見守り、
「素っっ晴らしい!!君達はまさに我がサーカス団の救世主だ!!!!」
「喜んで頂けて何よりです……」
ははは……、と。エリックは苦笑いしながらやはり背中が僅かに反った。
三つ分動物の入った檻を抱えるのは流石に少し大変だったが、短距離だった為そこまで負担にもならず済んだ。
団長達の前に訪れてすぐにアレスが駆け寄ってきてくれたお陰で、今は抱えている檻も猫が閉じ込められた一匹だけだ。残りの烏の檻はそれぞれアレスが両脇に荷車へと足早に運び込んでいる。荷物が軽くなったエリックもすぐにその後ろに続きたかったが、両手を広げた団長に迫らせて逆に散歩後退った。背中を反らしたエリックがそのまま猫の入った檻を盾代わりに団長へ掲げれば、次の瞬間には唸り混じりにシャァアッ!!と威嚇に流石の団長も勢いが止められた。
おぉ?!と声を漏らしつつ、両足を止めエリックよりも檻の中をまじまじと覗き込む。今は自分に威嚇し敵意を溢れさせる獰猛な猫だが、オリウィエルが触れれば問題ない。彼女に懐いたら、早速まずは身体を洗ってやろうと目をギラつかせた。
「あくまで捕まえたのは……アーサーの方なので。自分はここまで運んできただけで何も」
「ああ彼か!流石だな!!そうだ彼らはどうした??君一人か??」
「ええ一人です。……彼らは先に調査に行ってしまったので、どうぞ団長達は急いで戻ってラルクを安心させてくださいとのことです」
正直に自分の手柄ではないことを言うエリックに、団長は額に手を乗せ周囲を見回したがそこにはプライド達の姿はどこにも見当たらなかった。
ガタン、と多少雑になりながらも烏の入った檻と猫の入った檻を荷車に乗せるアレスも、エリックと団長の会話を聞いて自分も周囲を見回す。しかしやはり見つからない。
ほんの数十分で動物を確保してくれた彼らに自分も感謝の一つは言いたかったのにと思いつつ、まぁまた会うだろと結論づけた。しっかり檻を荷車の中で固定した後、駆け足でエリックから最後の檻を受け取りに行く。もともと自分達が積んできた檻三つは、動物用といっても運ぶことではなく、演目として動物を閉じ込め、客に中身を出すことの強固さを主張する檻の為無駄に重くて固い。
エリックから「貰う」と一言掛け受け取れば、猫の入った檻は一番重かった。軽い荷物くらいの感覚で手渡された檻が猫の追加で予想よりも遙かに重く、一瞬アレスは喉の奥から声が出た。自分が抱えた檻二つに足してこの檻も同時に運んで路地から現れた彼が、間違い無くアランの部下だと思い知る。
檻の中でも構わず威嚇する猫は暴れるから余計に持ちづらく重く感じる。あまりに暴れる所為でうっかり一度檻を落としかけた。せっかく捕まえられた猫を死なせるところだったと思えば、アレスも負けじと檻を覗き込みながら「ア゛ア゛ッ!!」と猫へと吠え返した。猫相手に喧嘩したことを後から恥ずかしく思いながら、歯を食い縛り荷車へ積み込み固定する。……その様子を
僅か三メートル先でプライドとアーサーも見守った。
「いや本当ネイトのゴーグルやべぇっすね……ありがてぇ」
「本当……。……ヴァルにも一個買ってあげようかしら……」
悪くはないと思います。と、プライドの呟きにアーサーも今回は否定せずに答えた。そのまま二人揃って視線をエリック達から頭上へと上げる。自分達の位置からはよく見えないが、建物の屋根上で今頃ヴァルも最後の酒一本を飲んでいるころだろうかと考える。
プライド達から遠くは離れないが、決して団長に見つかりたくない為に彼らのいる通りと反対側の屋根の影に潜んでいるヴァルはプライドに呼ばれるまで絶対にそこから動かないと宣言していた。人前で特殊能力をおおっぴらに使えない分、今は影に隠れているだけだが本音は土壁で擬態したいくらいに団長には見つかりたくなかった。
ネイトのゴーグルによって、団長やアレスの視界には入っても今度こそ認識されずに済んだ。
エリックやヴァルが傍にいればまた認識されてしまうが、ゴーグルを掛けた同士の二人だけであれば問題ない。周囲にいる市場の雑踏に紛れるだけである。お陰で護衛のエリックには目の届く位置に待機しながら、団長を回避することができた。
