Ⅲ208.騎士隊長達は知り、
「……では、過去に奴隷だった団員も特に決まった場所や手段で勧誘されたわけではないということでしょうか」
「あー、言えませんか?じゃ~、!フリージア出身者、今まで合わせて何人くらいとかは言えます??」
撤去作業の進む公演テント。
昨日の公演後から撤収作業を行ったテント内は、今は更に作業が進んでいた。単純に客を迎える為に出した用具の片付けだけではない、次の移動直前までに必要ではない用具以外は全ての撤去を進めていた。
観客用の客席も、柵も段差も全て解体され荷馬車に仕舞われる。いつ団長がまた「今日出発だ」と言い出しても平気なように、そしていつ「やっぱり公演するぞ!」と言っても断れる為の自衛策としてもサーカス団には必要な業務だ。
休日ということもあり、昼が近くなってから主に下働き達の手によりゆっくり気長に行われた。公演の為の設営が急遽猶予なかった分、撤去は欠伸混じりに時間を掛ける。演者も手伝うことはあるが、大概は公演後の疲弊した彼らは黙認で免除されている。
そんな中、アランとカラムは撤去作業を手伝いながら下働き達や居合わせた団員に聞き込みを続けていた。サーカス団を抜けたとはいえ、面倒な力仕事を手伝う彼らからの問いに団員も無碍にはしない。仲間やその過去を安売りすることはできないが、一度仲間になった相手である分に多少口も開きやすくなっていた。数人で運ぶ器材を軽々と一人で運ぶアランとカラムと並びながら「そうだなぁ」と声を漏らす。
基本的にサーカス団での団員の過去については互いに詮索しない、口外しない。サーカス団に所属した時点で新たな人間として生まれ変わったも同然だという団長の方針は、団員全員が理解している。その為、出身などそもそも互いに尋ねない。そして知ったとしてもそれは当人同士の胸の内に収める。
アランとカラムにそれぞれ尋ねられる下働き達も、立場こそ低いがサーカス団に所属している年数が長い者もいる。知っている者も知らない者もその差は激しい。
「自分から売り込みにくる奴もいるけど……知る限り、奴隷だった奴が売り込みに来たことはねぇなぁ。手段って言うか……基本的には団長が拾ってくる」
「奴隷側からすればサーカスがピンとこねぇ奴もいるし、わかってても見世物にされる気が俺もしたしなぁ。手段も場所も共通点の有無なんか団長しか……でも、買ってまで勧誘したのは一人くらいじゃねぇか?売られる前に引っ張り込むことはたまにあるけどよ」
「うちずっと貧乏だしな」
カラムに尋ねられた下働き達は三人で大道具を運びながら暢気に笑う。
軽い調子で答えるが、団長が買ってまでという一人について具体的な名を言おうとはしない。
アレスのことだろうと、アランからの聞き込み情報からも照らし合わせ理解したカラムだが敢えて確認せずに飲み込んだ。アレスが買われたと聞いた時は、他の団員にもそういった者がいるのだろうかと考えたがやはりアレスは特殊能力者だから別枠だったのだろうかと考える。
以前に特殊能力者の演者を欲していたという話も思い返せば、金を出してでもアレスが欲しかったということも納得できる。特殊能力者の国として知られているフリージア王国でも実際は特殊能力者自体希有な存在だ。そして今実際、氷の特殊能力を持つアレスはサーカス団で魔術師として活躍している。
自分が潜入した際も怪力の特殊能力をどう上手く魅せ、仕掛けがあるようにするかと考える団長は実に楽しそうだったと思う。自国でも一部には「化け物」と誹られる特殊能力者だが、少なくともこのサーカス団ではそういう気配はない。フリージアの騎士という正体を知らせていた自分はともかく、一年前から団員であるアレスも悪い扱いは受けておらずむしろ彼本人も慕っているのを鑑みる。
続けてカラムから「拾うとは具体的に?」と尋ねれば、道端や裏通りに行き倒れと団員達も過去の新入りを思い返して語り出す。古株ほどそういう過去は謎めいているが、後から入ってくる団員ならば大概決まっていた。カラムが順調に聞き込みを続ける横で、アランもまた他の団員と肩を並べ聞き込み自体は同じく順調だった。
「フリージアな~こう言っちゃ悪いけど、ぶっちゃけそこの出身者なんていても殆どは元奴隷だな。相当な理由でもねぇと治安クソな場所にはこねぇだろ」
「うちは治安悪いところも渡り歩いてきてるから。俺がもう五年くらいいるけど……出て行った奴含めたら十人はいるんじゃないか?」
「ま、もっといるかもな。顔でフリージアかどうかなんてわからないしよ」
「フリージア出身ってうちに来ても隠したがる奴いるだろうからなぁ。……団長から下手に特殊能力期待されるの目に見えてるし」
ユミルも当時気にしてた、と。アランへ苦笑まじりになる下働き達もまた、協力的に言葉は返す。
