペットの素顔を私は見てはいない。けれど、アレスやラルクそしてオリウィエルの顔を見る限り今から更に十年後にゲーム開始するとは思えない。つまりもう現時点で十年のどこかの筈だ。理由とか経過とか細かいことはまだ思い出せないけれど、恐らくはサーカス団だし人に会う機会が多いからとかだろうか。
とにかく十年もサーカスに所属歴のある人ならば今もいる筈だ。彼はきっと、ここに今もいる。私が気付けなかっただけだ。
沈黙を続けてしまう私に、アラン隊長達も目配せし合う。具体的に十年と言ってしまうと逆算で予知に齟齬が出てしまうかもしれないから言えないけれど〝予知〟と言った時点で絶対だ。
長い年月ここにいるのなら、と皆も考えてくれているのだろう。絶対撤退の空気が僅かにでも揺るんだここで、私もベッドから静かに降りて立つ。「ですから」と繋げ、もう平気だと態度で示す。大丈夫、これから探すのはティペットではなく、その関係者だ。
「……おッ話、しはわかりました……!!」
苦しそうにまた詰まりながらステイルが声を漏らす。「仰りたいことは」と本当は言いたかったのだろうか。
やっとカードを書き終えたらしく、ぐっと拳を握り丸まった背中を伸ばしたところだった。ペンを懐に戻さず聞き手に強く握りしめたままこちらへ身体ごと振りかえる。眉間に険しく皺が寄ったまま、歯を食い縛ったステイルはまるで目の前にもうティペットがいるかのようだった。拳を振るうのを我慢しているようにも見える。
「ただちに改めて団員への調査を行うことも、そして貴方が直接その目と耳で確認する必要性も尊重します……!!た、だ、し」
ギラッと漆黒の目が鋭くなる。
声こそテントの中だから私同様抑えて潜めた声だけど、わなわなと肩まで震えている。顔にも熱が入ってじわりと赤いステイルは殺気も滲んでいた。
一先ず強制的に宿へ回収されないことにこっそり胸をなで下ろしつつステイルから私も目を離さない。彼もきちんと私の意見を汲み取ってくれるのだからこの続きに今度は私が向き合わないといけない。
ステイルの言葉に、この場の全員が聞き入るように息の音も消している。肩ごと一呼吸置いたステイルは、今度ははっきりと声を張る。殺気のこもった眼光が少しだけ落ち着き、殺気の代わりに今度はちょっとヴェスト叔父様に似た眼差しだ。
「ジャンヌ。貴方はここで引き続きアーサーとエリックさん、ヴァルと待機していてください。体調も心配ですし、この件は貴方が自ら足を動かすことが必須ではありません」
「えっ……でも、私が確認しないと本人かの判断が……」
「問題ありません。この件はサーカス団員の誰も、それこそ〝捜査対象本人〟も隠す必要はないことですから」
あっ。と、今度は私が声を漏らす。遅れて片手で口を覆いながら、視線が宙に浮く。そうだった、と今更ながらに気がついた。
間の抜けた声を出してしまった私に、ステイルも気付いてくれましたかといわんばかりに肩を脱力させた。今まで〝予知〟の言葉を使う攻略対象者捜しは予知をした私が直接確認しないとわからないが大前提だったけれど、今回はいつもと条件が違うと今更気付く。
大きく開いてしまった目だけを動かし周囲を見回せば、カラム隊長にアラン隊長、ローランド、次に首ごと回してみればアーサーとエリック副隊長、まさかのヴァルまでステイルへ同意の顔だった。どうやら気付かず先走ってしまっていたのは私だけらしい。
「宜しいですか?」とステイルが言葉を選んで解説を始めてくれれば、私も聞く体勢に向き直りながら肩肌を狭めて首をすぼめてしまう。
「ジャンヌの仰る通りならば、探しているのでしょう?その人物は、彼女を。ならば情報が欲しいという点で俺達とも利害が一致します。大声で訪ね歩けば自分から来てくれても良いくらいです」
声を潜めつつ、ティペットも予知の言葉も伏せて説くステイルの言葉に私も黙したままうんうん頷く。
我が国としては危険人物でもあるティペットだけど、探しているのはあくまで過去の関係者だ。そして、彼もティペットを探しているのならば隠す必要もない。私達がティペットを知っていますか、と正直に尋ねたところでいいえとは言わないだろう。むしろこちらに彼女の情報をくれと尋ねてきてもおかしくない。