団長とアレスの力にはなりたいと思ったプライド達だが、もうあまり絡まれたくないというのも本音だった。特に護衛対象であるプライドは、また大声で「ジャンヌ!!」と呼ばれ注目されたくもない。自分達がゴーグルをしようと黙っていようと、団長一人が目立って絡んでくれば当然注目されてしまう。もともと正体もバレたくなければ目立ちたくもないから装備していたゴーグルだ。
「アーサー、本当に怪我はない?猫とか凄い唸っていたから…」
「だッ、いじょうぶです……。噛まれないように後ろから押さえましたし、ちゃんと〝固定〟されてたんで捕まえるのは簡単でした」
そっと怪我がないか改めて腕に触れて確かめるプライドに、アーサーも肩を上下しつつ答える。
固定、という言葉をしながら目でもう一度屋根の上を見上げた。野良猫も鳥も見つけるのは難しくない。餌場である市場の路地へ一枚捲ればすぐに何かしらは彷徨っている。しかし罠も無しに無傷で捕まえるのはアーサーもエリックもやはり難しい。結局はヴァルの協力のお陰だろうと、アーサーは言葉にはせずとも思う。もともと今回動物狩りを早々に手を貸そうと提案したのもヴァルだ。
プライドと自分に耳打ちしてきた時にはアーサーも驚いたが、アレスの特殊能力と違い、確かにヴァルの特殊能力ならば一見では使ったことも他者に気付かれにくい。手近に地面や屋根に止まっている動物を見つけたら、特殊能力で足下を固定捕らえ固定するだけだ。あとはプライドの護衛をエリックとヴァルに任せ、檻を抱えたアーサーが入口を開けた檻を被せる形で閉じ込め、固定を解除されたところで足下になった入口を閉じれば良いだけだ。引っかかれることも噛まれることもなく、早々に三匹を確保することができた。
その為にプライドへわざわざ特殊能力使用許可も得た。狩りならまだしも、危害を加えてこない動物相手にすら安易に危害を加えることも隷属の契約でできない。
「つーか、なんで手ぇ貸したんでしょうねアイツ」
「…………多分、もう団長に遭遇したくなかったんじゃないかしら……」
あー……。と、アーサーも口が僅かに開いたまま一音が漏れる。半笑い状態のプライドの言葉に、確かになと納得した。
ヴァルが、関わりたくない人間はことごとく自分から接点を折る男だということはアーサーも知っている。
ハハ……と枯れた笑いを漏らすプライドに並び、アーサーも呆れに近い溜息が漏れた。接点が増えるくらいなら、嫌いな相手でも手を貸す方がマシだと思う彼は、人が嫌いというよりも人との関わりが嫌いなんだなと思う。プライドを救う為ならば、騎士である自分にも手を差し伸べた騎士嫌いの男だ。
ヴァルの人格を美化していたわけではないアーサーだが、改めて彼と親しいセフェクやケメト、そしてプライドやレオンはすごいと純粋に思った。
実際、ヴァルが自分から協力を申し出たのは団長やアレスの力になりたいと殊勝なことを思ったわけでもましてや今回はプライドの為ですらない。
野生動物を無傷で捕まえるのは、時には人狩りよりも遙かに面倒だとそれはヴァルもよく知っていた。
人なら言葉が通じる分脅せば大人しくなる。しかし動物に脅しは基本通じない。狩りなら殺して良いからナイフ一本で足りるが、今回は生け捕りだ。脅しも敵わず人間よりも小回りも効いて攻撃力もある生き物を生かしたまま確保など、罠を使わずには難しい。つまりは今日一日中団長とアレスが町中を徘徊するのかと結論が行き着くのも早かった。
つまりこの場の一回にとどまらず、この後も何度も何度も遭遇しては絡まれる可能性が高まるということになる。
せっかくサーカスではなく市場に降りてきていたというのに、また会っては「運命だ!」とふざけた呼び名と共に大声で叫ばれる。そう考えればいっそ自分だけ単独行動にして貧困街にでも避難しようかとも考えた。しかし、そこに今誰がいるかと思い出せばそれはそれで面倒な馬鹿王子と騎士だ。もう残すは宿に引っ込むくらいしかこの街に安息の場所はなかった。
ならば、早々に動物を確保させサーカスに引っ込ませるのが自分の為である。
今もやっと視界からも市場からも団長達を消せると安堵したまま、屋根の上で酒瓶を傾けるヴァルはやっと酒の味を楽しめた。最初の二本は殆どアルコールとして流し込んだだけで味わう心の余裕もなかった。
「エリックさんもそろそろ話付けてくれそうですし、そしたら今度こそジャンヌも何か食事にしましょう」
「そうね。アーサーとエリックさんもまだ何も食べてないもの。待たせてごめんなさい」