自分達もまた隠すとは別にフリージアが全員で何人かまでの把握はしていない。目立つ特殊能力であれば嫌でもわかるが、そうでなければただの人間だ。もともと異国同士の人間が集う互いの中で、フリージアの人間が何人いても全く目立たない。フリージア出身とわかる団員も、なぜ本人がわかるのかとなればその殆どが「フリージア人として売られていた」という経緯を持っているからだ。フリージア出身と知れば当然特殊能力はないかと一度は団長も目をギラギラ輝かせるが、なければあとは団員として下働きか演者かの選択を得られるだけだった。
彼らの言葉に殆どということはそうでない場合もいるのかとアランは頭の隅で思考するが、単に奴隷と認めない者かと検討付ける。買ってきたわけではないのであれば、あとは焼き印の有無でいくらでも隠し通そうとすれば隠せる。騎士団で保護した奴隷被害者でも、認めたがらない被害者はいた。いくら被害者であろうとも〝奴隷〟という経歴がついた時点で他者からの見られ方が変わる者は多い。
「うちが興行で回ってる場所でも、治安でいえばここはかなり悪いよなぁ。何年か前は暴動もあったぐらいだぜ。ここ近年は落ち着いてるけどよ」
「けど一番儲かるのもここだからなぁ……。この時期、一回で富裕層の金落とす額がえぐい。今回は特に儲かった」
「いやまぁそうじゃなくてもここサーカス団発祥地らしいから外せねぇけど」
ラジヤの属州国でしかないが、ミスミ王国とフリージア王国両方の近隣国でもある影響でのおこぼれは大きい。
経由地として利用される分、観光客や異国の富裕層により金の大盤振る舞いは多い。伝統的にこの地だけは興行が外せないサーカス団にとっても、固定客である地元民以外に金を落としたい層も集まるのはサーカス団としては幸いなことだった。そうでなければ治安の悪い地にはなるべく近付くたくないのが団員の本音だ。
団員の話に相づちを打ちながら、やっぱりここが一番興業地としては確固たる場所なんだなとアランは考える。
プライドの予知した未来の団員がどこでいつ団長に勧誘されるかはわからないが、必ず舞い戻ってくるこの地での可能性は比較的に高い。ステイルが団長に興業地についても聴取している手筈の中、今度はどこでフリージアの奴隷、もしくは団長が元奴隷の団員を勧誘してくる割合が多かったかと探ってみようかとアランが新たな問いを頭の中で算段付けた時だった。
ピラリ、と。突如としてカードが目の前の表出した。
突然現れたそれにアランもカラムも驚きはしたが、表には出さない。
宙に舞うそのカードを、まるで虫を払うくらいの自然な動作で摘まみ取った。
傍に歩いていた団員達もカードには気がついたが、まさか突然表出したとは思わない。どっから飛んできたか?と自分達もまた周囲や上空を見上げるが、当然他には何もない。
片腕に重厚器材を担いでいた二人だが、空いている方の手でカードを受け取ったまま字面を確認した。いつもよりも乱れた筆跡で書かれていた文字だがすぐに読み取れた。
団員達からなんだそれ?と尋ねられても二人は口を結んだまま答えなかった。それよりも一瞬で読み取れたカードの書面に大きく目を見開き足が止まる。さっきまで重さすら感じていないかのようにスタスタと歩いていた二人の足が突然固まったことに、数歩先に進んでから気付いた下働き達もそこで止まり振りかえった。ん?どうした??と、何の気もなく尋ねる団員達に顔も上げないアランとカラムは次の瞬間
ガチャンッッガラァン!!と、けたたましい二重音を立て現場を放棄した。
うっかり手から滑り落ちたカラムと、心臓の跳ね上がりと同時に放り投げてしまったアランが担いでいた客席用大金具が地を鳴らす。
あまりの大音に、近くにいたテントから次々と団員達が顔を出す。休憩を取っていた演者も何が起きたと目を丸くし、下働き達は事故でも起きたかと慌ただしく声を上げながら駆けつける。しかし、その場にいた団員以外は音の犯人が誰かを一目では把握できなくなった。周囲が集まるよりも先に、カラムとアランの行動の方が遙かに速い。
「失礼します!!」とうっかり自分が落としてしまった鉄塊に怪我人がいないか一目で確認しつつ早口できり上げる三番隊騎士隊長と「カラム!!」と声を上げながら脇目も振らずに一番騎士隊長が駆け出した。
さっきまで穏やかに話していた二人が急に大音を立てて消えたことに、傍にいた彼らも瞼をなくしたまま引き留める声も出なかった。サーカス団でも運動神経の良さは周知になっていたアランだけでなく、カラムまで足が速すぎることに舌を巻く。ダンスだけでなく普通の演目もできたなと呑気に思う。
しかし一番は、血相を変えた彼らの行き先が気になった。
〝緊急 医務室テント ジャンヌティペット遭遇〟




