Ⅲ209.来襲侍女は相談し、
「彼を、私はこのサーカス団から探し出したいと思っています。……その為にも宿にはまだ戻れません」
私の言葉に、すぐにはステイル達も言葉が出ないようだった。
当然だ。もともとこの地に訪れたのは我が国の民が奴隷として扱われるからその救出に来ただけ。ティペットと出会うのも想定外であれば、その彼女がサーカス団とも関係するなんておかしいと思うに決まっている。
けれど、ここまで予知で断言しないときっと調査することも難しい。やっと新たに思い出せた攻略対象者の手がかりを無駄にはできない。
ラスボスであるオリウィエルはなんとか暴走前に手は打てたと思いたいけれど、この前後にどんな悲劇が攻略対象者に与えられているかはまだわからない。
ラスボスプライドの影響ならまだしも、ネイトやラルクみたいにラスボスの関係ない場所でも苦しんでいる可能性だって多いにある。せっかく今こうして正体を伏せてサーカス団に顔パスで調査できる状況で、また今度なんてできない。一人攻略対象者を思い出せばそこからまた新たな攻略対象者の記憶を思い出せるかもしれないのに、この地に訪れることができるのがいつかもわからない。
そして、私にとっての攻略対象者だけではない。今回のゲームの設定はステイル達にも……母上達にだって聞き捨てならないに決まっている。ティペットの情報を私達はまだ殆ど得ていないのだから。
わかっているのは彼女の名前と容姿、そして特殊能力者を持つ元我が国の民ということ。側室として式典にも現れたという彼女が、アダムの部下であるということしか判明していない。
フリージア王国出身ということ以外、故郷も不明の彼女の過去関係者を得られたら大きい。彼女という要注視人物を把握する上でも、過去の証言ほど有力な情報も少ない。
だからこそ、彼女の関係者を思い出せる可能性がある私を無理には帰還させない筈だ。少なくとも私が望む限りは、きっと。
「それも、報告は先にさせ……します。良いですねジャンヌ」
勿論です。と、侍女への言葉遣いに気を遣いながらも歯切れの悪いステイルに私からも肯定する。ティペットのことだけじゃない、予知が関わるなら母上に報告しないといけない。
またカードを取り出したステイルは、眉間に皺が刻まれた苦悶といっていい表情だった。せっかくオリウィエルの件が片付いた翌日にこんな立て続けてで戸惑うのも無理もない。
母上にだろう、送る前のペンも今回は握った時点から微弱に震えていた。アラン隊長達に送った時みたいな殴り書きができないのもそうだろうけれど、カードを睨むように視線を向けながらなかなか最初の一文字もすぐにペンを走らすことが難しそうだった。苛立ちからかじわりと黒い覇気のようなものが彼を取り巻いた。
ステイルに続き、今度はカラム隊長が挙手をする。低い位置に手を上げて、発言の許可を求める彼に目を合わせれば真剣な赤茶の視線が返ってきた。
「探すと仰られますが……既に団員となった我々はサーカス団員全員と接触しています。ジャンヌさんの記憶の中には思い当たる者はいないのでしょうか」
ぐっ、とこれには私も一度口を結んでしまう。その通りだ。
アラン隊長、そしてローランドも確かにと言わんばかりに眉を上げ、エリック副隊長とアーサーの方向からも喉を鳴らす音が聞こえた。流石カラム隊長指摘が鋭い。
私はもう、このサーカス団に短い間だけれど所属した。その間に多かれ少なかれしっかりと団員の人達と顔を合わせている。……特にゲーム的にも攻略対象者として可能性が高い演者。彼らについては、舞台裏でがっつり前のめりに見ていたくらいだ。
そりゃあ人によってはアレスみたいに顔隠したりラルクみたいに仮面や厚めに化粧していたりで本来の顔と違う人はいるけれど、それでもゲームと丸々そっくりだったら少しは引っかかったと思う。可能性の低い下働きの団員達にもお世話になったし、全員と夕食会だってがっつりやっている。
