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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
来襲侍女と襲来

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Ⅲ206.来襲侍女は口を開く。


「本当、本当にすみません……….私もう団員ではないのに……」


良いんですよと、医者の先生に優しく言われても肩が丸まってしまう。ベッドに腰を下ろして座ったまま肩幅まで狭くなる。ここが町医者ならばまだしも、今私がいるのはケルメシアナサーカス団の医務室だ。

アーサーとエリック副隊長も深々私と一緒に頭を下げてくれる中、ヴァルも医務室の壁にもたれかかってこちらを睨んでいる。サーカス団に行くと言ったのは私の意思だけれど、まさか医務室でひと息吐くことになるとは思わなかった。


足に力が入らないままアーサーにサーカス団まで運んでもらった私は、本当なら早速動きたいところだったけれど運良くというか悪くというかアンジェリカさんに声を掛けられた。テントに着いたところでアーサーが「着きましたよ!」と私に呼びかけてくれた瞬間、アンジェリカさんに声で認識されて芋蔓式だった。

アーサーに抱えられていることと私の顔色が悪いのを見て、まずは先生に診てもらえと半強制的に医務室に誘導されてしまった。アンジェリカさんだけでなく、アーサーも慌て気味に「そうします!」と即決だった。私は立てると言ったんだけれど、休んでくださいと真剣な目で言われれば逆らえない。ベッドに降ろされてから今もアーサーもエリック副隊長もすごく心配そうにしてくれたままだ。

先生も昨日はラルクが泣いたりてんやわんやだったのに、今日は部外者になった私まで訪問なんて本当に申し訳ない。「先に白湯くらい用意しますね」としまいにはお湯を沸かしに医務室から出て行ってしまう。そんなことされるのも申し訳ないと思いつつ、それ以上に席を外してくれるのが今は少しありがたかった。

先生がテントから姿を消してから数十秒、気配が遠のいたのを確認してから私達は互いに目を合わせた。


「本当大丈夫すかジャンヌ、さん」

「ええ、もう大丈夫。ごめんなさい本当に、私が取り乱してしまったから」

「喋れるようになったならさっさと説明しやがれ」

開口一番に私のことを心配してくれるアーサーに続いて、ヴァルが面倒そうに顔を顰める。

いくらかは状況に察しがついているアーサーと違って、エリック副隊長とヴァルは異常事態ということしかまだわかっていない。市場を抜けた後も、どこでティペットとすれ違うかを考えたら口を開くことも容易にできなかった。何より、私自身前世の記憶で彼女と第四作目のゲームを照らし合わせることで頭の中が忙しかった。

まさかティペットがよりにもよって第四作目の主人公だったのに今の今まで思い出せなかったなんて。

彼女が主人公であることはわかった後も、何作目の主人公かまではずっと特定できなかった。ふわっと彼女がどんな雰囲気の主人公かくらいだ。でも、こうやって思い出すと確かに彼女の悲しくて切ない主人公イメージと第四作目の暗さは適合しているとも思う。……そりゃあそうだ。この四作目の攻略対象者の為に設定された天使な主人公なのだから。


ヴァルからの促しに、口を開いたけれどそこからまた躊躇って声が出ない。「彼女が」と言おうとしただけで心臓が酷く動機した。

今も彼女がここにいるような気がして仕方が無い。アーサーが走ってくれて団長の馬車よりも速くテントに到着したし、ネイトのゴーグルで私達は認識されていない筈。名前だって一度も「プライド」と名乗っていない。安心材料はたくさんあるのに、彼女の名前を言うだけで現れてしまう予感に手足が冷たくなった。

私が言おうとして止まったことに、エリック副隊長だけでなく今度はヴァルも眉を寄せながらこっちを凝視するだけで何も言わなくなる。自分で自分の腕をさすりながらもう一回口を開こうとしてみたけれど、……おかしい。それだけ声が出そうで出ない。さっきまで先生やアンジェリカさんと話していた時には調子も戻っていたのに、今はまたさざ波のように血が引いていくのが怖いくらいわかる。

「無理なさらなくて結構です」と、私の代わりに沈黙を破ってくれたエリック副隊長の言葉も、体感だけなら五分は経ってからだった。

五分間、私は何も喋れなかった。


「ここには幸いにもフィリップ殿やアランさんとカラムさんもおられますし、先ほどサーカス団の女性にも会いましたから噂を聞いたら駆けつけてくれると思います」

「!良かったら俺ひとっ走り呼びに行きましょうか?!」

「!!あッそれ、…………は……、……」

やんわりと猶予をくれるエリック副隊長に続いて、今にもテントから飛び出そうとするアーサーを思わず引き留める。…………あれ。

すぐに大きい声が出たことに、喉がおかしいわけじゃないと自分でも安心するけれど、同時になんで今引き留めたんだろうと自分で思う。ステイルやカラム隊長達が早く来てくれた方が、安心なのに。