「団員の数は多いですが、俺達だけでも充分一日で尋ねきれます。どういう関係なのかは警戒すべきですが、……襲われることも考えればやはり貴方はここにいるべきです」
「俺らは襲われてもむしろ大歓迎なんで!!」
眼鏡の黒縁に指で位置を直しながら告げるステイルに、今度はアラン隊長が明るい声で胸を叩いた。すかさずカラム隊長に「歓迎するな」と一言指摘されたけれど、今はその明るい声で言って貰えるのがすごく心強い。
それに……彼の詳細はさておき、攻略対象者と知っている私もわかっている。彼もまたアレス達と同じ善人だと。
敵キャラですらない人物なら襲ってくるような危険性は薄いだろう。万が一があっても、騎士のアラン隊長、カラム隊長、そして本人も強いけどローランドにも守られるステイルなら心配はない。
目ぼしい人物が見つかったらここに連れてきます、と言ってくれるステイルに私も自然にすとんとまたベッドにお尻がついた。ステイル達にばかり働かせるのは悪いけれど、確かにそれが一番安心だとも理解する。むしろ私ばかりが頭がいっぱいいっぱいで気付いていなかったのが遅れて恥ずかしくなってくる。前世の記憶とゲームの設定で自分でも落ち着いたつもりでもまだこんがらがっていた。
「そうですね」と今度はエリック副隊長がベッド際から足を降ろして座る私の後方から隣へと位置を変えて柔らかな表情を向けてくれる。
「もう少し待てば応援も、それにハリソンさんも合流してくれるでしょうから。そうすれば今より更に安全は約束されます」
「俺、もそう思います……!!ジャンヌ、さんはここで休んでましょう!昨日も色々あってお疲れですし……!」
エリック副隊長に続いてアーサーも私の反対隣に並びながら目を合わせてくれた。強い眼差しで蒼の目を光らせるアーサーだけど、今は全く怖い目じゃない。守ってくれるという意思のこもった、笑んでいるエリック副隊長と同じ優しい目だ。
わかりました……。と、私も彼らに押されるようにそこで声が出た。変に気が抜けてしまったからか小さいへろへろ声で、それでも全員がほっと息を吐いてくれるのが聞こえた。やっぱり皆私の方を心配してくれていたらしい。……さっきまでベッドに座り込んでいたものね。
「では……よろしくお願いします……。何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「それは俺達の台詞ですが。……合図だって躊躇わないでください」
良いですね?と、釘を刺すステイルに私もすぐに応えた。まさかの逆に言い返されてしまって少しだけ笑ってしまう。
温度感知の特殊能力者と、そしてハリソン副隊長が来る。そしてステイル達が手分けして聞き込みをしてティペットの関係者を見つけるまで、暫く私はこのまま医務室で待機させてもらうことにする。
早速聞き込みの為にテントから出て行くステイルやカラム隊長、アラン隊長そして姿を消すローランドに、挨拶を返しながらも少し胸がざわついたけれどなんとか笑って見送った。
ちゃんとこの場にも騎士もヴァルもいてくれるし、更に応援が来ればまた大所帯だ。それまではここで待てば良い。
ステイル達と入れ替わりに戻ってきた……というか申し訳ないことにずっと待たされてたのだろう先生は間違いなく冷め切った元白湯を手に早速簡単な診察だけしようと言ってくれた。
アラン隊長達がいなくなった途端、また子どもみたいに言葉が固くなってしまった私の代わりにアーサーとエリック副隊長がやり取りをしてくれ、私は常温よりほんのり熱のある水を口に含む。喉を潤せば、自分でも思ったより喉がカラカラだったと気付く。
今はまだ、彼らを信じて待つことに腰を落ち着けて徹することにした。
………………この時は。
本日2話更新分、次の更新は金曜日です。
よろしくお願いします。
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