それとも私達がきちんと把握していないだけで、みんなで飲んで歌えやしている間もこっそり他の仕事をしているような人なのか。……でも、あの団長がみんなの飲み会の席に引き摺ってこないのは想像しにくい。引きこもっているというのもオリウィエルだけだったらしいし、まさか人知れず監禁されているわけでもないだろう。そんな扱いされている人がいないかは最初にアラン隊長とカラム隊長が調査してくれている。
つまり、ある程度私達はここを調べ尽くした後だ。
だから今回だってローランドを連れたステイルは団長から話しを聞く為に、アラン隊長とカラム隊長も団員から過去の団員やサーカス団についての話を聞く為に訪れていた。
サーカス団内の調査はもう終わったことだ。
私だってもうアレスとラルク以外攻略対象者はいないと思っていた。他の攻略対象者はまだサーカス団に所属する前なのだと、だからオリウィエルを止められた今は最悪の事態は免れた筈と一区切りはつけた上で今もどこかで奴隷かもしれない彼らを捜索していた。
こうやって思い返しても、悪知恵働くラスボスチートの頭でも団員達に攻略対象者と思える人はいない。セドリックほどの記憶力はなくても私だって記憶力は良い方だ。特にサーカス団には潜入してからずっと攻略対象者らしき人はいないかと下働きの人から演者まで全員注意深くみていたつもりだ。そして、……今もまだそれらしい人は照合できない。
いいえ……と、カラム隊長に言葉を返しながらも口の中が苦くなる。ここに居るはずと言いながら、自分が見つけたいと言いながら既に手は尽くされた後だ。
「ですが、……いる筈なのです。もう一度ちゃんと一人一人と顔を合わせて話せば、……声を聞いたら思い出すかもしれませんし」
「声、ですか??」
今度はアーサーからも一声上げられる。それにまた唇を絞ってしまう。
自分でも言い訳めいていると思う。けれど、予知の感覚も彼らにはわからないだろうしこの言い訳が精一杯だった。実際、予知した記憶はフラッシュバックみたいに何かをきっかけに明確になる場合もあった。もしこれが本当に予知で、ティアラみたいに皆に見せることができれば文殊の知恵も得られたけれどそれは不可能だ。
今更声なんかでと思うだろうアーサーへ向け、潜めた声で「もちろんまだ思い出せませんが」と付け足す。声どころか、具体的に何年後にゲームスタートかも思い出せない。ゲームでは確かアレスが二十……といくつだった気がするけれど、正直ゲームの設定として見ただけでストーリーの中でアレスが自分の年齢を名乗った場面は記憶の中ではない。奴隷だった彼じゃ、自分の正確な年齢を把握しているかわからない。ゲームの設定の年齢数字がアレスの実年齢なのかアレスの自称年齢かなのかなんてゲーム製作サイドに聞かないとわかるわけもない!!
ラスボスのオリウィエルなんて設定上では年齢不詳だ。ラスボスプライドだって主人公の姉として二つ上と紹介されたり、二年前の十六歳の時にレオンと婚約っていうストーリーの中で年齢がわかっただけだ。第二作目は学園物だから年齢も言わずもがな!!誰も嫌われ役なラスボスの年齢なんて気にしない。
それに、もう一度注意深く話せば何か気付ける筈……正確には、今このサーカス団の中に彼がいる筈というのは確信に近かった。彼らにも告げるべく抑えた声を意識し〝予知〟の言葉は使わず意識し口を開く。
ティペットの記憶と共に思い出した、四人中一人の攻略対象者。姿は思い出せなくとも、ティペット繋がりで思い出した設定。彼はゲーム開始までティペットを
〝十年間〟探し続けた人なのだから。
「視ました……。その人物は、彼女を見つける為に長い年月サーカス団に己は所属していたと語っていました」