それにステイルなら、瞬間移動で温度感知の特殊能力を持つ騎士を呼ぶことも連れてくることもできる。そうすればもっと安全が確認できる。いっそ指笛を鳴らせば少し間があっても人影のないところから瞬間移動で来てくれるかなとも思ったけれど、……もしこの場にティペットがいて見ていたらと思うとそれもできない。ステイルの瞬間移動なんて見られたらそれこそ私達の正体も確定だ。

サーカス団に着いたらすぐにティペットについて話して団員の人達に聞き込みをしたいと思っていたのに、それどころじゃない自分に自分で唖然としてしまう。

きょとんと大きく目を開くアーサーに、エリック副隊長が無言で肩へ手を置きそのまま引きよせた。私からもはっきりしない自分の状況が申し訳なくて「ごめんなさい……」と謝れば、それはちゃんと小さいけれど声に出た。急に撤退を決めて、理由は言わずしかもテントから出るななんて不快に思われても仕方がないくらいだ。

アーサーはアダム関連とはわかっている筈だけれど、私が発言しないのに自分からは言えないだろう。


「……今は、休みましょう。先生が戻ったら伝言を頼めば良いだけの話ですから。ゆっくり状況を整理なさってください」

「!そ、うですね。ごめんなさい、そうさせてくれると嬉しいわ」

エリック副隊長の優しい言葉にほっと息が漏れる。

そうだ、絶対ステイル達なら遅かれ早かれ来てくれるのだから焦ることはない。アンジェリカさんならカラム隊長に話してくれる可能性も高い。

意識的に深く呼吸を整えながら私は気持ちも持ち直す。説明もアラン隊長達が合流してからまとめて行えば良いだろう。それまでに今度こそ説明を纏めないとと、道中はティペットのゲーム設定でいっぱいだった頭を切り替えることにする。彼女がこの四作目主人公だと思い出した瞬間に溢れてきたゲームの記憶に忙しくて説明内容にまで頭が回らなかった。なかなか衝撃が強い内容だったんだもの。……お陰で攻略対象者の一人を探す手がかりも得られた。

けど今はまず、市場での出来事だ。本当ならあの場で彼女を取り押さえるなり確保するなりできれば一番だったのだけれども、そこも本当に申し訳ない。アーサーだって傍にいたし、彼なら透過される前に隙有りで意識を奪うことができたかもしれない。


ベッドの上に座ったまま靴を脱ぎ、両膝を抱える。こういう時ドレスじゃない動きやすい格好はありがたい。

市場に居合わせた女性の声は、間違いなくティペットだった。アダムと行動し始めてから滅多に姿を見せなかったティペットだけれど、数回だけ彼女の声だけは聞いたことがある。小柄だけどローブの下が女性だとわかったのもそのお陰だ。たった数回……なのに覚えているのは悪知恵働くこのラスボスチートの頭脳あってだろう。私にとってティペットはもうゲームの主人公以上にアダムの関係者として焼き付いている。


顔を見れば、もう間違いなかった。ティアラの誕生祭でも顔を合わす機会はなかった彼女だけれど、ゲームの主人公であるティペットそのものだった。

市場で、果物を買っていた。淡々とした口調はゲームとも違う冷たさだった。アダムの声はしなかった。絶対しなかった。そんなの聞こえれば間違いなくそっちの方が先に反応できた。

あまりに焦って視野が狭くなっていた気はするけれど、恐らく彼女は一人だった。果物も片手で受け取っていたと思うし、自分の分だけだろう。彼女は買い物中で、そして平和的に買い物を済ませて姿を消した。……ッああもうなんでちゃんと目で追っておかなかったの私!特殊能力で消えたかとか去った方向だけでも把握すべきだった!!

後でステイルに指摘されちゃうだろうなと思いつつ、今後悔してもどうにもならない。ハァ、とまたここに腰を落ち着かせてから数度目の溜息を吐く。膝を抱えた体勢のまま両手首を握った、その時。

ダダダと、足音が急激にこちらへ近付いてくるのが聞こえてきた。少なくとも白湯を取りに行ってくれた先生ではないだろう。この走り方だと絶対に溢す。

身を固くし肩が必要以上に上がってしまう中、エリック副隊長とアーサーが腰の剣を握り足音の方向に身構えた。駆け込んでくる音が近付いてくる中で、ごくりと自分の喉が鳴ってしまう。

近付いてくる相手は速く、単に急いでるだけとは思えない速度だからか、布の壁に寄りかかっていたヴァルが私の方に後退りながら荷袋を肩から下ろした。するりとほんの1、2センチだけど荷袋から砂が蛇の頭のように顔を出すのが見えた。そして


「ッジャンヌ!!」


バッ!と勢いよく入り口を捲ってステイルが飛び込んできた。

ゴーグルを額に上げたまま掛けていた黒縁の眼鏡が少しずれている。入ってきた瞬間こそ一瞬張り詰めたアーサー達だけど、ステイルだとわかったところで構えを解いた。

うっかり名前を言ってしまいそうなのを止め、「フィリップ様」と私からも呼び返す。今朝は整えていた黒髪も乱して顔から首まで汗で湿らせながら現れたステイルが、すごく急いで駆けつけてくれたことはわかった。


誰からどう聞いたのかはわからないけれど、小さく手を振りながら無事を示すべく笑顔をつくる。ここまでアーサーに運んで貰ったから、病気や怪我だと心配かけたのかもしれない。

ハァハァと音に聞こえるほど息を切らせたステイルは、テントに入ってきたところで立ち止まると少し茫然と目を開いていた。拍子抜けさせてしまったことに私も作り笑顔が苦笑に変わってしまう。

棒立ちのステイルに、剣を収めたアーサーが「大丈夫だ」と背中を軽く叩いたらそこで大きくよろけた。叩いた手のままアーサーに今度は掴み支えられ、それでもずっと漆黒の目だけは大きく開いたまま私を見ていた。

状況が上手く飲み込めないステイルに、先ずは私から声を掛ける。


「心配かけてごめんなさい。駆けつけてくれてありがとう、とても嬉しいわ」

「なん……どうなさっ、たの、ですか……。団員から、急にジャンヌがジャッ……アーサー、に運ばれてきたと聞……」

大分長く走ったのだろうか、体力は平均よりある筈のステイルがまだ息が切らしている。

ジャンヌとは呼んでくれたけれど、今度は侍女設定が抜け落ちているのか言葉遣いもそのままだ。アーサーのことを逆にジャック呼びしかけたし、かなり混乱させてしまったらしい。それだけ心配してくれたということなのだろうと思うと、ほっと胸が少し温まった。

話せば長くなるのだけれど、と頭の中で整理した分までどこから話そうかしらと考える。やっと呼吸が整ってきたらしいステイルがゆっくり歩み寄ってくると、ヴァルが舌打ちを溢しながら反対に無言で遠のいていった。


「お怪我は……」

「大丈夫。病気でもないの。ちょっと動転しちゃって、顔色が良くなかったからアンジェリカさんが医務室をすすめてくれたの」

顔色……?!と、ステイルの手がおもむろに上げられる。

ベッドに掛ける私に目線を合わせるように腰を落として私の頬から数センチ離れた位置に手を浮かせた。じっと私の顔色を確認してくれる瞳が揺れている。鏡を見てないからわからないけれど、さっきよりは血色が戻った方だと思いたい。今回は何かされたわけではないし、アーサーに触れても貰っている。

「一体何が」とまた言いかけたところで私から「フィリップ〝様〟」と念を押す。途端に、口をぐっと閉じたステイルには伝わったらしく一度苦しそうに険しくさせてから深呼吸してくれた。あくまで今はステイルが私の従者ではない。

肩から胸の膨らみまでわかるほど大きく深呼吸するステイルを見つめていると、……私も釣られるように胸が落ち着いた。


「……一体何が、あったのですか。ジャンヌが、動転するなどとても珍しいので……心配です」

ひとつひとつ言葉遣いを侍女に向けてらしく今までの中でもかなり気をつけてくれるステイルに、私も少し力が抜けて笑ってしまう。昔のアーサーみたいなぎこちなさだ。

眼鏡の黒縁を押さえ、眉の間を狭める彼と目を合わせ、改めてテントの中を見回す。ステイルだけじゃない、アーサー達も私の方に全員が注視したままだ。他にも気配を感じ一瞬肩が強張ったけれど、こちらはティペットじゃないだろう……と思う。いや、確かめた方が良いかもしれない。

テントの外にも気配が感じたけれど、そちらは目を向けたところでエリック副隊長が早足で確認に行ってくれた。ぺらりと入り口を捲り、首だけを伸ばしてからすぐ引っ込めた。首を横に振り、敵ではないと教えてくれる。残すはこの場にいるうっすらとした気配だけだ。

大丈夫、と自分に言い聞かせながら気になったら確かめずにいられない。鎌を構えるような覚悟で口の中を噛み、また息を吸い上げた。少しだけ、少しだけ大きめの声を意識して今度こそ伝わるように集約した一言を決める。

一回目は声がまた空になり、唇が震え拳を握り二回目にもまた息が苦しくなって一音しか出なかった。それでも三回目、両手首に爪を立てながらぎこちなく響かせた。





ティペットがいます、と。





その言葉に、全員の息を飲む音が重なり聞こえた。

テント内のもう一つの気配が騎士のローランドだと確認できるまで、発言後も私の心臓は気持ち悪く動悸し続けた。


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― 新着の感想 ―
無意識に止めてしまうというのが、第1章を思い出させてなんだか不吉な予感。落ち着かない。。
プライドが呼びに行こうとするアーサーを止めたのは、 あの場で自分にとって安心出来る人が1人でも減る状況が無意識に怖かったんだろうか 特に離れるのがアーサーだったから嫌だったとかなんだろうなぁ
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